3章 山羊の星8―特訓ヘレ、アルディペア&フードの男、スピカペア(ヘレ)―
ヘレは目の前の光景に困惑していた。
スピカとフードの男がにらみ合って、会話を一切しようとしないのだ。
丘から噴き出した水に流されて気がつけばこの状態だった。そんなヘレは、どういうことか理解ができず、傍観を決め込んでいるアルディに助けを求めるように視線を向けた。
「どうやらあの男の方が助けてくださったみたいですわ~」
「え、そうなんですか?」
「わたくしたちは水には不慣れですもの~。あの水の勢いでは~、慣れているサダルさんとダルフさんでさえ対応できたのかどうかわかりかねますし~」
「そうすると、消去法で彼ということですか?」
「ええ~。ですが~、スピカさんが珍しく敵意をむき出しにして困っているんですの~」
アルディはわざと息を吐く。ヘレは改めてスピカとフードの男が対峙しているのを見て、ほほをかいた。
「えぇっと……スピカさん、オフィウクスの加護のことで敏感で……アスクの時も最初はあんな感じでした」
「ですからあんなに威嚇しているのですね~、納得ですわ~。乙女の星でもオフィウクスについてはそれはもう~、悪く伝えられてますものね~」
仕方ないですわね~ともう一度息をつくアルディに、ヘレは目を瞬かせた。
不思議そうに自分を見るヘレに、アルディはにっこりと笑って説明をしてくれた。
「同盟星ではオフィウクスは悪であるとするのが定説ですの~。と、いうのも天秤の星でオフィウクスは悪として伝えられてまして~、正義を重んじる星ですので~、同盟星は天秤の星が言うのであれば間違いないと同調してますの~」
「でも、アルディさんに、サダルさんとダルフさんはそこまで気にしてないですよね?」
「星ではそう言われておりますけど~、昔話ですから~、信じる信じないは個人の自由ですわ~」
「そっか。スピカさんは真面目なんですね」
「ええ~、とても信仰深いんですの~」
アルディとヘレが会話をしている間も二人は微動だにしない。
「……えぇっと。話しかけた方がいいのかな?」
ヘレが困ったようにスピカとフードの男を交互に見る。
すると、フードの男はスピカから視線を外してヘレに笑いかけた。スピカがヘレを隠すように移動する。
「スピカさん……」
名前を呼ぶヘレの方を見ずに、スピカはフードの男に低くうなるように言葉を発した。
「……私は貴様を信じていない」
「おっと、やっと会話をする気になったんだね。よかったよ。」
「…………」
「おや、まただんまりかい?」
「私は、貴様に乞うつもりはもうとない」
「ふーん? 君は乙女の神殺しの真相を知る機会をみすみす逃すというわけだね」
フードの男は意味深な言葉をスピカに投げかける。スピカは彼を睨みつけながらすぐさま反応を返した。
「どういう意味だ?」
スピカの反応にフードの男は満足げに笑う。
「そのままの意味だよ。山羊の神はこの競争で一番強くなった人間に自分の力――未来か過去を見せてくれると言ったんだ。ということは、過去である乙女の神殺しを直接確認できると、そう思わないかい?」
「――っ!!」
「もしかしたら、神殺しじゃないかもしれないし、扶養の騎士が殺したんじゃないかもしれない。君の悩みが解決するってわけさ」
「……だが、しかし……」
スピカはこぶしを握り込む。力を込めすぎて震えている。そこにフードの男は手を差し伸べた。
「ほら、早く私の手を取りなよ。私が君に加護の指導をするんだからね」
瞠目しているスピカにヘレが駆け寄る。
「スピカさん。それだったら私とアルディさん、レグルスさんやアスクだって見ることができます。嫌だったら無理はしないでください……」
心配げに見上げるヘレに、スピカは喉を鳴らした。
そこへアルディも近寄ってきた。
「わたくしは~、彼に見てもらったほうがいいと思いますわ~」
「アルディさん!」
アルディはヘレとは別の意見をスピカにぶつける。ヘレが抗議するように名前を呼んだ。
「わたくしたちがなぜ山羊の星に来たのかお忘れではなくて~? スピカさんが扶養の騎士を止めたくないのでしたら~、やめればよいかと思いますけど~」
「そ、そんな冷たい言い方しなくてもっ」
「わたくしは~、カプリコルヌス様のご判断を信じますわ~。たとえオフィウクスの星の方であろうと~、敵であろうと~、今はそれも含めて知る方が有意義かと思いますの~」
ヘレの反論を流して、アルディはスピカへと話し続けた。スピカはアルディをじっと見た後、考え込むように頭を落とした。
アルディの意見を正しいと感じ、ヘレもそれ以上口を挟まなかった。
「決めるのはスピカさんですけど~」
最後に主導権をスピカに返してから、アルディは軽く頭を下げて元の場所まで退いた。
「いい感じの考え方をするんだね、牡牛のご令嬢は」
「お褒めいただき光栄ですわ~」
フードの男はアルディに一言向けたあと、スピカに向き直り再度手を出す。
「さて、乙女の騎士。君はどういう判断をするのかな?」
「……いくつか質問がある」
「君が納得するなら、いくらでも」
顔を下げたまま口を開くスピカに、一度手を下げてフードの男は話を聞く姿勢をみせる。
「まず指導役を引き受けたことについて不可解だ。なぜ、カプリコルヌス様の提案を受けた?」
「もちろん、加護持ちを減らしたくないからだよ。君たち、このままだと乙女の星の子に消されそうだからね」
「扶養の騎士か……。貴様は、あいつと関りはないのだな?」
「ははっ、気になってるんだね。んー、どうかな。加護持ちを誘ってはいるから、その中にいた可能性がないとは言い切れないね。でも、君みたく他の星でも有名だったり、わざわざ自己紹介をしてくれる子なら覚えてはいるけど、扶養の騎士。と言われてもねぇ?」
「……ザヴィヤヴァという名だ。聞き覚えは?」
「うぅん? ないかな?」
フードの男の口調は緩やかなもので、とぼけているのか、本当に知らないのか読めない。
「そうか……ならば最後の質問だ。この星で神殺しをするつもりは、ないな?」
「ないよ。だって、山羊の加護を持ってる子がいないんじゃ蛇使いの星に行けないからね。しかも、その加護を得られるのは君たち側の誰かってわけだし、山羊の神を殺すデメリットが大きすぎるでしょ?」
「……わかった。ならば、この星にいる一時の間だけ、貴様の指示に従おう」
「うんうん、前よりずいぶん話がわかるようになったね。アスクの影響かな」
「…………」
スピカはフードの男の茶化したような言葉に、睨みつけた視線を返す。
「そんな怖い顔しないでよ。これからよろしくするんだしさ」
「アスクのように信用を勝ち得てから言うのだな」
スピカはフードの男を顔をそらす。言い返した声色の圧は先ほどよりもいくぶん柔らかかった。
「スピカさん……」
「心配をかけてすまなかった」
スピカはヘレとアルディの方へ顔を向ける。
「二人にお願いしたい。私を律するため、あいつを見張るため、修行を私たちと一緒にしてはくれないだろうか?」
「わかりました!」
「ええ~、かまいませんわ~。わたくしもあの方とお話ししてみたかったところですし~」
ヘレとアルディは、スピカの言葉に笑顔で頷くのだった。