3章 山羊の星20―スピカの相談事―
「言葉を選んでくれていたが、アルディが呆れていたのはわかっている。幼いのだと窘められたのだ」
スピカの話が終わって、俺はなんと言っていいのかわからなかった。
言いたいことを言いあっているわけじゃないのに、雰囲気から、言葉の節々から、話を聞いてる俺ですら胃が重い。だから、スピカの不安になる気持ちは痛いほど伝わってきた。
こんな喧嘩もあるのかって頭を抱えてしまう。
「……気まずいね」
「気まずい……そうだな、気まずいというのだな。私にはアルディが考えていることがわからない。だからこそ不安が大きいのだ」
「わかる……」
スピカの暗い顔を見て、ヘレの顔がちらつく。修行に集中することで押し込めていた不安が沸き上がった。
ヘレが何を考えてるのかわからない。ヘレとどうやって仲直りすればいいんだろう。どうしてヘレが怒ったのか、それがわからないのに謝って許してもらえるとは思えないし……。
「俺もわからない……うん、ヘレのことわからなくて、どうしていいかわからない」
「……そうか。私たち二人とも困ったものだな」
「ほんとにね。だから、話をしなくちゃと思ってるんだけど、ヘレは時間がほしいっていうし」
「うむ。私も距離を置こうといわれてしまったしな」
「ヘレの気持ちは優先したいけど、やっぱりちゃんと話し合いたいな」
話さないと、もやもやしてくる。何もできなくて、そのまま嫌われたらどうしよう。いままではヘレの笑顔しか見たことなくて、こんなこと初めてで……どうすればいいんだろう。
本当にヘレのことがわからない。でも、きっと俺はヘレだけじゃなくて、みんなのことの気持ちを、考え方を、全然知らないんだ。
「俺さ、スピカもそんな風に悩むんだって思わなかった。スピカは、すごくまっすぐで信念があって、強い人だと思ってたから」
「……買いかぶりすぎだ」
「知らなかっただけだよ。スピカが俺に話してくれたからわかったんだ」
「ふっ、幻滅したか?」
「ううん。俺、自分の気持ちに嘘つかずに向き合おうとしてるスピカは、スピカらしいな。って思うよ」
俺だったら、逃げちゃうかも。どうしていいかわからないと、苦しくなっちゃうから。
「…………そうか」
ずいぶん長い沈黙だし、声が小さい。え、もしかして……
「俺、変なこと言った?」
「いや、大丈夫だ。私もアスクらしいと思っただけだ」
「俺らしいって……?」
「元気をくれる。それに、アスクの言葉は率直で信じられる」
「え、嘘だったらどうするの?」
「嘘なのか?」
「いや、そんな……本心だよ」
「ふふ、そうだろう」
笑ってるスピカの方が俺のこと買いかぶりすぎだと思う。
「アスクと話ができてよかった。だいぶ気持ちが楽になった」
「よ、よかった」
そっか、少しでも役に立てたのか。ほっとする。
「私も、もう少し落ち着いたらアルディとしっかり話をしてみよう」
「俺も、ヘレと……」
でもだいぶ経ってるのに話をしてくれないんだよな。
ヘレのことが少しでも知れればなぁ。
「……話してもらえないなら別の方法で知ればいいかも?」
「何か思いついたのか?」
「あ、ううん。人に聞くとか?」
スピカの顔を見て、思いついたことを言うのを躊躇した。思わず別の方向でごまかす。
「仲介者ということか? うぅむ。第三者の目から見てもらうのもいいかもしれないな」
「うん、そうそう。どっちにも感情移入しないような人がいいんじゃないかな」
多少早口になったことに気づかないでほしい。
俺の不安をよそに、スピカは頷きながら考えている。
「では、カプリコルヌス様に相談してみよう。一番偏りがなさそうだ」
「うん」
顔をあげたスピカは少し苦笑っていて、ちょっとドキっとした。隠したこと、ばれた……?
「話、終わりました?」
「うわっ!?」
後ろから声をかけられて、思わず大声をあげる。
「驚きすぎですよ~」
「サダル、タルフ。いつからそこに?」
心臓がバクバクしてる。
スピカが代わりにそこにいる二人に声をかけてくれた。
「さっきですよ? あれ、もしかして二人で秘密のお話ですか~?」
なんでそんなによによした笑い方してるんだ? サダル……。
「そうだな、アスクには相談にのってもらっていた」
「スピカさんは正直ですねぇ。もうちょっと駆け引きっていうのを覚えた方がいいんじゃないですか?」
「うむ。そういったことは苦手でな、得意なサダルとアルディに任せる」
「もー、スピカさんには適わないなぁ」
サダルとスピカが和やかに話している。
「二人って仲が良いの?」
「ああ、一番古くから付き合いのある加護持ち同士だ」
「何かあるとよく星同士で連携してたからねー」
「同盟星で一番関りが深いといってもいいだろう。乙女の星の流通を整備してくれたり、本当に助かっている」
「その代わり警備は乙女の星の騎士たちにお世話になってますよね」
「じゃあ、タルフも?」
「ちがうやざ。うらはこの前会ったばかりやざ」
「ああ。サダルから仲の良い蟹の星の友人がいることは聞いていたが、会うことはなかった」
「そもそも加護持ちを公表してるのが乙女の星と水瓶の星だけですからねー。加護持ちとしての関係はスピカさんだけですよ」
「うぅん。なんか難しいなぁ」
星同士の交流があるっていう時点で俺には想像があまりできないから、それ以上複雑になるとなかなかうまく飲み込めない。
「サダルは、アルディさんのことも前から知ってるやざ」
「そうだったのか?」
「アルディさんとは婚約寸前まで行きましたね」
「え?」「は?」
サダルの答えに俺とスピカの声が重なる。
「ほら、僕は商売が売りじゃないですか。アルディさんは牡羊の星の侯爵令嬢、お偉いさんの娘さんなんですけど、商売についても牡羊の星で重要なポジションにいらっしゃるんです。だから、婚約っていう話が持ち上がってたんですけど、アルディさんが牡羊の加護を得たので、自分の星で見繕うってなって結局その話はなくなったんですよ」
「政略結婚ってやつやざ」
「星の発展のためらしいから、あながち間違ってはないけど」
政略結婚……俺の星ではあんまり聞かない話だったけど、本当にあるんだ。へぇ。
「まあでも、もともと商売の話でアルディさんとは意気投合してますし、ライバルになるよりは取り込んだ方が絶対利益がいいと思うんですよ。あ、でも表向きはライバルで裏でいろいろ連携できればもっと……」
「健全な流通を望んでおこうか」
「商売はある程度裏表が必要なんですよ~」
サダル、不穏なこと言ってる。
「うむ。目をつぶっておこう」
「さすが、スピカさん! 話がわかりますね」
「代わりといってはなんだが、加護を持つ前のアルディがどのような感じだったのか、教えてくれないか?」
「いいですよ。アルディさんはですね、牡牛の星では概ね好評でしたよ。どんなヤバいことでも手を差し伸べて解決する天使とか。でも、最近は男を足で使う悪女とかも言われてましたね」
レグルスかな……?
「まあ、額に傷のあるガラの悪い男を連れてるとか言われてましたし」
「レグルスだな……」
「ですよねー。それまでは本当に天使のご令嬢って呼ばれるくらい品行方正なお嬢様をやってましたね。僕と話すときは今と変わらない感じで、計算高い女性でした。感情よりも論理で行動するような」
「そうか……」
「はい」
「噂をすれば……」
タルフの声に、彼の視線の先を見る。カプリコルヌス様がレグルスを連れて戻ってくるところだった。
慌てて夕ご飯を準備して、スピカとはそれっきり会話する機会もなくカプリコルヌス様が彼女を送っていった。