幕間 魚の星1ーマルフィクの過去―
淡く青白い光の中を抜けた先には、水の底に作られた街がきれいに光り輝いていた。
「うわぁ、綺麗……これが魚の星?」
「そうだ。……このまま通過ッすけどな」
「え!? 寄らないの!?」
「テメェらはここに用はねェだろ。もう神もいねェ星だ」
「魚の神がいない……?」
マルフィクの声はオレにしか聞こえていないのだろうか。真っ先に飛びつきそうなスピカの声がしない。
スピカたちは後ろから追いかけてきている。タルフがマルフィクから渡された槍を持ち、片手にはスピカを抱えている状態だ。あの槍は目標にしたものをずっと追いかけることができるから、マルフィクは自分に設定して後を追いかけさせているみたいだ。
かといって、マルフィクの力で呼吸ができるのは制限があるのか、人ひとり分くらいの距離だ。
「頭の中に声を届けるのって、限定とかできるのか?」
「んな細かい設定できねェよ。オレの声は全員に聞こえてッし、全員の声はオレには聞こえてる。オマエたち同士の声を届けることができねェだけだ」
ってことは、ずっとスピカから出ている殺気のこもった声を聞いているに違いない。
「……アスク。テメェには、修行が上手くいったら俺のことを話してやるッて言ッたな」
一瞬何のことかわからずに瞠目する。あ、そっか。修行の時に俺がマルフィクについて教えてくれって散々言ったから、しぶしぶ了承してくれたっけ。
「もしかして話してくれる気になったわけ?」
「ああ……移動に時間もかかッし、うるせェヤツもさすがに人が話してる間くらいは静かになるだろうし、面白い話じゃねェが……話してやる」
マルフィクはどこか悲しげに街を見下ろして、話始めた。
オレが産まれたのはこの水に囲まれた魚の星にある街の一つだ。
オレは、妹と街の一角に住んでた。魚の神は王としてこの星に君臨していて、父親と母親は物心ついた時にはいなかッた。
けど食べ物に困窮するほど貧しくはなかッた。周りを泳ぐ魚を獲りさえすれば、日々の生活に何一つ困ることはない。魚の星は生きることになんら支障はなく平和だッた。
平和だから定期的に別の星の人間が遊びに来ていた。オレはそいつらに陸の生活の話を聞いた。陸では食べたこともない果実が、足で地面に立つという知らない世界が広がッている。それは子ども心に強い刺激だッた。オレはいつしか陸に憧れを持ち、自分の目で見てみたいと思ッたンだ。
けど、魚の神は魚の星の民が別の星に行くことを固く禁じていた。
水の中で生きるオレたちが陸に上がるには足を持たなければならなかッたし、水ではなく空気のみの地上では呼吸の仕方も違ッたから、身体の構造を変えるしかなかッた。
その方法は魚の神によッて固く禁じられ、民は誰も知りえなかッた。
オレたちは魚の星から決して出られない。そういう状態だッた。
まあ、日々の生活が脅かされなければ、それでもよかッたんだ。
ただ憧れが現実にならないッていうだけならそれでも。
「おにいちゃん……げほげほっ」
妹――たッたひとりの家族が、病気になった。別の星から来た人間にうつされた陸の病気だ。魚の星に治療法はなかった。
でも、別の星には完治する治療法があると、オレは陸のヤツに聞いたことがあった。
「待ッてろ、オレが魚の神に話をして他の星にオマエを連れていッてやるから!」
どうにかして妹を助けたかった。日に日に痩せてくアイツを、オレは見てられなかッた。
だから、オレは魚の神に会いに行ッた。他の星に行く方法を、地上で妹が治療を受けられるようにお願いするために。
「要件を聞こう」
魚の神との目通りはすんなりと通ッた。
珊瑚と宝石が散りばめられた玉座に座る魚の神。神はオレたちと同じ魚の尾を持っているが、上半身は陸の人間に近い身体だ。
もしかしたら神も陸の人間との間に産まれたのかもしンねェ。
「お願いします! 妹が他の星の病気をうつされてしまッたンです! 妹を治療できる星に行かせてください!」
「ならぬ」
希望はすげなく断たれた。
どうして、たった一度でいいンだ。そうすれば妹は助かるのに。
「この星から出ればさらなる病気に苛まされる。私たちにとって陸は害。安らかに眠らせておやり。それが運命というものだ」
魚の神は、頑なにこの星を出ることを拒否した。
平和な時にも決してこの星を出ることは許されなかった。陸の人間は受け入れるくせに、決してこの星の人間を外に出すことはしなかった。わかっていたことだ。
けど、今は、絶対に出なければオレの妹は死ぬ。オレのたったひとりの家族は死ぬ。
そうは思っても――どうにもできなかった。オレには外に出る知識も、力もなくて、時間だけが過ぎた。
瞬く間に病気は星全体へ広がっていった。
オレは死を目の当たりにした。妹より先に急変した隣人が死ンだンだ。この病気がオレたちを殺すことが実感としてのしかかって、手が冷たく震える。
「おにいちゃん、わたし……もうダメかも。次はきっと私の番……」
気弱な妹の言葉が胸に刺さって消えない。妹は他のヤツよりゆッくりとゆッくりと病が進行していッた。
苦しい時間が長かッた。
何が運命だ。安らかにすら眠れない。他の星にさえ行けば妹は治るッていうのにッ。
こんな世界、変えてしまいたい。
その時、オフィウクスの加護が目の前に現れた。他の星への移動も、陸への上がり方も、病気の治し方も、オフィウクスの加護によッて知ッた。そして、それを成すための魚の神を殺す方法も。
外の世界に出るには魚の神の加護を持つか、魚の神を殺してその力を奪うかの二択だッた。
だから、オレは魚の神へと刃を向けた。
妹を助けたかッた。
その思いに応えるように、オフィウクスの加護はオレにすべての道を示した。オレは神の矛を奪い、胸に突き立てることで終止符を打ッた。
それまでの苦しみは何だったのか、ずいぶんとあッさりしたものだッた。こんな簡単に解決できるなんて思ッてもみなかった。
すぐに妹の元へ戻った。これで妹を治してやれる。と。
でも、遅すぎたんだ。
妹はオレが魚の神を殺している間に眠るように息を引き取っていた。
もっと早くオフィウクスの加護が手に入れば。
もっと早く魚の神を殺せていたら。
魚の神を葬ることができたのに、妹は……もういない。
そこで沸々と沸き上がッたのは、運命だと切り捨てた魚の神への怒りだッた。
でも、もう、オレは殺してしまッた。
この怒りはどこへ向ければいいのかわからない。
オレは茫然自失に魚の星を出た。
他の世界を知ってさらに衝撃を受けた。魚の神が言ッてた建前は、神の力でどうにでも解決できた。
あいつはただ自分の世界の民をそこにとどまらせておきたかッただけだ。
それによッて民が苦しもうが死のうがどうでもいい。減ッたなら増やせばいい。ただ自分の思い通りの星があればそれでよかったのだと気づいた。
「――だからオレは、神などいらない」
思い出したのかマルフィクの声は震えていて、怒りが滲んでいた。
どう言葉をかけていいかわからなかった。マルフィクはスピカを見る。
「神がいなくても、この星は何も変わらない。生き残った民がいつもと同じように魚を獲り、穏やかに過ごしている。神がいなくなッたッて、星も民も変わりゃあしないンだ」
スピカから何か言われたんだろう。はっきりとマルフィクは言い放った。
「オマエらンとこの神どもの情報の統制で、神がいなくなると星がなくなるとか信じてるみたいだが、なくならねェよ。神がしているのは、星の強制的な再生や変容だ。住みやすい土地にもできるが、その逆もできる。それがなくなるッてだけで、星はそのままそこに残るンだ」
「――――」
「山羊の星は元々が魚の星と同じで水に覆われて人が住める場所じゃなかッた。それをあの山羊の神が変容させてたワケだ。だから、星はあるが、今の山羊の星は水で埋もれて陸の人間は住めねェさ」
「ほなら、行き来ができなくなった星にもまだ人間が住んでる可能性があるんやざ?」
「あるだろうな。だからこそ、星の行き来できるゲートをン千年前から閉じてるンだろ」
スピカとの会話にすっと入ってきたのはタルフだ。話が難しくなってきてる気がする。
「あれ? タルフはなんで会話できるの?」
「……今度話すやざ」
「フン。通りで人魚に興味があッたわけだ。そろそろ次の星――天秤の星を繋ぐ場所につくぞ」
タルフとマルフィクの言葉に訳が分からないまま、淡い青白い光が再び俺たちを包んだ。
幕間で魚の星です。
マルフィクの出身星で過去話を盛り込んでいます。
彼は絶望し、行き場のない怒りを持っている時に師匠に出会っているので盲目なところが若干ありますね。
タルフの過去についても近いうちに書きたいと思います~。
仕事がまったく落ち着かなくて更新遅くなってます。
次回は天秤の星のお話になりますが、プロットを章ごとに新規でまとめてるので少し時間かかるかもしれません。年内に更新を目指して執筆していきます!
ブクマありがとうございます~!本当にうれしいです。癒しです。
折り返しも過ぎているところまで来れました。
これからも執筆頑張っていきます~!
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