3章 山羊の星5―山羊の神カプリコルヌスー
白いシャツに、黒い背広。きっちりとした上着は、今まで見た誰よりも気品がある。でも、人間ではなかった。アリエス様は全部が羊だけど、カプリコルヌス様は顔は山羊で、水の玉の中にある下半身は魚だった。
いままで見たこともない姿に、驚きを隠せない。
『吾輩は山羊の神カプリコルヌスなのである』
「カプリコルヌス様、こちらは我が星の同盟星の加護持ちと、牡羊と獅子の加護持ちのみなさんです」
『この星での話声くらい聞こえるのである。だから、事情はわかっているのである』
「さすが、カプリコルヌス様~!」
サダルが相槌を打って話を進めてくれる。声は出さずに、カプリコルヌス様に軽く頭を下げて挨拶した。
カプリコルヌス様はからからと笑うと、ふわふわ浮かんだままこちらに近づいてくる。一人一人の前を通りすぎながら、顔を確認しているようだ。
「カプリコルヌス様、蠍の星で神殺しが目撃されたみたいやざ」
『乙女の神を手にかけたとのたまった輩であるな。そのうち吾輩の星にもくるのであろうなぁ』
「原因はやはり彼なのですか?」
『推察すれば神殺しをして回ってるようである。しかし、吾輩は知らないのである。ここには人間を住まわせていないのであるからして、人間の心理など毛頭わかるわけもないのである』
うっ、癖が強いなぁ。山羊の星は情報も少ないから、交友も他の星とはあまりないってことなんだろうけど。もしかして人間嫌いとかかな。
「ひっで人間嫌いの神様やざ」
タルフの率直な言葉に思わずその場で複数息をのんだ音が聞こえた。俺も息をのんだ。
『タルフははっきりと言うのである。だが、正確には違うのである』
しかし、カプリコルヌス様は笑いながら否定する。
『吾輩はちょっとおっちょこちょいなところがあるからして、人間が住むと巻き込んでしまうのである』
おっちょこちょいって何。どんな神様なんだっ!?
いぶかしげに見ていれば、カプリコルヌス様と目が合ってドキっとする。
『くしゃみをして山にぶつかったら火山が噴火するとかそういうのである』
「んぐっ……すごいですね……」
具体的に説明してきた。なんて返せばいいんだよっ。
「カプリコルヌス様っておもしろいですよね~」
「ふ、不思議な方なんですね」
にこにこするサダルに、ヘレはなんとも言えない表情のまま包みこんだ感想を言った。
おもしろいですまないだろ。噴火ってやばいじゃんっ。
『吾輩のおっちょこちょいがもっとも出るのが吾輩の加護である。加護は強力であるが、不幸属性がもれなくついてくるのである』
聞き捨てならない単語が出てくる。そろそろ誰か突っ込むか、まとめてほしい。
『であるからして、人間に加護を与えるのはやぶさかではないが、元々不幸属性を持ち得ている者でないと、マイナス作用が半端ないのである』
「要するに~、元から不憫だったり不幸だったり~、何かしらマイナスな属性があれば~、問題ないわけですわね~」
『左様である。この中であれば、タルフとお主とお主なのである』
カプリコルヌス様はタルフ、レグルス、俺を順に指さして言った。
「うらは違うやざ」
「なんで俺なんだよ」
「俺……?」
俺たちの反応とは逆に、呼ばれなかった面々が「あー」っとなぜか納得するような反応をしている。
ちょっと待ってほしい。不名誉にもほどがあるんですけど。
『人に振り回される不憫属性、金銭トラブル属性、巻き込まれ属性というような感じである』
「「「はっきり言うな!」」」
思わず出た声は三つとも重なっていた。
巻き込まれ属性って、そうだけど。人から言われるとなんだか切ない。
「でもいいじゃないですか。強力な山羊の加護がもらえるなんて」
「そうだな。この星に人間がいない以上、山羊の加護を受け取っておくことにこしたことはない」
サダルとスピカはプラス方面で受け止めているようだ。
たしかに山羊の加護は、オフィウクスの星に行くためには必要だけど。
「あの、マイナス作用って不幸属性を強くしてしまわないんですか?」
ヘレが、心配そうにカプリコルヌス様に聞いてくれる。
『元から持っていれば、それで相殺するので大丈夫なのである』
「そうですか、それなら、まあ……ね、アスク?」
「うん、まあ」
ヘレに促されて俺も頷く。山羊の加護は必要だし、みんなが言うには巻き込まれ属性らしいから、ここで断ってもどうせ……だしな。
気持ちを切り替えよう。そうしよう。
「ちょっと頑張ってみようかな……?」
『覚悟が決まったのであるな。しかし、力を上手く使いこなせない人間には渡せないのである』
「それって、やっぱりマイナス作用が暴走するからなの?」
『左様である』
「はー、それじゃあ結局修行じゃん」
「牡羊の星からそういう話でしたわ~。弱いのですからー、当たり前ではなくて~?」
「タルフがんばれー」
「うるっさい」
みんなが口々に話したあと、アルディさんがすっとカプリコルヌス様の前に出た。
「カプリコルヌス様~。彼らだけではなく~、わたくしたちも持っている加護を使いこなせるようになりたいですわ~。修行をつけてくださいませ~」
『いいのである。皆で修行とはなかなかに面白いのである。吾輩の力を使うのである』
カプリコルヌス様はそういうと、両蹄をカチンと鳴らしそこから大きな七色の透明な玉を作りだした。それは空に昇って、星全体を包むように広がっていく。
『これで外の星とこの星の時間を遮断したのである。外の時間はほとんど進まないはずであるからして、存分に修行するとよいのであるぞ』
からからと笑う山羊の神に、俺は少し寒気がした。確かに自分自身で豪語するほど、山羊の神の力は強力だったから。