2章 蠍の星16ー蠍の神、姿を現しヘレを連れ去るー
通路の突き当りまで特に罠もなく進むと、大きな扉が待ち構えていた。横にはその扉よりも大きな人型の石像が立っており、斧を交差させて扉を守っている。
手前に立札があったので、書いてある文字を読んだ。
「”蠍の神の祭壇。許可のない者入ること許さぬ”だって」
「想定内だ。臨戦体制をとれ」
スピカの掛け声に全員がピリっとした空気を纏う。そして、スピカは躊躇なく扉まで歩みを進めた。扉に手をかけた時、石像が動いた。
その大きさと重さからは想像がつかない速さで、斧をスピカめがけて振り下ろす。しかし、スピカはそれを大きく後ろに飛びのいて躱した。
「メ―メ―! 盾になって!」
ヘレが大きな声を出して手を前に翳す。腕輪が光を帯びクリーム色の仔羊が飛び出した。同時に敵の攻撃がヘレに襲い掛かる。しかし仔羊が大きく変化し、斧をもこもこの毛で受け止めていた。なかなか斧を引き出すことができず敵は右往左往している。
「え、すごっ!?」
「でしょー! 私の近くにいれば守れるんだからね!」
俺の驚きの声に、ヘレが胸を張ってブイっと指を二本立てて誇らしげに言う。そんなよそ見してて余裕だな。
斧が抜けずにいる石像へアルディさんが近づく。そして、おもむろにその足を掴むと、一気に引っ張った。巨体はアルディさんの力になすすべもなく大きな音を立てて後ろへと倒れ込む。
「アルディさんもすごい……」
「アルディの加護は身体強化だからなー。つまり、力技が得意なんだ」
レグルスの説明に、だからさっきレグルスは床に埋まったのか。と納得した。
「レグルス~、減らず口は閉じて~、さっさとーとどめをーさしなさーい」
「お、おう!」
アルディさんがレグルスを睨みつけると、レグルスは体をこわばらせて大きく返事をした。その後すぐにレグルスの身体が大きく膨れ上がり、金色の毛深い動物――獅子へと変貌を遂げた。咆哮をあげ、その鋭い牙で石像を噛みくだく迫力。
獰猛さに息をのんだ。
「なんだか、動物がじゃれてるみたいでかわいいよね」
ヘレがふふっと微笑ましそうに笑うが、ヘレの感覚がわからない。どう見てもコワイんだけど。
こっちの方でばたばたとしていれば、もう一体の石像が崩れる音が響いた。視線を向ければ、スピカがすでに石像を動けないほどに斬り刻んでいた。
「そっちも終わったか」
「ええ~、思ったよりも弱かったですわね~」
俺が何もしないまま、戦いは終わった。うん、この面子なら俺は必要なさそうだ。心強い。そう思うことにした。
「よっし、行くか!」
レグルスの掛け声に俺は気持ちを切り替えた。
ついに蠍の神に会えるのか……。どんな人だろう? 広場にあった銅像のままだったりするのかな? あの声の人……なのかな?
鼓動が早くなって、疑問が頭の中を回る。
レグルスがスピカの隣まで歩き、扉に手をかける。そして、ゆっくりと扉を開いた。
扉の向こうで待ち受けていたのは、祭壇の上に座る妖艶な美女――銅像がそのまま出てきたような美しい女性だった。蠟燭の炎に照らされた褐色の肌は妖しさが漂い、漆黒で艶のある長い髪は金の装飾によって美しさをいっそう際立たせていた。人を魅了する気品はあるが、銅像より幼さを纏っているようにも思えた。
彼女は足を組み、椅子のひじ掛けをつかって頬杖をつきながら俺たちを見下ろし、一人一人視察していく。
「よくぞ、ここまで来たのぅ」
楽しそうに孤を描いた笑みに、思わず目を奪われた。綺麗だ……。
「貴方が蠍の神……なのか?」
動揺するスピカの声で、はっと意識を戻される。思考が止まっていた。
それにしても、スピカが冷静さを失うなんて珍しいな。
「うむ。そうじゃ。やっとわしの元に来る気になったか?」
蠍の神の返答にスピカはきゅっと口を引き結び、彼女を凝視する。
「……いや、前にも言った通り私は乙女の神に忠誠を誓っている。他の者に誓うことはない」
「つれないのぉ。わしはこんなにも傷つき憔悴しているというのに」
蠍の神がふぅっとわざとらしくため息を吐き、視線を逸らす。スピカは彼女の行動に目を揺らし、喉を鳴らした。
「私のせいで引きこもったのか……?」
「そうじゃ」
スピカのぎこちない質問に、蠍の神は口端をあげて応えた。スピカは押し黙ってしまう。
言葉を聞く限り、二人には面識があるみたいだ。しかも、その出会いは蠍の神が引きこもった原因で、ようするに蠍の神を振ったのはスピカ……ってこと?
「さてさて、責任をとってもらおうかのう」
「何をすればよいのでしょうか……」
「なぁに、少しばかりわしの退屈に付き合ってもらえればそれでよい」
蠍の神がにやりと笑い、手元の椅子のひじ掛けをすっと撫でた。
「きゃっ!」
悲鳴があがった。隣にいたはずのヘレの姿がない。え、なんで?
「アスク、動くな! お前まで落ちるぞっ」
レグルスに肩をつかまれて数歩後ずさる。遅れて言葉の意味を理解し、ヘレが立っていた足元へ視線を向ければ、ヘレが居た場所はぽっかりと黒い穴が開いていた。
ヘレの身が危ない。ぞっとしてレグルスの手を振り払うと、穴へ駆け寄る。しかし、穴は俺の目の前で閉じてしまう。石の床にしか見えないそこを必死に手で探るけど、穴があったことすらわからない。
「無礼を承知でお伺いしますけど~、蠍の神様が~なぜこんなことをするのですか~?」
アルディさんがスカートの裾をもって頭を下げつつも、蠍の神に丁寧に聞く。俺も答えを聞きたくて、顔をあげた。
蠍の神はふっと鼻で笑うと顎をあげて、蔑む様にこちらを見下ろす。
「簡単な話じゃ。わしは今、飽きておる。わしのモノにならんと言うなら、そなたたちはめいっぱいわしを楽しませよ」
蠍の神はそう告げると立ち上がる。祭壇の後ろへ去ろうとしているのを察し、スピカが追おうとして地面を蹴った。だけど、祭壇の前で鉄格子が降ってきて思わず足を止める。
「あのオナゴと、最奥で待っておるぞ」
「待ってください!」
一言を残して姿を消す蠍の神に、スピカは躊躇なく剣を抜く。
「おい、お前こそ待て!」
レグルスの言葉が終わる前にスピカが鉄格子をめがけて剣を振りかぶり、バチっという大きな音と共に火花が散った。
「――っ!」
スピカがすぐさま後ろへと退く。カランという音が響きスピカが剣を落とした。
「スピカ!?」
「……剣が触れた瞬間に痺れが走っただけだ」
小刻みに震える手を見ながら、スピカは眉間にしわを刻む。
「痺れたくらいなら大丈夫だな。でも、力づくで通ろうとするのは危険だぜ」
レグルスは剣を拾うと彼女に手渡した。スピカは手が動かせるようで剣を受け取り腰に差す。大丈夫そうでよかった。
「ではどうすれば蠍の神を追う事ができる? ヘレが落ちた穴から追えるのか?」
「いや、そっちの穴も危険。鉄格子の解除方法があるはずだから、ちょっと待っててくれ」
レグルスは鉄格子ではなく、端の壁の方に歩み寄り何かをし始めた。近寄ってレグルスの手元を見れば、壁に手を付けて少しずつ移動させている。
「レグルスは一応~、探索者を生業にしてますのよ~」
「トレジャーハンターな!」
探索者もトレジャーハンターも同じ職業だったはず。たしか海とか山、遺跡とかに遺された財宝を探す職業だっけ。危険が付きまとうらしいから、俺の星ではそんなにいなかったけど、昔話では冒険者とかそういう呼ばれ方もしてた気がする。
「見つけた宝より~借金の方が多いですけど~、腕はたしかですわ~」
「んん、褒めてんのか貶してんのか……っと、あったぜ」
レグルスが一点で手を止めた。するとゆっくりと壁がへこみ、がこっと言う音がする。その後、大きな音を立てて鉄格子が上にあがっていった。
「さすがだな、レグルス」
「すごっ。ここ他の壁と全然変わらないように見えるのに」
押した壁はレグルスが手を離してしまえば、もう元通りだ。俺には全然そこが押せる場所には見えない。
「ふふん、慣れてるからな。感触でへこみというか切れ目というか、そういうので判断できるんだ」
「へぇー……」
レグルスの言葉に触ってみるけど、全然わからない。すごい、これならほかの罠もレグルスは解けるかもしれない。期待が沸き上がって、彼に問いかけた。
「なあ、ヘレが落ちた穴は出せないの?」
「あー、開くとは思うけど、たぶんそこから落ちても追いかけるのは難しいと思うぜ?」
「なんで?」
「このピラミッドは蠍の神のが熟知してるだろ? だから、穴に落ちて追いかけられるようにはしてねぇと思う。っつーか、むしろやばい罠が新たに設置されてる可能性のが高い」
「そっか……」
ヘレを助けるには、蠍の神の言葉に従って最奥まで行くしかないらしい。
レグルスが慰めるように俺の肩を叩いた。それから仕切りなおすように、スピカとアルディさんを見る。
「で、鉄格子は開いたから蠍の神を追いかけることは可能だけど、どうするんだ?」
「いや、もう追いつかないだろう。まずは作戦を立てる」
「ここから先は慎重に行きませんと~、ヘレさんを助け出すどころか~、こちらが危ないですわ~」
アルディさんとスピカの意見は一致していた。
一刻も早くヘレを助けに行きたいけど、ここから先は未知数だ。怪我をしてヘレのところに行けたとしても、それはそれでヘレに怒られると思う。
スピカたちならいい案を思いつくかもしれない。俺が頷くと、レグルスが話をまとめた。
「んじゃあ、地図を見ながら作戦会議だな」
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2022/01/31 ヘレの牡羊の加護の名前を「あっちゃん」→「メーメー」に変更。