3章 山羊の星16―アスクの加護VS牡羊の加護―
「じゃあ、始めようか」
『ええ、時間が惜しいですから』
牡羊の加護は弓を構える。弓の周りに数十本の矢が浮かんだ。
これ、見たことある。オフィウクスの加護を受け取った時にアリエス様が放った技だ。
「足に力を込める!」
俺は口にすると、その場から飛びのく。立っていた場所に数十本の矢が刺さっていた。
間一髪、ずいぶん本気で殺しにかかってくるな。背中に冷たい汗を感じる。
『その程度で、私に認めさせようとは驚きが隠せません』
牡羊の加護が目を細めている。あれは、呆れているな。
『君、前より飛んでない……?』
双子の加護の驚いた声に、俺は目を瞬いた。あれ、そういえば攻撃された位置からだいぶ距離が空いてる。
『成長してるのです?』
蠍の加護の言葉に、思い当たる節があった。
マルフィクに体力作りをどうしてするのかって聞いた時、「神の力に耐えうる体になる必要がある」だって言ってた。
「もしかして、体力つけた分だけ加護の力引き出せたりする?」
『人間は壊れないように無意識で制御するからね。とりあえず試してみよう!』
「わかった!」
使えるっていうなら、加護の特性をしっかり考えなきゃ。
コントロールの仕方で教わったのはたったの二つ。「加護のことを信頼し、よく知ること」「加護には元の神の特性が色濃く表れてる」だけ。
だから、加護の特性は元神の使えた力ってことだ。ヘレが牡羊の神と同じ力を使えたように。
双子の神は何が使えた? 風を操れてたから、きっとそっち系ができるはず。
蠍の神は? 毒しかイメージがないんだけど、あの尻尾を届かせるのは難しそうだし……他に何かあったかな……?
『来るのです!』
考えている間に、牡羊の加護が丸まって俺に突進してくる。双子の神が風を暴れさせていたのを思い出す。
「双子の加護、吹き飛ばして!」
俺の掛け声とともに風がうねりをあげて強く吹いた。やった、できた……!
牡羊の加護が突進を邪魔されてその場で揺らぐ。
チャンス!
俺は牡羊の加護に向かって、腕を振り上げた。けど、柔らかい毛の弾力にはじき返されてしまった。
「――っ!」
『さきほどよりはマシですが、力が使える時間が短いようですね』
牡羊の加護が言うように、風もすぐに止んでいた。
『もう力を見極めるまでもないでしょう。こちらの番です』
淡々とした声と同時に脇から強い衝撃を受ける。牡羊の加護が腹部に体当たりをしてきたのだ。先ほどは柔らかかった毛が、今は固くなっていてごりっという骨がぶつかる音が聞こえた。
「ぐっ」
とっさにガードして痛む腕を抑えながら、目を牡羊の加護に向ける。
『えぇー! だいぶ力を引き出せてると思ったのに』
『完璧に出せてたのです。短いだけで』
そうだ、双子の加護を引き出すことはできてた。問題は持続性と、牡羊の加護の防御を貫くための威力だ。
考えている間にも牡羊の加護が幾度となく突進してきて、なんとか双子の加護の風の力で躱していく。
「持続性はすぐにどうにかなんてできない。一撃で倒すための方法を考えなきゃ」
『打撃は無理そうだよ? 僕の弓でも使ってみる?』
「鋭利なものならたしかに……」
『あたちの力も使ってほしいのです!』
「毒か……でも、どうやって?」
たしかに双子の加護だけを使っていても、どうにもならないのは明白だ。
蠍の神がレグルスに与えた攻撃は動くことができないほどの毒性だった。だから、その攻撃を牡羊の加護に当てられれば、決着はつくはずだ。
『また矢になるのはダメなのです?』
蠍の加護の言葉に、扶養の騎士との戦いで双子の加護と蠍の加護が連携していたのを思い出す。
「それならいけそう! 双子の加護、一番強い風を!」
突進してきた牡羊の加護を吹き飛ばすほどの風を出して距離を開ける。
「弓を出して!」
『うん! 今の君なら再現ができるはず。しっかりと弓矢を、蠍の加護を矢にするイメージをして!』
双子の加護の言葉に、俺は目の前に弓矢があるイメージをする。それは淡い光となって表れて、蠍の加護が弓の中央に移動すると矢に変化した。
『放って!』「放つ!」
双子の加護と俺の声が重なると、矢は牡羊の加護に向かって放たれた。けど、それは直線的で、牡羊の加護はあっさりと避ける。
『攻撃が直線的ですね』
これじゃあダメだ。牡羊の加護が避けられないようにしないといけない。
「マルフィクの槍のようにターゲットを追跡できればいいのに……」
『追跡って?』
「避けても決まった相手をずっと追いかけてくんだ」
『……やってみれば? 今なら、そこの黒い蛇使いの加護も使えるかもでしょ』
「えっ……」
『君は、複数の加護を使えるんだから、試してみればいいじゃん』
双子の加護に言われて、俺は黒い蛇――マルフィクの加護を見る。黒い眼玉は何を考えているのかわからない。
『俺の目で見ると思えばいい』
マルフィクの加護は、俺が聞く前に端的に答えた。
「よしっ!」
俺は牡羊の加護の攻撃を避けると、飛んで行った後にこちらに駆けてきていた蠍の加護のそばに行く。
「双子の加護の弓矢、蠍の加護の矢、マルフィクの加護の目!」
口にすることで、明確にイメージができる。
目の前で再び弓と矢が形成される。「放つ!」という言葉で、矢は牡羊の加護に向かう。牡羊の加護が矢を避けた。けど、矢は牡羊の加護を追った。
『!!』
「やった!」
成功だ。これで少しでも掠れば、蠍の加護の毒が火を噴く――はずだった。
『まあ、当たらなければ意味がないですが』
矢は、牡羊の加護の前で弾かれた。それが透明な障壁だと気が付く。ここまでできるなんて……。
牡羊の加護の体当たりに蠍の加護が吹っ飛ばされた。
『きゃうっ!』
「大丈夫!?」
『危ないっ!』
一瞬蠍の加護に気が逸れた俺に向かって矢が放たれた。双子の加護が慌てて対抗するけど、避けきれないっ!
右腕が、左の腿が、熱い。
「ぐっ」
『力の差は歴然です。さあ、私を受け入れてください』
牡羊の加護の言葉で矢が消えた。
まだ立ってられる。ずくずくとした痛みが傷口から感じるけど、まだ。
あきらめたくない。
考えろ、考えるんだ。力で認めさせられないなら、別の方法で認めさせればいい。方法はあるんだ。”確信”している。
でも、どうやって?
知らない方法だったら、オフィウクスの加護をもっと借りないとダメだ。でも、どこまで借りて大丈夫なんだ? どこまで借りちゃったらオフィウクスの加護は暴走する?
俺はちらりとオフィウクスの加護を見た。
『主、既に答えを導き出す情報を此処で得ている』
「!!」
オフィウクスの加護は、無理やり求めさせようとはしてこない。
気持ちが軽くなって、俺は頷いてみせた。
すでに知っている何かが答えってことか。俺は何を知っている? ここで何をした……?
体力がついたおかげで、双子と蠍の加護を使って戦えた。だから、牡羊の加護の力をいくつも見た。そして、もう一つ俺はそこにいる黒い蛇――マルフィクの加護を使った。
なんでマルフィクの加護が使えたんだろう? 俺の加護じゃないのに。唯一条件として当てはまるのは……
「ここにいる加護の力が使える?」
そうとしか思えなかった。
『さあ、主。私を受け入れてください』
牡羊の加護が催促してくるのを、俺は聞き流した。
ここにいる加護の力が使えるなら……試してみる価値はあるかもしれない。
「……牡羊の加護、矢を牡羊の加護に向かって放て――っ!」
俺の周りに矢が複数出現する。牡羊の加護が使った力だ。
『えっ?』
矢は、俺の言葉通り驚いて固まっている牡羊の加護に向かって飛ぶ。
「牡羊の加護、盾を出現して牡羊の加護を守れ!」
俺の言葉に、矢は牡羊の加護の前で飛び散った。
「できた……」
やっぱりそうだ。牡羊の加護の力も、俺は使えるんだ。
『どうしてですか、私はまだ主を認めていないのにっ!』
「それが俺の力だからだよ」
なんで加護の適性がないと言われた俺が、複数の加護を扱えるのか。どうして加護が複数とも自我をもっているのか。”ここ”がどこなのか。
すべては、俺の持つ力なんだと”確信”している。