3章 山羊の星3―3 アスクの決意と牡羊の神アリエスの昔話―
レグルスとの会話に終止符を打つと、アリエス様は俺の方を見る。次は俺の番だと、ドキっとした。
『アスク、君は? 君には3つの加護が与えられているし、僕からも加護を与えるつもりだから、今後は4つの加護を持つことになる。明確な目的と決意を示してほしい』
アリエス様から加護を受けられると聞いて心臓が跳ねた。さっきから僕を星の子と認めてくれるアリエス様の言葉に嬉しさを覚えていた。この星にいていいんだと。だから、安心してずっと話せてた。
牡羊の加護を受けとれるなら、俺はヘレと同じで生まれ育ったこの星のために力を尽くしたい。でも、きっとそれ以上の覚悟が本当は必要なんだとわかってる。俺には他の加護が刻まれているから。
双子の加護。これはポルックスとの友達の証だと思ってる。双子の星の神になり替わろうとも思わないし、ポルックスならもう一人の加護を持つ彼女と星を支えていくだろう。だから、この力でどうにかしたいとは思わない。
蠍の加護。これはシャウラが信頼してくれた力だ。俺だけじゃなくてヘレとスピカも受け取っているし、何より彼女は蠍の星の伝統にのっとって、自分の子どもに神を譲渡するはずだ。手助けはしたいと思う。でも、蠍の神になるのは俺じゃない。
蛇遣いの加護。これは望んで得た加護じゃない。でも、今回のことで一番力になってくれて、そして俺はもう、自分の一部なのだと認めてしまっている。俺は、知りたい。その欲求に一番応えてくれるこの力の事を一番認めてしまっている。でも、俺は蛇遣いの神が、星がどういうものなのかをまったく知らない。
頭の中で思考がぐるぐると回る。
『君がしたいこと、でいいよ?』
黙り込んだ俺にアリエス様が助け舟を出してくれた。
俺のしたいこと……。
「……俺も、ヘレと同じでこの星のために力を尽くしたい。同時に知りたい。今、世界がどうなってるのか、蛇遣いの星がどうなってるのか。でも、一番したいのは……」
俺は、空気を飲み込んで喉を鳴らした。
「俺は、みんなの力になりたい」
『及第点かな。ちょっと頼りないけど、僕は僕の星の子の力を信じてるよ』
アリエス様の言葉にほうっと息を吐いた。アリエス様が聞きたかった内容とは違ったのかもしれないけど、受け入れてくれたことに心底安堵する。
みんなの顔を順繰りに見てもったいぶってから、アリエス様は口を開いた。
『それじゃあ、君たちに話そう。僕が知る限りの昔のことを――紛争の時代を』
まだ星がたくさんあった頃、人々は星の領地を巡って争っていた。ある神は民が望むままに力を与え、ある神は民とともに戦った。
そして人々は、他の星に負けないように自らを成長させていった。知略、武力、生活の在り方、それぞれの星がそれぞれの星の思想に基づいて強くなっていったんだ。
そして、その中から神と同等の力を持つ人間が出て来た。それは神の力を鍛えた者のほかに、発展した文化つまりは神とは別の力が神をも凌ぐ力となった。
拮抗する力が蔓延すれば、神と人との間に隔たりを感じなくなる者、星を統べる神々の地位をほしがる者が現れる。そして行われたのは、星同士ではなく身内の地位の奪い合い。
争いを率先していた星々は、戦いの末に星が消滅したか、二度と戻らない荒野になっていた。
そこで、僕たち13の星は協定を結んだ。争いを行った星との行き来の禁止。他の星への侵略行為の禁止。人々の生活の安定。平和の維持。神についての厳重な秘密保持。などなど、争いが起きないようにした。
『そういう過去があって、僕たちは信頼のおける人間以外に力を与えないし、過去の話も、加護の力も伝えない』
アリエス様は、ふぅっと息を吐く。
話はまだ続いた。これからが本題だった。
『その理を破ったのが蛇遣いの神――オフィウクスだよ』
「それが双子の神殺しの……」
『うん、オフィウクスの行動の結果さ。オフィウクスは、人間へ知識を与えることこそが人間の幸せだと説いた。そして、彼は自分の力”知識”を望まれるままに与え……加護を与えられた人間はすべてを知った』
「神のこと、神と同等の力を得ること、ですね」
『そう。過去と同じさ。神になり替わろうとした者。別の星を奪おうとする者。火種が暴発した出来事が双子の神殺しだった。だから、僕らは蛇遣いの星との行き来を禁じ、この話を教訓として残すことにしたんだ』
「なるほど~、だから~、オフィウクスの話が残っているのですね~」
『そうだよ。これで、オフィウクスの加護がどれだけ危ないのかはわかっただろう?』
最後は俺に向けられた言葉だった。
「…………」
なんて答えていいかわからなかった。
『僕は星に住む人間が好きだから、守っていきたい。ここが戦場になれば民にも迷惑がかかる。だから、そういうのは極力避けたい』
迷っている俺に、アリエス様は真摯に説き伏せて来た。
アリエス様が言うことはわかる。でも、一度シャウラの言葉で受け入れたオフィウクスの加護を、俺はどうしても悪いものだとは思えなくなっていた。
それよりも、加護を使えることを責められているこの状況に、少なからずショックを覚えて悲しかった。どうして? という疑問が頭をかすめる。
感情と理性の折り合いがつかない。ひどく胸がむかむかして気持ちが悪い。
「アスク、大丈夫?」
ヘレの心配する声もどこか遠い。
『汝、我を求めよ――』
代わりに、低くて響く声がはっきりと耳についた。
この気持ち悪さを、どうにかできるなら、教えてほしかった。
俺は無意識に求めた。
知識を――オフィウクスの加護を。
ズルズル――
何かが這いずる音がする。
真っ暗で何も見えない。
――ズルズル
音が大きくなり、近づいてくるのがわかった。
俺は、この正体を知っている。
ズルズル……。
目を開けば、そこには緑色の瞳と赤く長い胴体を滑らせた蛇が俺を見下げていた。
『汝の願い聞き届ける』
蛇がするっと俺の上から退けば、俺は起き上がることができた。真っ暗な中で、蛇は何かを追いかけている。逃げているのは……蠍だ。
けど、すぐに追いつかれて蛇の大きな口に蠍はすっぽりと――
――ダメだっ!
直感的にそう思った。蠍の先に倒れている小さな人影も目に入って、今何が起こっているのか、俺は理解した。
加護同士の食い争い。
止めなきゃっ。俺はオフィウクスの加護だけがほしいわけじゃない!
それでも、俺の身体はそれ以上動かないで、蛇は蠍をゆっくりと丸のみにしていく。
声も出ない。
待って、俺はまだ、オフィウクスの加護を選ぶなんていってないっ!
蠍が呑み込まれて、蛇が小さな人影に近寄っていく。
「――やめろっ!」
声がやっと出た。と思えば辺りが眩しい光に包まれた。眩しい中で見えたのは見慣れた羊――。
「はっ!?」
起き上がった。頭がくらくらするけど、俺は辺りを見回す。そこには意識を手放す前と同じ草原にアリエス様が、ヘレが、スピカたちがいた。
ほっとする。あれは、夢だったんだ。
「アスク! 良かったっ!」
「大丈夫か? なんともないか?」
ヘレとレグルスが迫ってくるので、手を前に出して制しながら、俺はうんうんと何度も頷く。
「はぁ、よかった……どうなるかと思ったぞ」
スピカの声はどこか疲れ気味で、どうしたのかと目を瞬く。
「あら~? もしかして~、今起きたことを~覚えてませんの~?」
「起きたことって……」
『力が暴走したから、意識もひっぱられたんじゃないかな』
「暴走ってなに!?」
「いきなり本を出現させたかと思ったら、すごい勢いでページがめくられて、蠍の神や加護についての話をひたすら羅列してたぞ……」
「え、こわ」
『加護は基本一番合う属性に吸収されやすいんだ。一番長く持ってるから、オフィウクスの加護に他の加護が吸収されそうになってたんじゃないかな。さすがにそれを見過ごすわけにはいかなかったから、生まれ育った星の加護。僕の加護を与えて相殺させたよ』
「あ、ありがとうございます……!」
『あと……相殺だけだといつまた起こるかわからないし、ついでに僕の加護でオフィウクスの加護を封印したんだけど、そのせいでもしかしたら他の加護も使えないかも』
「えっ!?」
ちょっといろいろ頭がついていかないどころか、真っ白になった。
加護が使えない? って、え、やっと使えるようになったのに!?
『まさか、こんな形で加護を与えるとは思わなかったけど。力のコントロールが身に付けばこのプロテクターは自分で外せるはずだから』
「そ、そうですか」
よかったー! まさか一生加護が使えないんじゃ……って、思ったよ。
でも、いつ使えるようになるかはわからないんだよな……せっかく使えるようになって、みんなを守れるかと思ったのに……。
「あ、あの。どうしたらコントロールってできるようになりますか?」
『人によるかな。まずは君にあった加護の力を模索しないといけないし、それに合わせて力の増幅をするんだけど……』
アリエス様は困ったように額に手を当てて考え込んでいる。
『そもそも、君だけじゃなくてこれはこの場にいる全員に言えることなんだよね。普通に暮らして待つなら何十年とかかる場合もあるし』
「何十年……さすがにそこまでかかるのは、彼を止められなくなりますっ」
『乙女の子、わかってるよ。だからね、僕も腹をくくるよ。そういう成長について一番確実で、まじめに取り組んでくれるのがいる』
アリエス様は、草原のある一点を指した。
『山羊の神カプリコルヌス。彼なら、君たちの力を存分に鍛えてくれるはずだ』
そう示されて、俺たちは次の目的地を”山羊の星”に決めたのだった。
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