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3章 山羊の星25―アスク、戻ってきて(ヘレ)―

「さて、牡羊の迷い子についてだけど……彼はね、堕ちたのさ。君たちが最初に行ったように私の手の中にね」

「じゃあ、解放してくださいっ!」

 きっと彼の言い回しが別の意味を含んでいるのは、いままで話を聞いていて理解はできた。でも、急いた心じゃ、率直な気持ちの方が口をついちゃう。

 だって、早くアスクに戻ってほしい……。

「はは、わかってるよね? 彼が堕ちたのは自業自得。力に溺れたからだって。たしかに私の貸した力が彼の望みに応えた。だから暴走した力を制御できなかった彼の代わりに、その力が今彼の身体を生かしてるんだよ」

「だ、だったらレーピオスさんが力の制御をすればアスクは――」

「戻ってこないよ?」

 はっきりと言われた。手が震える。

 そんなわけない。そんなわけない。アスクが、アスクが消えちゃうなんて、そんなわけ……ない。

「身体の主が健在していればそれに従うのが加護だよ? 今動いているのは”私の加護”だ。牡羊の迷い子は特別な体質をしてはいるけど、いままでに加護がその身体を使ったことはある? ないでしょ? それはね、主導権を握る”彼”がいないからさ」

 待って、だって、そんなアスクがいなくなるなんて……そんなウソ。だって、アスクは――

 彼とは違う赤い瞳は、私を睨めつけている。アレはアスクなんかじゃない。

 サッと血が引いた。

 解りたくないのに、解りたくなんかないっ……。

「解からせてあげよう。相手してあげて」

 レーピオスさんの言葉にアスクが動いた。手には黒い剣が握られていて、私に向けられた切っ先が目の前にくるまで私は動けなかった。

「そんな……」

 目の前が霞む。ほほに熱いものが流れる。アスクの目が一瞬――別方向から肩を押される。膝をついてすぐに顔をあげれば、スピカさんがアスクの剣を受けていて、助けてくれたのだと知る。

「あら~、やっぱりアスクさんではスピカさんに敵わないですわね~。でも~、アスクさんにはヘレさんのお相手をするように命令が下ってますの~。だからー、わたくしがスピカさんのお相手をしますわ~」

 緊迫した空気に似合わない間延びした声はどこか冷たかった。

「わたくしもしっかりと力を手に入れてまして~。わたくしの加護をご紹介いたしますわ~」

 アルディさんが片手を伸ばせば、真っ黒で大きい……あれは”牛”だ。角は大きく筋肉質で、”闘牛”だ。家畜の牛とは違う迫力。

「ふん。蹴散らせばよろしくて?」

 闘牛は意思をもって話す。メ―メ―と同じだ。つまりアルディさんは神一歩手前の実力を手に入れていたんだ。私の修業の時は具現化すらしてなかったのに、なんで……?

 闘牛は後ろ足を何度も地面に蹴りつけながら、殺気を募らせてくる。

「ええ~、打ち放ってよろしくてよ~」

 アルディさんの合図で、闘牛の角の間が光り輝く。

「しまった! ヘレ、避けろ!」

 光が、ドドドドッという大きな音を立てながら迫ってくる。

 何もかもわからないまま眺めていれば、ふわっと身体が浮いた。光で真っ白だった景色が一瞬にして変わった。今はみんなを見下ろしている。

「はあ~? なんていうタイミングですのー」

「レグルス!」

 私を脇に抱きかかえたレグルスさんは、スピカさんの隣に着地してすぐに足でアスクを蹴り飛ばした。

「よっと。カプリコルヌス様がおっしゃってた通り、大変なことになってんな」

「レグルス~? わたくしの邪魔をして良いと思っているのですか~?」

「こええよ。だけど、そっちに後サダルとレーピオスの弟子がつくんだ。俺くらいこっちについたっていいだろ」

 レグルスさんはアルディさんといつものように軽口を叩いていて、目に入る光景とちぐはぐ。

「あら~? やっぱりタルフさんは選択しなかったのですわね~」

 レグルスさんが私たちにちらりと視線を投げる。

「カプリコルヌス様の遺言だ。『アスクと対峙せよ』だとさ」

 どういうこと……?

「俺はアルディを相手にする。スピカ! お前はレーピオスを相手にしてくれ!」

「わかった」

「ヘレ、後悔があるんだろ?」

 後悔なんていっぱいある。話したいこともあるし、一緒に牡羊の星に帰るって約束もこのままじゃ果たせないし。オフィウクスの星に行くんでしょ? アスクが言ったこと全部かなえられないっ!

 それに何より……私、まだちゃんと謝ってない!

「アスクは私がなんとかするっ!」

 可能性は私が作る。アスクは……そう、私がアスクのことは一番わかってるから、だから、あの一瞬見た”目”が何を意味するか、わかってる。

「よし、いくぞ!」

 レグルスさんの掛け声で、私たちはそれぞれに向かう。

「アスク!」

 アスクは身を起して私に対峙する。その顔はさっき見た目はしてなくて、赤い瞳がギラギラしてる。私の知らない顔だ。

 アスクが剣を構えて、こちらに踏み込んでくる。

 私は手を広げた。

 腹部が熱い。

 なぁんだ。胸とかじゃないんだ。やっぱり君は、アスクなんだね。

 私は懐にいるアスクをぎゅっと抱きしめた。

「アスク、わたし……貴方に言いたいことがいっぱいあるの。ごめんね。私が弱くて、アスクに当たっちゃって、ごめんね。オフィウクスの星に行くんでしょ? それで、一緒に牡羊の星に帰るんだよね。ねえ、アスクが牡羊の星にいた時苦しかったの? なんで私に話してくれなかったの? 私、もっとアスクと話したい。このまま話せないことがいっぱいなんてヤダ……」

 動かないアスクの身体は暖かくて、心地よい。

「私、アスクと一緒にいたい」

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