3章 山羊の星24―山羊の神殺し(ヘレ)―
虹色の星がもうあとわずかで昇る。
次の夜が明ければ、この修行が終わっちゃうんだ。
アスクと、話さなきゃいけない時が刻々と迫ってきてる。この修行が終わったら話をしようって、言付けしてもらったから……だから、きっとアスクは私の話しを聞こうと思ってるに違いない。
「はぁああ……時間が解決してくれると思ってたのになぁ」
「あらあら~、修行に没頭してたのは~アスクさんのことを考えたくなかっただけでしたのね~」
「うっ。アルディさ~ん」
「ふふ~、その憐れみ溢れる表情は~アスクさんみたいですわね~」
そっくりって言われると余計に困っちゃう。アスクもずいぶん悩んでるってスピカさんが言ってたし、たしかに同じように情けない顔してそう。うん、想像つく。
その顔をさせてるのは私なんだけど……!
悩んでいたら、突如、ポタっと頬に感じた感触――
「え、雨?」
頬に手を伸ばして水滴を確認する。
「――っ!?」
指先を見て体が震えた。赤い……。
「上ですわー!」
アルディさんの声で、私は顔をあげる。
星が入れ替わる時刻。どうやって飛んでるのかよりも、なんであなたがここにいるの? 誰? っていう相反する疑問が頭を埋め尽くす。
真っ赤な空に浮かぶ人影の目は、後ろの夕焼けに負けないくらい真っ赤だった。
ギラギラした真っ赤な瞳は見たことがない色だ。彼の色じゃない。彼の色は宝石のような翠だ。
けど、顔は私がよく知ってる顔で、頭がおかしくなりそう。
「アスク……?」
彼の名を呼んだ。本当にアスクなの……?
返答の代わりにドサっと何かが落ちてくる。
アスクの手は真っ赤に染まっていて、落ちてきたそれは身動きすらしていない。
「カプリコルヌス様!!」
混沌としていた意識が怒号に引き戻される。近くにいたスピカさんが駆けつけてきて、地面に落とされたその山羊と魚の半身をしたカプリコルヌス様に回復の加護を使う。
「無駄だよ。加護の無駄遣いさ」
フードを被った男の冷静な声に、もう山羊の神様は助からないのだと、理解した。
「レーピオスっ!」
スピカさんが感情に任せて、声の相手に斬りかかる。
「おっと? 名前を呼んでもらえるようになったのは嬉しいけども、カプリコルヌス様を殺ったのは私ではないんだけどね?」
「黙れっ! 貴様がアスクに何かをしたのだろう!?」
アスクと同じように真っ赤な瞳を愉しそうに細めて、レーピオスさんはからかうようにスピカさんに返す。スピカさんは怒りを露わに吠え、さらに早く剣を振るう。
「何を根拠に?」
「あの目を見ればわかります!!」
スピカさんに対しての質問だったけど、私は心のまま叫んだ。
私の意志に呼応して、牡羊の加護が敵と認定したレーピオスさんに襲い掛かろうと弓矢に変化する。
「メ―メ―、矢を――」
「牡羊の星 矢の雨」
「きゃっ!」
私の弓矢は、上から降ってきた複数の矢に破壊される。私に当たりそうな矢は戻ってきたスピカさんの剣に弾き落された。
牡羊の加護を使えるのは私の他にひとりだけ……。
「な、なんで……アスク!」
「…………」
名前を呼んでも反応はなくて、アスクは黙ったまま下に降りてくる。レーピオスさんと私たちの間に立ちふさがる。対峙したアスクの目は変わらず真っ赤で、心境は見えてこない。
「目の色だけで判断はー、根拠が薄すぎではありませんか~?」
アスクの横で、冷静に戦況をみているのはアルディさん。なんで、あっち側で言葉を発しているのか。ぞっとした。
「アルディ、何故お前がそいつの味方をするっ!」
「決まっているではありませんか~。意見の一致に至ったからですわ~」
いつも通りにこにこと笑うアルディさんは、本気で言ってるようにみえる。
アルディさんの隣には同じく笑みを浮かべたレーピオスさん。
「牡牛のご令嬢は事実を知った。そして、選択したのさ」
「ふふ~、お二人にもお話してあげればよろしいのではなくて~?」
「もちろんだとも。話をして、そして選択を聞こう」
レーピオスさんは、ゆっくりと倒れている山羊の神に近づいていく。スピカさんはアルディさんから目を離さないで警戒していて、レーピオスさんを止められない。
「乙女の騎士はそれを冒涜と言うだろうし、牡羊の巫女はきっと信じられないだろうね」
空気は緊迫しているのに、彼の口からあふれ出る声はゆっくりと落ち着いたものだった。私たちに加護について語ってくれた時と変わらない、教えるような口調。
「選択肢は簡単な二択だよ。いままでのように神に従うか、神を殺し人間の世界を作るか。そのどちらかだ。まあ、そもそもな話、保守的な考えを持つ君たちは、現状に不満がないから神がいない世界を必要としていない。この時点で君たちが僕らと同じ選択肢を視野に入れることはないわけだ。けどね、君たちの前にはこんなにも現状に不満や、被害を受けている”人間”がいる。その事実を、君たちは無視できるだろうか?」
レーピオスさんはアスクとアルディさんをちらっと見てから、また話しを続ける。
「たとえば、神の贔屓による格差。たとえば、神が強いたルールによって潰された未来。たとえば、神の意志によって摘み取られる命……あげればキリがない。神のための神によるルールにのっかっているのは、利を得る者か無知な者だけだ」
アスクが神様たちに振り回されいるのは、傍にいた私だってわかってる。けど、だからってすべてを排除するなんて極端な話を聞いても戸惑うことしかできない。
けど、本当にそんな大義名分が本心なの? レーピオスさんの赤い瞳はギラギラと強い意思を孕んでいて、憎しみを感じる。殺したいほどの憎しみを抱くほど、神様たちと何か……?
レーピオスさんが、山羊の神の前でしゃがみ込む。
「山羊の神がなんで人間を星に住まわせなかったと思う? 未来が見える彼が、なぜ死を回避しなかったのだと思う? 山羊の神カプリコルヌスは、私と同じ考えだったのさ。人間だけの世界を望んでいた。だから、いつかくる運命としての死を覚悟していた」
また別の質問を投げかけ始める彼が、山羊の神に胸元から取り出した鈍く光る青い石を当てる。すると、山羊の神カプリコルヌス様の姿はその石に吸い込まれ、石がきらきらと輝きを放った。
「うん。制約を取り払う分は残しておいてくれたようだね。さすがだ」
「カプリコルヌス様に何をするっ!」
横にいたスピカさんが動く――
「牡羊の星 空気の膜」
目の前にアスクがいて、スピカさんが何かにぶつかって私の視界から消えた。反動で後ろに吹き飛ばされたようだ。
「――っ!」
「無駄だよ。私に攻撃しようとすれば目の前の彼が、そして私の理解者になった者が、君たちの前に立ちはだかる。君たちは一緒に過ごしてきた者に、手は出せないだろう?」
「卑怯なっ!」
「アスクに何したの!?」
「私は話を聞いてもらいたいだけだよ。君たちの質問には順番に応えようか。山羊の神はさっき君が回復の加護をかけても助からないのはわかっていただろう? だけど残った身体にはまだ力が残っているのさ。だから、加護をもらってない私はその力を借りるために一度力を石に移動させたんだ。そのままにしていたら朽ちるだけだしね。おっと、これは山羊の神の意志だよ。未来が見える彼がもし私にそういうことをさせないようにするなら、もっと早く自分の身体すら消し去っていただろうしね」
口を挟もうとしたスピカさんに、先手を打ってレーピオスさんは釘をさす。私たちは黙って彼の言うことを聞くしかなかった。
だって、今のアスクはアスクじゃない。早く、もとに戻さなきゃ。そのためには情報が足りない。
無事更新できました~!
この調子で少しずつあげていきたいと思います。
ブクマありがとうございます!
執筆する支えです。
だいぶ最後の盛り上がりになってきたので、このままこの章の終わりまで頑張ります!
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