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3章 山羊の星19―フードの男の巧言、アルディの意見(スピカ)―

 フードの男――レーピオスが、過去の話を私とアルディに話したのだ。

 その日、特訓を終えた私たちは休息をとっていた。ヘレは、一人になりたいと行ってその時は席を外していた。

「じゃあ、親睦を深めるために私の過去でも話そうか」

「なぜそのような話になる?」

「最近、乙女の騎士からとても警戒されちゃってるみたいだからね。少しでも信頼してもらおうと思って」

「…………」

 お前の話が本当かどうかもわからないと出そうになった言葉は、私のせいだと言われた手前、言い出すことはできなかった。

 疑念が深いのは否めない。それを打破しようとする相手の提案を無下に断るのは――と躊躇したのかもしれないな。

「ええ、ぜひお聞かせくださいまし~」

 アルディが促し、私も渋々ながらに頷いて彼は話始めた。

「乙女の騎士は誤解しているようだけど、私はね、蛇使いの星の産まれではないんだよ」

「あら~、そうでしたの~?」

「そう。私の産まれは双子の星でね。貧困の最中にいたのさ」

 双子の星の出自だと言い、双子の星のことを事細かに言っていたよ。私の知識との相違もなく、アスクと会った時に見た双子の星とまったく変わりはなかった。

 しかし、あの時、双子の星に彼もいたのだから、現状は知っている。どうとでも言えるはずだ。と疑っていた。

「そんなときにオフィウクスの加護を受けてね。すべてを知ったのさ」

「すべてというのは?」

「私のオフィウクスの加護は、経験を見ることができるものでね。私は双子の神の経験、過去を目にしたよ。言葉では語れないことをいっぱい知ったのさ」

「……待て、貴様は相手の経験を知ることができるのか?」

 さらっと言われた言葉が衝撃的だった。ことも何気に言われているが、そんな能力があるとして、自分の経験をすべて見透かされてしまうとなれば良い気はしない。

「条件をいくつかクリアすればね。大丈夫、君たちの経験……過去って言った方がわかりやすいかな。過去は見てないよ」

「信じろと?」

「ははは。加護を使える君たちならわかるだろう? 加護の使い勝手はあまりよくない。何もかもが完璧にできるわけじゃないって」

「それは……」

 たしかにそうだ。加護も万能というわけではない。仕組みや、使える範囲をしっかりと把握して使わなければ本来の力も発揮できないし、本来の力を引き出したとしても限度がある。

「経験を知るってことは膨大な知識を頭に入れるからね、負荷が半端じゃない。三日とか一週間とか寝込むこともあるし、本当に必要な時じゃないと割に合わないってことだよ」

「たしかに私たちの短い過去を見るよりは~、神の古くて長い過去を見た方がお得ですわね~」

「そういうことさ」

 説明としては理に適っている。私の過去を覗いたところで、フードの男レーピオスにとって有益なものはないのだろう。

「では~、話を本筋に戻しまして~、双子の神の過去について教えてくれませんこと~?」

 アルディがレーピオスの話を促す。

「双子の神の過去ね……一番印象的だったのは、13個の星以外にも昔は星があったことかな」

 蠍の神――シャウラ様が話した内容と一致した話だった。神の立ち位置を奪い合った過去の話。

「星への行き来は制限された。ここまでは神が交代する際に語り継がれてる内容だから、知ってるかもしれないね」

「ええ~、幼い頃から言い聞かされてますわ~」

「私はこの前……蠍の星で聞いた」

「知ってるなら、話が早いよ。私が驚いたのはその後のことだ。双子の神はね、その戦いに終止符が打たれた後も、神が死んで行き来ができないといわれている神の星に行っていたんだよ」

 どうして? どうやって? 衝撃が大きすぎて、疑問が口を出ていかなかった。

「あらあら~。なぜその星に行けたのかしら~?」

「牡羊の神の力を借りたのさ。星同士の移動の力は牡羊の神の力だからね。牡羊の神は誰にもそのことを教えないことで双子の神の移動を許可したのさ」

「牡羊の神がですの~? どうしてそのようなことを~?」

「牡羊の神も双子の神も、気持ちは同じだったのさ。寂しかった、悲しかった、ただそれだけだよ。神だって気持ちはね、人と同じさ。大切だった人が死んだ――感傷に浸っていたんだ」

 人と同じ気持ちを神が持つ。前までであれば、神がそのようなことをお考えになるだろうか? と疑問を持っただろうが、私は神々に会った。だからわかる。彼らも人間とそう変わりはないと。本当に人間から神になることもあり得るのだと。

「でも、それよりも私が驚いたのは、”神がいなくても”星も人も”生きていける”ということさ」

「神がいなくなれば星は消滅するのだろう?」

「そういわれているね。けど、私は見たんだよ。双子の神の過去から、神がいなくなった星で、星が変わらない姿を保ち、人々が暮らしているのを」

「それはー……いろいろと価値観がー変わってきますわね~」

 わけがわからなかった。信じていい情報なのか、混乱をさせるために話した嘘なのか。けれど、話は一貫しており、事実のように感じる。それにアルディが納得しているのであれば、嘘ではない可能性が高い。でも感情的には嘘だと、根拠も何もないのに決めつけている。だから、余計に私は混乱したのだ。

「乙女の騎士に敵視されるのもよくわかるよ。だって、その光景を目にしてから、私は”神がいなくてもいい”のかもしれないと思っているのだから」

「――っ」

「その話が本当であればー、神の必要性はたしかにないと思いますわ~」

「アルディ!」

「客観的にみればそうではなくて~? 星を存続することが神の存在意義ですもの~。それ以外は人間の手で回っているのが現状ですしー、神の力の必要性を他に求めるというのであればー、心のよりどころとしての象徴でしかありませんわ~」

「牡羊のご令嬢と同意見だよ。まあ、神を象徴として必要としている人間は多いから、むやみやたらにいらないってわけではないのだけどね」

「だが、しかし……っ」

 それ以上は言葉が続かなかった。説明されてしまえば、知ってしまえば、すとんと腑に落ちる。感情とは別に、私は頭で納得してしまったのだ。

「私はね、”もし”神が不在になっても、人が豊かに暮らしていけるようにしたいのさ」

 綺麗めいた言葉。嘘くさいと感情が悲鳴をあげるが、同時にその危惧は今の神殺しが行われている現状で、もっとも合理的な、考えなければならない内容なのではないかとも思えてくる。

「ふふー、わたくしも牡羊の星の繁栄をー、一番に願っておりますからー、よくわかりますわ~」

 アルディの同意の言葉に、私は頭と感情がかみ合わなくなっていた。二人の意見はわかるのに、それを認めたくはない。その考えは危険だと、いら立ちが募っている。

 乙女の神がいらないなどと、そんなことあるはずがない。胃が熱くなる。

「私は……神を冒涜などしたくない」

 絞りだした答えに、違和感を覚えた。この結論は私が出したい答えではない。

 これは、ただ反論したいだけのあまりにも子どもじみた返しだ。

「スピカさんは思ったよりも~、神に傾倒していますのね~。もう少し割り切れる方だと思ってましたわ~」

「――っ!」

 アルディの口調は冷ややかで、胸に強い痛みを感じた。

 呆れられたのだろう。と予想ができて、嫌な汗が額から噴き出す。

「すぐに考えを変えることは難しいさ。神々がそういう思考になるように事実を隠しているのだから」

「フォローするのかー、喧嘩を売るのかー、どちらかにしませんこと~?」

「ははは。私はね、乙女の騎士は知らないことを知った後にしっかりと考えられる人間だと思っているのさ。だから、私が知っている”事実”を話しているだけだよ」

「ふぅ~、スピカさんが意固地になるのはー、あなたのその言動に問題があるのも一因でしてよ~」

 私の気持ちは落ち着かず、二人の会話に入ることはできなかった。

「難しいものだねぇ。では、その意固地な乙女の騎士は、牡牛の令嬢にお任せしようかな。私は弟子との約束があるからそろそろ出かけるよ」

 そういって去るフードの男レーピオスを見送った。

「スピカさんは~、思ったよりも幼いんですのね~」

「……はぁ、否定はできない」

 フードの男がいないことと、先ほどの後悔も相まって私は気持ちのまま零した。

「もう少し割り切ってー、彼――レーピオスさんと接することはできませんの~?」

「……できればそうしたい。だが、心が乱されて繕うことが難しいのだ」

「ああ~、なるほど~。スピカさんはレーピオスさんの言葉をわかってらっしゃるのですわね~」

「ちがうっ! 私はあいつの話など信じてないっ」

「ふふ~。では~、わたくしとは相反するということですわね~」

「アルディ……」

「わたくし~、あの人よりですの~。考え方が~」

「…………」

「スピカさんが~、考えがまとまるまでは~、距離を置きましょう~?」

「……アルディ、私は貴方が何を考えているのかわからない」

「そんなの当たり前ですわ~。私とスピカさんが会ったのはついこの間~、乙女の星に召集がかけられてからですわ~」

 そうだった。アルディとはまだ短い付き合いなのだ。

「でもー、わたくしはスピカさんのことは好きですわ~」

「アルディ……」

「だからこそ、考えが否定され続けるのはつらいんですの~。ごめんあそばせ~」

「わかった……すまない、アルディ」

「ふふ~、いいんですのよ~。わたくしもスピカさんはきっと話がわかるって信じておりますもの~」

 アルディの期待はあいつなどよりも重い。

 そうして、私はアルディと距離を置くことになった。アルディからはっきりとは言われなかったが、呆れられているのだろうことはわかっている。

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