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2章 蠍の星22―蠍の神の真の望み―

 この扉を開けば、蠍の神の部屋。一度確認するようにヘレに目配せをすると、頷いてくれる。

 よし、行こう。

 無言でそう言いあって、俺は扉をゆっくりと開けた。

「……待っておったぞ。アスク」

 蠍の神は椅子に座っていた。どこかぎこちない笑みは、前にあった時の傲慢さがなく、寂しげだ。

「そして、再び戻ってきたのじゃな。ヘレ」

「――っ!」

 自分の名前を呼ばれて驚いたヘレだけど、すぐに表情を引き締めて蠍の神を見る。

 名前を聞かれていないのに、名前を呼ぶってことは蠍の神がヘレのことを覚えた。ヘレの名前を覚えようという気持ちを持ったっていうことだ。

 やっぱりヘレを認めてるんじゃないだろうか。

「私たちの話、聞いてたんですね?」

「ああ……わしの元を離れる算段じゃったな。できれば顔もみせずに立ち去ってほしかったのぅ」

 弱弱しく眉尻を下げる蠍の神に、ヘレがたじろいだ。

「俺は、会いに来たんだ」

 俺が蠍の神に返した。

「俺は、ピラミッドで『待っておる』と言ってた貴方に会いに来たんだ」

「会いに……そうか、あの時のあれが聞こえておったのか」

 驚いたように俺を見た後、蠍の神は少し嬉しそうに表情を緩めた。

「ならば、アスク。お主はわしとの約束を守ってくれるのか?」

「スピカも助けてもらったのに、約束は破らないよ」

 俺の返答を聞いて、蠍の神の瞳に光が戻った。先ほどまでの悲しげな雰囲気が完全に消失する。

 期待に満ちた様子にヘレは不安そうな顔をするけど、俺と目が合うと頷いて表情を引き締めた。

「あれが、本当にあなたの望みなら」

「どういうことじゃ?」

「ずっと傍にいる。たとえどんな感情でも。それが本当にあなたの望みなら、俺はその約束を守るよ。でも、本当は別の望みがあるなら、俺はそっちを叶えたい……!」

「私も、蠍の神の……本当の気持ちが知りたいです」

 俺の言葉に、ヘレの言葉に、蠍の神はたじろいだ。

「わしの……本当の気持ちじゃと?」

「そうだよ。蠍の神……あなたは迷ってるんだ。閉じこもってるのに人をこのピラミッドに入れてみたり、最奥まで来いと言ったくせに来るのを邪魔してみたり……」

 俺の言葉に蠍の神は目を見開いて動揺する。俺は畳みかけた。

「どうしたいか、自分でもわからないんじゃないか?」

「わしは、ただ面白い方向に――」

「本当に面白かったの?」

 蠍の神の反論にヘレがすかさず問い返した。その瞳は真剣で、蠍の神の心を乱すのに十分だった。

「お、面白いに決まっておろう! お主が悔しそうにする様は、笑いが絶えなかったわ!」

「じゃあ、なんで私をアスクに会わせたの?」

「はっ? お主が勝手に上の階に抜け出して……」

「スピカさんのことを聞いた。加護の蠍を使えば、私を追い出すことなんて簡単にできたはず。私で遊びたいなら、アスクに会わせずに追い出せばよかった。それが一番屈辱だって、私の目的――『アスクたちと合流してここを出る』って言ったのを聞いてたあなたなら、わからないはずない!」

 ヘレは大きく息を吸って、大声を出した。

「面白いなんて嘘よ! ただ、誰かにかまってほしかっただけじゃない!」

「――っ!」

 ヘレの訴えに、蠍の神は狼狽した。すぐに唇をきゅっと結んで、大きくため息を吐く。彼女の顔は幼さが残っていて、眉尻を下げ、諦めたように瞳をちらつかせた。

「……わかっておる。それくらい、わしもわかっておる。……わしの望みはな、叶えられておる。アスク、お主にな」

「俺が……」

 蠍の神の吐露に、俺は真剣に彼女を見返した。予想はしてた。だけど、彼女の口から聞かされるのは、大きな衝撃があった。

「わしはずっと待っておった……。自分の足で、意思で、わしの元へ訪れてくれる誰かを。それだけで、嬉しかったのじゃ」

 本当にやわらかく笑ったその表情に嘘はなくて、ここまで来てよかった。と、心の片隅が温かくなった。

 蠍の神は一瞬だけ緩めた表情を悲しみの色に塗り替えて、言葉を続けた。

「しかし、それをわしに自覚させてどうしたいのじゃ? 自覚すればしただけ、空しく寂しいだけだというのに……こんな気持ちにさせるくらいなら、顔もみせずに立ち去ってほしかった……」

 蠍の神の声が徐々に消え入りそうになり、その場で顔を覆って俯く。

「俺は、寂しいなら……みんなと仲良くすればいいと思う」

「……無駄じゃ。それができれば、元々引きこもってもおらんし、お主らにあんなこともせん。蠍の神のわしが、人間と仲良くなど到底無理な話じゃ……」

「神とか関係ない。俺は双子の神と友達だと思ってるよ」

 返答に蠍の神は顔をあげて俺を凝視する。目元が赤くて、少し泣いているように見えた。

「俺は、誰かと一緒にいるのに人も神も関係ないと思う。尊敬し尊重し合うから仲良くできるんだと、そう思うから」

 俺の言葉を蠍の神は何も言わずに聞いている。もしかしたら俺の独りよがりな答えなのかもしれないけど、気持ちを伝えたかった。

「俺はヘレの頑張り屋なところを尊敬してるし、スピカの自分の意志がしっかりしてるところも尊敬してる。双子の神のまっすぐで、人間を愛しているところも尊敬してるんだ」

「……お主だけの一方通行ではないのか?」

 蠍の神は信じられないのと信じたいのはざまでまた揺れているようで、問い返してきた声は震えていた。

 答えたいけど、相手が本当はどう思ってるかなんて俺には、答えられない。俺は口を引き結んですまう。

 けど、ヘレは黙ってなかった。

「わ、私だってアスクの優しいところ尊敬してるよ! だから、一緒にいるの!」

「そうだ。互いに認め合い、大切にする。それこそが仲間というものだ。アスクは勇気があって、諦めない力を持っている。尊敬しているさ」

「えっ!?」

 後ろから増援の言葉が飛んできた。スピカがその場に立ってやわらかい笑顔を向けてくる。

 二人の返答にうれしさとくすぐったさが胸に広がった。

「……お主まで戻ってきたのか」

「蠍の神が良い解毒剤を飲ませてくださったので、お礼に参りました」

「ふん。どちらのお礼だかわかったもんではないのぅ」

「そうですね。実際、私はアスクに味方しているのですから。ですが、私やヘレの気持ちはわかったはずです。信頼というのは、一方通行ではなく、互いに持たなければ成り立たないということを」

「ぐむ……じゃが、お主らは人間同士ではないか」

 あと少しだ。言葉の質問とは裏腹に、蠍の神の瞳はスピカに向かって答えてほしいと訴えている。ひっかかりをとってほしいと。

「神と人間もまた、信頼しあうことはできます。それが”加護”を与えるということではございませんか? 私は、乙女の神を尊敬し、信頼しております。加護を受けた際に、乙女の神から信頼をしていただいていると思っておりますが……蠍の神の思う”加護を与える”とは別物でしょうか?」

「……そう、じゃな。違わぬ。加護は信頼の証じゃ」

 蠍の神は立ち上がると、俺たちの前へと歩いてくる。

「人も神も関係ないというならば……わしも、仲間に入れてほしい」

 弱弱しくもはっきりと告げた要求。俺は頷いた。

「それが本当の望みなら、叶えるよ」

「アスク……ヘレ……許してくれるのか?」

「え、許さないよ」

「はっ?」

「私も許さない!」

「……いやいやいや、今の流れは許す流れじゃったろ!?」

 俺とヘレの言葉に蠍の神は動揺して、声を荒げた。俺はヘレと目くばせをして笑いあう。

「かまってほしいってだけで、こんなにボロボロにされて、許すわけないよ。仲間になったからって私たちにしたことが消えるわけじゃないもん。反省して、私たちにちゃんと謝って。話はそれから!」

「仲間っていっても、まずは話し合うとこからかな。まだ全然、お互いのことは知らないんだし。尊敬っていうのはすぐにできるわけじゃないからさ」

「……く、ははは、わしにそういうことを言うのはお主たちが初めてじゃ。本当に、おもしろい」

 蠍の神の笑顔は、いままで見たどんな表情よりも幼くて、輝いていた。

「はぁ……なんじゃ人間の時に戻ったようじゃ」

 和やかだった雰囲気は蠍の神の言葉で困惑に塗り替えられた。

次回から通常更新に戻ります。

来週更新となりますので、お楽しみに!

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