3章 山羊の星18―悩みと不安(スピカ)―
俺は休んでおけとみんなに言われてしまったから動けないし、スピカは俺が無茶しないようにする見張りって感じだけど。
「……アスク。加護の調子はどうだ?」
「あ、なんかあっという間で試してなかった。ちょっとやってみるね」
俺は、「双子の加護を使って、弓矢で目の前の木を射る」という言葉を発してみる。すると、弓矢が出現し、矢が木へ刺さってからぱっと消えた。
「うん。ちゃんと使える」
「驚いた。前よりも成長しているのだな」
「そうそう。体力つけたおかげで加護を引き出す力に耐えられるようになって、大きな力を引き出せるんだって」
「そうか、修行の成果が出ているのか」
「うん! 地道で大変だったけど、ちゃんと使えるようになって嬉しいんだ」
「よかった。目標を達成できて何よりだ。おめでとう、アスク」
「ありがとう! 目標が達成できたのはスピカも協力してくれたからだよ。みんなが助けてくれたから、挑戦できたんだ」
「……ああ、私のこの力が助けになったのなら光栄だ」
スピカが喜んでくれているのはひしひしと感じるけど、でも、なんだか気落ちしてる……?
「……なにかあった?」
思い当たる節は一個だけある。スピカはマルフィクの師匠と組んで修行をしている。でもスピカは彼をあまり快く思ってないはずだ。最初の夜にその師匠と話をしてみると、ポジティブに言ってたけど、その後何かあったのかな?
スピカは視線を落として、しばらくしてから口を開いた。
「アルディに叱られてしまった」
短い言葉だけど、衝撃を受けるには十分だった。
「え? なんで?」
「……私が不甲斐ないばかりにな。話が長くなるがいいだろうか?」
「もちろんだよ!」
スピカが自分のことを話してくれるのはうれしい。いつも助けてもらってるし、俺が力になれるならって思う。だから、勢いよく頷いた。
スピカは口端を少し上げて苦笑う。そしてふっと息を吐いてから、その出来事を話し始めた。
知っての通り、私はフードの男へ懐疑的な気持ちを持っている。
「フードの男ね、ものすごい距離を感じてしまうよ。ちゃんと名乗っておこうか――私の名前はレーピオス。改めてよろしく頼むよ、乙女の騎士」
けれど、あの男は名前すら簡単に教えてきた。追っていた時は情報がまったくつかめなかったのに。
そして、前に話した通りフードの男――レーピオスは人に教えるのが非常に上手かった。
「加護の知見を深めるのは大切だからねぇ。乙女の騎士殿は癒しの力はどういう力だと思うんだい?」
「人間の再生力を高めるという解釈だが?」
「そう。決して新しいものが作れるわけじゃない。その人の再生能力、治癒能力以上の回復はできないから注意するべきさ」
「ふむ。例えば戦いで腕を失くしたとすれば、そこからの元に戻すのは難しい。ということか」
「傷口を塞ぐのはできるだろうけどねぇ」
「では、斬られた直後であれば一瞬離れたとしても治癒することは可能なのか?」
「そういう一例はあるね。だから、可能性的には治癒できるはずだよ」
「……そうか」
質問を投げかければ、すぐに返ってくる。オフィウクスの加護のことさえなければ、私も弟子のように慕っていたかもしれない。
だが、やはりその丁寧さ、優しさに、私はどうしても違和感を覚える。頭では有意義な時間を過ごしているとわかっているのだが、なかなか気を許すことができないでいた。
しかし、ヘレとアルディは私とは逆だった。
「レーピオスさんはなんでも知ってるんですね」
「オフィウクスの力は知識だからね。牡羊の巫女殿も、蛇使いの星に行けばもっといろいろなことを知ることができるよ」
「蛇使いの星は~、わたくしたちの星とそんなに違いますの~?」
「もちろんだよ。加護を持つという意味から何から違うね」
「どう違うのかしら~?」
「それは行ってからのお楽しみってことでどうだろう。牡牛のご令嬢」
「あらあら~。残念ですわ~」
二人は彼に好意的で、私は後ろめたさを感じていた。
わかっている。私は間違っている。アスクと出会って、一辺倒な見方で、敵と決めつけていた今までの私は間違っているのだと、今は理解していた。
だからこそ、私も彼を認めないといけないと思っている。それができない自分に、少々居心地の悪さを感じていた。
それをなるべく表には出さないように、レーピオスの出す課題をこなしていた。
私は、アスクにそこで話すのを一瞬やめた。
そうだ……あの日から上手くできなくなっていったのだ。
あの”夜”、アスクとヘレの間で何かがあった夜。
どこかへ行ったヘレを私が捜しに行った。遠くまではいったおらず、すぐに見つけることができた。しかし、声をかけるのをためらってしまった。
彼女はひどく自責の念に駆られており、周りが見えていなかったからだ。
「私が勝手に怒って、勝手に逃げてきちゃった……アスクごめん……しかも手が出るとか最悪……ちゃんと謝らなきゃ」
零す言葉は辛そうだった。
気づいていない彼女に無意識に近づいてしまい、足音が静かな空間に響く。
気づいたヘレが顔をあげた。
「スピカさん……?」
「……すまない。聞いてしまった」
「!!」
私が零せば、彼女はまた顔をゆがめて泣きじゃくりながら、謝っていた。
「ごめんなさい……私、アスクに八つ当たりしちゃって……アスクは悪くないの」
ヘレが落ち着くまで、私は話を聞きながら傍にいた。
「ごめんなさい、スピカさん。つきあわせて……」
「いや、私でよければ話を聞こう」
「……ありがとうございます。私、不安なんです」
「ああ」
「私、アルディさんに教えなきゃいけないのに、何もできてなくて……どうしたらいいのかな。ってずっと不安で……アスクは私ならできるって言ってくれたのに、私、できない自分が頭をよぎって……」
ヘレも私と同様に自分に自信が持てなくなっていたのだと知った。
あんなにも笑顔で、楽しそうに話していたのに、内には不安を抱えていたのか。まったく気が付けなかった。人の心の機微はなかなかに難しい。
「同じだな……」
「え?」
「……自分を信じられないのは私も一緒だ」
「スピカさんも……?」
「私は、フードの男――レーピオスに対して、いまだに良い感情が持てないでいる。一辺倒な見方だともうわかっているはずだが、どうしても彼を認められない自分がいるのだ。それがどうにも気持ち悪い。自身がこんなにも曖昧な状態なのだ、信じられるわけがないだろう?」
「……そう。頭ではこうしなきゃいけないって理解しているのに、それができないの。どうしてなんでしょうね」
「……私たちには解ることができない」
「うん……へへ、スピカさんありがとう。私だけじゃないってわかって、ちょっと気持ちが楽になった」
「私もだ」
「……もし、気持ちのまま動いたらどうなるんだろう」
ヘレの暗く小さな呟きに私の胸がぎゅっと掴まれたような気がした。
「戻ろっか、スピカさん」
「あ、ああ」
涙をぬぐって笑顔を見せ、ヘレは私の手を引っ張った。
何も言えなかった。
あの時からずっと心にひっかかっていた。「気持ちのまま動いたら」動いてみたい。その衝動が、何度私を突き動かそうとしたか。
そのたびに私はあいつへの違和感が増していく。
だから、フードの男――レーピオスと上手く話せなくなったのだ。
黙った私にアスクが困惑している。
「すまない。そのあとヘレがアスクと喧嘩して戻ってきたことを思い出していた。あれから、ヘレの
様子がおかしかったからな」
「あっ……」
「深くは聞かない。二人の問題なのはわかっている」
「う、うん……」
アスクの表情が曇ったが、私は話を続けるべく口を開いた。
お待たせしました! 更新できました……!
新しい仕事に慣れるのにだいぶ時間がかかりましたが、また少しずつ更新していきたいと思います。
しばらくゆっくりペースになりますがお付き合いいただけると嬉しいです!