3章 山羊の星6―カプリコルヌスの特訓メニュー―
カプリコルヌス様は、加護の結びつきや人間の素質を見ることが得意らしい。一人ずつその加護と素質にあった特訓メニューを提案してくれた。
アルディさん、レグルス、スピカまではぱっとすぐに特訓する項目をメモして手渡していたのに、俺に対しては目の前でうんうん唸っている。
『うぅん。どの加護とも結びつきが同じくらいなのである。不思議なことに、これだけ加護を受け入れても耐える力と共存させる力があるのは、見た事がないのである。たしかにコントロールが出来ればものすごい戦力になりそうではあるが……一つに絞ればコントロールも楽ではあるが、しかし、どの加護も引かなそうであるな……すでにそれぞれの加護に自我があるのが、厄介であるな』
「えぇと……?」
『簡単に言うとお主の場合、加護同士の融合が難しいのである』
「えぇ? でもヘレとスピカだって二つの加護を持ってますよ?」
『二人はすでに牡羊の加護と、乙女の加護に蠍の加護が吸収されているのである。普通は一番強い力、繋がりに併合されて加護の力が上がっていくのである。それがお主にはない』
「え、でも、一度力が暴走した時にオフィウクスの加護が、他の加護を吸収しようとしたって……」
『したはしたのであろうが、相当な抵抗をしていたのである。牡羊の加護がなければ、お主の中で争いが続き、お主の身体の方が危うかったと推測できるのである』
「えぇ……じゃあどうすれば?」
『手っ取り早いのは、どれか一つの加護にお主が決めることである。複数をコントロールするより、一つをコントロールする方がはるかに簡単である』
決めるって、難しすぎるでしょ……。
どの加護も思い入れがあるし、いいところもある。それに
「どれか一つって言うのは……その……。同時に使ったりもしたので、できればどれも使ってみたいです」
『なんであるか? 同時に使ったのであるか?』
カプリコルヌス様が、驚いたように目を見開いた。茶色い瞳が俺を凝視してからすっと細められる。
「あ、はい」
俺はピラミッドでオフィウクスの加護の”確信”と双子の加護の”人体強化”を使ったこと、蠍の神から力を受け取って三体の加護が別々に具現化して戦ったことを話した。
『うぅん。わかったのである。であれば、それぞれをコントロールできるようにするのである』
カプリコルヌス様はさっとメモをして俺に三枚、双子の加護、蠍の加護、牡羊の加護のコントロール用の修行メニューをくれた。
「あれ? オフィウクスの加護は……?」
『頭を打ち付けた衝撃もあって、だいぶ昔の記憶は忘れているのである。であるからして、蛇遣いの加護については思い出せないのである』
「はぁ、なるほど……」
これをおっちょこちょいと言うレベルで片していいんだろうか? ちょっと呆れを通り越して何も言えない。
『そっちの専門家はいるので安心するのである』
「えっ?」
カプリコルヌス様は話し終わったとばかりにヘレの前と移動してしまった。
専門家ってなに……?
『お主は、コントロールも力の統一もしっかりしているのである。力の循環も良いから、時が立てば加護の統一化までいけるはずであるからして、特に特訓する必要がないのである』
「で、でも。私も、早く強くなりたいんですっ」
『否。その考えはよくないのである。お主の力の使い方を今一度見つめなおすのである』
「でも……」
ヘレはまだ納得しきれずに、食い下がっている。
『ふむ。では、お主には指導をしてもらうのである』
「そ、そんな私、教えるほどの力なんて……!」
『教えることで自分の力を見つめなおすのである。できていることを定着させ、さらなる高見に行くには、人に教えることは効率が良いのである。お主の課題はそちらなのである』
「…………」
カプリコルヌス様にもう一度諭されて、ヘレは言葉を失った。でも表情は不満そうで、これは後でどうにか話をつけようと言う顔だ。俺にはわかる。
最後のサダルが、不安げなヘレに近寄っていく。
「ヘレさん、不安なのはわかりますよ。僕も指導側なので、わからないことあったらサポートしますよ!」
「え、そうなんですか?」
「はい! 僕、こう見えてもう加護と同一化してますから」
「えぇっ!?」
にこにこと人好きするような笑顔を向けているサダルが、加護との同一化――つまりは神と同等の力を持ってるだって……?
「僕はこの中で、加護を持っている年月が一番長いんですから、当たり前ですよ。なんていっても、幼少期の頃から持ってますからね」
「水瓶の星では商売が盛んでな。星一の商売上手に加護が与えられるそうだ。毎年大会でその腕前を競うのだが、サダルは、幼少期にトップをとってから不敗だそうだ」
「へぇ、すごい」
サダルとスピカの説明に素直に言葉が出た。
「ありがとうございます。褒めてくれる人好きですよ」
照れたようにはにかんで嬉しそうに笑うサダルは、俺の手をとって軽く振った。ずいぶんと無邪気だな。
『教えるのは、サダル、ヘレ、吾輩――そして後方にいる二人である』
カプリコルヌス様が俺たちの後ろに指し示す。
振り返った先にいた人物に俺は息をのんだ。スピカが剣を構える音がかちゃりと耳に届く。
「やあ、久しぶりだねぇ」
フードに身を包んだ男が二人。そのうちのひとり――褐色の肌と薄い銀糸のような髪を持つ男が赤い瞳を細めてこちらに笑いかけてくる。
「貴様――っ!」
「おや? まさか斬りかかってこないだろ? だって、乙女の神について教えてあげたのは私なんだしさ」
「――っ!」
牽制されたスピカは今回は斬りかかっていかなかった。
そうだ、オフィウクスの加護が悪いものだと決めつけなければ、フードの男もマルフィクも、別に敵ってわけでもないんじゃないか?
だって、乙女の神殺しをしたのは彼らじゃないし。
ふと、いきついた思考にそれまでこわばらせていた体が解けた。
「何しにきたんだ?」
「うん? 勧誘だよ。君には話したと思うけど、私たちはオフィウクスの星に行きたいからね。そのために加護持ちの人を勧誘してるんだよ」
そうだよな。今聞くと、この人も目的は一緒で、オフィウクスの神への恐怖がなければ協力できそうな気がする。
何か忘れてるような気もするけど……でも、マルフィクだって悪いヤツじゃないしなぁ。
「だから、加護持ちがいっぱいいるところに来るのは必然的ってことさ」
『知り合いだったのであるな』
「ああ、うん。いろいろとありまして……」
『それならば話は早いのである。この二人は蛇遣いの加護を持っているのであるからして、お主の教育にはもってこいである。どちらかをお主につけるとして――』
スピカからの嫌悪感や、ヘレの戸惑い、フードの男たちを知らない人たちの困惑はまるで気にしていないように、カプリコルヌス様は話を進めだす。
空気読まないな、この神様……。
『人数も丁度良いのである。一人ずつ担当を決めるのである。それと、やる気があがるように競争性にするのである』
「賞金でも出すのでしょうか?」
『優秀者、育てた者には、それぞれ一度だけ吾輩の力を使う権利を与えるのである』
「時間系の能力だね。未来見るのもできるのかな?」
『干渉はできないが、過去、未来ともに見ることは可能である』
それはちょっと見てみたいかも。
『異論がなければ、パートナーを決めるのである』
カプリコルヌス様の言葉に、誰も否定はしなかった。
ここに来た目的の話をこれ以上脱線させる気は誰にもない。
『加護の使い方の相性で言えば――』
カプリコルヌス様は組み合わせをあげていく、「サダル」と「タルフ」、「ヘレ」と「アルディさん」、「マルフィク」と「俺」、「フードの男」と「スピカ」……
「待ってください! 私がなぜこの男とっ!」
『加護の傾向が似ているからである。不満なら近しいアスクと取り換えるのである』
「ぐっ、それであれば……私が監視できると考えれば……」
思わず止めに入ったスピカだったけど、カプリコルヌス様の提案に言葉を詰まらせる。俺とフードの男を交互に見てる感じ、俺とあの人を組ませるのが不安なんだろうなぁ。
「……そのままでお願いします」
スピカは悩んだ末、声を絞り出した。
『じゃあ、決まりであるな。レグルスだったか、君は吾輩が面倒みるのである。おっちょこちょいなことしても耐えられそうなのである』
「そんな理由!?」
カプリコルヌス様はレグルスの突っ込みは流し、全員に紙を配り始めた。違う色の星が書かれている。
『では、修行の仕方であるが、修行を赤い星が消えるまで行う。その後に、休息を青い星が消えるまで行う。同時に黄色い星が消えるまでに吾輩が全員の安否確認を行うのである。故に、それまで場所を動くことを禁ずるのである。それを繰り返し、この丘の上に虹色の星が浮かぶまでを期限とするのである』
空を指しながら説明される。空には大きな星が赤、黄色、青と三つあって、それが目安の星だとすぐにわかった。
『では、各自好きなところで行うのである』
そう言って、カプリコルヌス様はレグルスの手をひっつかむと、空を飛んでいってしまった。
20220619修行のルールについて下記に変更しました。