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3章 山羊の星27―山羊の星終幕―

 やっと、口が自由に動いたんだっ。ほっとする。でも、戻ってきた感覚は口だけじゃなくて、手についた生暖かい血の感触に寒気がした。

「ヘレ、ヘレ! ――スピカっ!!」

 俺は倒れそうになるヘレの身体を抱き込んで、スピカを呼んだ。

「っ! アスク!」

「おっと、終幕のようだね」

 スピカと剣を交わしていたレーピオスが、なぜか身を引くように距離をとった。スピカは追いたそうに唇を噛んだけど、俺がもう一度呼んだらこっちに駆けてきてくれた。

「ヘレがっ!」

「大丈夫だ。治せる」

 スピカはすぐにヘレに乙女の加護を使ってくれる。

 ヘレの苦しそうな表情が緩和されてほっとする。良かった……。

「ふぅ、どうにかなって良かったぜ」

 レグルスがいつの間にか俺たちを庇う様に近くに立ちながらレーピオスとアルディさんを警戒していた。

「レグルスのくせにー、強くなりすぎですわー」

「さすが山羊の神ってところだね」

「んん、そう思うなら引いてもらえないわけ?」

 俺は、ヘレをそっと地面に横たえてスピカに後をお願いした。

「もちろん。君たちが私に賛同してくれるなら、いいよ?」

「断る」

 レーピオスの言葉に俺は、はっきりと言い放った。いままで出したこともない唸るような低い声に、内心驚いたけど、怒りに震える今の感情にはぴったりだ。

 カプリコルヌス様が最後に残した言葉が耳に残ってる。

 ――『やはり、死にたくはなかったのである』

「おや、星の迷い子には振られてしまったな」

「当たり前だろ。俺に自分の加護を知らない間に預けて、俺がオフィウクスの力を使う様に仕組んだ。そしてこの手でカプリコルヌス様を殺させて、ヘレにも怪我をさせた。そんなヤツのこと信じられるわけないだろ!」

「なぁんだ。怒ってるのかい?」

 髪を掻き上げてはっきりと姿を現した赤い瞳は、ぎらぎらと愉しそうに歪んでいる。

「山羊の星に入れること自体が稀。山羊の神も相当な力を持っているから力づくでどうにかできるものでもない。他にいくらでもやり方を準備していたんだけどね、この結末を選んだのは山羊の神さ。ちょうどよく、山羊の神が君に力を与えて、ちょうどよく君が加護の力に押し負けそうになっていた。そして、神殺しの手順が整ったのさ。この選択が決定したのは、私が君に加護を与えるより前に山羊の神は君に気づかれないように加護を送ったから。だからね、私はちょうどよく場を整えてくれた山羊の神の意志に乗っかったのさ」

「でも、カプリコルヌス様は死にたくはなかったっ!」

「でも、死ぬしかなかったんだ」

「――っ!」

 俺だって、わかってる。

「山羊の神が死んだのは、獅子の主に、蟹の変り種に、牡羊の迷い子に力を託したからだ。君が身体を貫かなくても、いずれ山羊の神は死んだ。あの道を選んだのは、君に何かを伝えるために過ぎない。君は――何を聞いたんだい?」

「お前に教えることじゃないっ!」

 カプリコルヌス様は俺にすべてを託した。それは、彼が死んでも守りたかったもの。大切な人たちを守りたい彼の気持ちはわかる。だから、だからこそ俺は、もう――

「俺はもう神殺しなんてさせないっ」

「はは、はははは! はー……じゃあ、君は敵だ」

 顔を手で覆うほどおかしそうに笑っていた。けど、次の瞬間手の間から見える赤い瞳からは憎悪を感じた。手のひらに汗をかく。

「もー! レーピオスさん、アルディさん! まだこんなところで油売ってるんですか!? 時間は有限です、こっちの準備はできてるんですよ!」

 動けないでいると、大声が二人を呼ぶ。声はサダルのものなのに、姿は見えなくて。代わりにサダルが操っているであろう水が二人をふわっと包み込んだ。

「時間ですのね~。レグルスー、こっちにきなさーい」

「え、いや。行かねぇよ!?」

「レグルスー? 借金返済がまだなのですからー、言うことお聞きあそばせー?」

「ちょ、まっ!」

「レグルス!」

 レグルスの抵抗も空しく、水がレグルスをあっという間に飲み込んでアルディさんのところへ連れていく。

「では、先に行きますわ~」

 アルディさんはにこっといつもの笑顔を見せた後、レグルスを連れたまま水の中を移動する。

「さて、乙女の騎士はどうする? 一緒に来るかい?」

「断る!」

「はは、残念だ。できれば同じ方向に歩きたかったんだけどね。君は昔の私によく似ているから」

「私を貴様と一緒にするなっ!」

「うん、そうやって自分の正義を妄信しているところがそっくりだ。乙女の騎士、君は正義とは何かを考えたことがあるかい? それが揺らいだことはあるかな?」

「……私は、もう知っている。自分の見えている世界がすべてではないと。アスクが教えてくれたのだから」

「まだ足りないね。願わくば君たちも私同様すべてを知り、同じ道を歩めるように。またね」

 レーピオスはアルディさんと同じように水によってどこかへ消えていく。

「……はぁ」

 引いてくれた。たぶん見逃されたんだ。俺たちなんて神殺しを止める邪魔にもならないってこと……か。

 まだ胃の辺りがぐるぐるしてイラつきが収まらない。

 神殺しを止めるには、レーピオスを倒せば全部終わるのか? でも、じゃあアルディさんとサダルは? それにマルフィクだって……他にも仲間がいるはず。

 知らなきゃ。どうして神殺しをするのか、それがわからなきゃ、きっと止められない。俺はまだ全然知らないんだ。

「アスクさん! やっと見つけたやざっ!」

「遅かッたか!?」

 膝をついて、息を逃していたらタルフとマルフィクが駆けつけてきた。レーピオスと同じフードを被っている彼が、なんでここに……?

「マルフィク……? なんで……?」

「貴様、レーピオスと一緒に行かなかったのか?」

「ッ……やッぱり師匠はオレを置いていッたンだな」

 マルフィクは顔を落として呟く。唇から血が出るほど噛みしめていて、感情の波が激しいのがわかった。

「一人だけ残すとは、レーピオスは何を企んでいるんだ?」

「ほんなことより、はよこの星を出るやざ!」

「待って、ヘレの意識がまだ――」

「はよせんと、星がのうなってしまうやざ!」

「なんだって!?」

 ゴゴゴゴという地響きで、大きく揺れた。立ってられない。

「こ、これは……」

「ちッ、もう少し持つと思ッたンだが……」

 次々に爆発音が響く。最初に来た時に見た水の噴火がそこかしらから上がっている。あっという間に水が膝、腰まで上がってくる。

「な、なんなんだよ。いったい……」

「この星は元の姿に戻ンだよ」

「どういうこと?」

「フン、話してる時間はねェ。ここから出ンぞ」

 マルフィクが呟いたことは気になるけど、あっという間に首まで水に浸かってしまった。俺は泳げない。スピカに抱き上げられているヘレも同じだろうし、これでどうやってここから出るんだよっ。

「タルフは乙女の騎士……スピカだッけか、そッち頼む。牡羊の二人は俺が連れてく」

 マルフィクとスピカに一瞬が緊張が走った。そんなことしてる場合じゃない。俺がヘレを受け取ると、マルフィクが俺の腕をとる。

 マルフィクは双子の星でも俺を助けてくれた。こういう時に人を騙すようなヤツじゃない。でも、レーピオスにあんなことされたんだから、スピカが信じられないのも無理はない……。

「スピカ。俺を信じてほしい」

 一言だけ伝えればスピカは頷いてくれる。

 すぐにマルフィクに腕を引っ張られてざぶっと視界が水の中に入る。慌てて手足をバタつかせた。

「落ち着け、息はできンだろ」

 マルフィクの声に、ごぼごぼと息を吐いていたが、そういえば苦しくない。はたっと動きを止めて、意識して恐る恐る息を吸えば、水が鼻から入ってきて変な感じだ。でも、液体の感触はするけどいつもと変わらずに呼吸ができる。

「ごぼぼぼ」

「しゃべれはしねェから。頭で話しかけろ。オレの近くにいればそれで会話できる」

「な、なにそれ……」

「見りゃわかんだろ」

 俺の腕を掴んでいるマルフィクを、俺は今やっとちゃんと見た。

 足は魚の尻尾そのもの……カプリコルヌス様と同じだ。でも上半身は魚のうろこがびっしりと生えているが人だとわかる。手には水かきがあって、耳も魚の大きなエラのようで、見たことがない姿だった。

 それでもマルフィクとわかるのは、真っ黒な瞳と真っ黒な髪が何も変わってなくて、印象的だったから。

「ほんに人魚やざ……」

 タルフの言葉に、俺は魚の星に住む人魚のことを思い出した。

「話は後だ。山羊の星から出ンぞ。手、離すなよ」

 タルフに槍を手渡した後、マルフィクは俺の腕を掴んだまま泳ぎだした。すごい速さで水の中を泳いでいってて、俺はそれだけで浮かれてしまった。

 すごい。水の中をこんな風に泳ぐなんて。

 いままでにない体験に興奮した。

 どんどん早くなって、懐かしい淡い青白い光へと吸い込まれた。

山羊の星これにて終幕です。

次回は幕間として魚の星に場面が変わります~。

仕事の忙しさもあり先月更新がすっとんでしまったので、今月もう一度更新できるといいなと考えてます。



ブクマありがとうございます!うれしい限りです。

おかげさまでここまで書くことができました。

この後も頑張ります!


面白い、楽しい、と感じて頂けたら、

下の星マークから評価やブックマークをいただけますと、今後の活力になります!

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