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1章 双子の星01―同胞を名乗る者―

 目の前に広がるのは木々が無造作に根本から折れて倒れている景色。

 まるでなんかの災害が通っていったような跡。

 森だった場所が一夜にして荒野になったような、そんなちぐはぐな印象だった。

 明らかにさっきまで居た場所とは違う。

「双子の星……」

 神話で読んだ双子の星の神が起こす「竜巻」の跡が、まさにイメージにぴったりだった。

 後ろの青白く光っている洞窟が、アレだ。前に本で読んだ、神の加護を持ちしものだけが、渡ることを許されるという惑星と惑星をつなぐ道……。

「我が、同胞よ」

 いきなり響く声に身構えた。

 視界に捉えた姿には、見覚えがあった。真っ黒なフードに身を包んだ男――羊の神に矢で打たれて倒れた、あの人間―――それと同じフードを被っていた。

「…………」

「怖がらなくて大丈夫だよ。私は、君と同じ蛇遣いの加護を受けたもの」

 男がそう言うと、フードの下を軽く持って首の近くに空間を開ける。その隙間からちらりと光る鱗と細長い舌が顔を出した。蛇だ。

「お、俺は好きで加護を受けたわけじゃない!!」

 拒否するように一歩後ろへと下がった。嫌な汗が頬を伝う。

 できることなら、元の世界に戻りたい。ヘレに会って牡羊の加護を受けたことの祝福をしたい。加護をもらうならオフィウクスの加護ではなくて……牡羊の神の加護が良かった。

 胸のくすぶった気持ちに、思わず奥歯に力が入りギリッと嫌な音を立てた。

「加護は、神が選び与えるものだ。人間に選択権はない」

 男の淡々と紡がれる言葉は衝撃的だった。「選択権はない」たしかにそうだ。でも、それがたしかなことだとしてもショックが大きかった。

 だって、っていうことは、俺はアリエスには選ばれず、オフィウクスに選ばれるような人間だったってことだ。あの、消えた13番目の惑星の神になんて選ばれるような……。

「何も残念がることはない。我々は選ばれたのだ」

「それが、イヤだっていうんだよ。消された13番目の星の神の加護になんの意味がある? 連れ去られて二度と元の場所には戻れない……」

 知らない、どこにも逃げられない場所に連れていかれる。それが、教えられたオフィウクスの話だ。

「それは、羊の星に伝わるオフィウクスの話か?」

「そうだ」

「はは……ははははは!!」

 俺の言葉に心底面白そうに男が笑い声をあげた。俺は、ぎょっとして、恐怖からまた一歩後ずさる。

「な、なにがおかしい!?」

「はぁ……無知。無知だな、君は」

 男は口元に手を当てて、笑いをかみ殺すと、顔をあげる。初めて燃えるような赤い瞳と目がかちあった。褐色の肌と薄い銀糸のような髪にあいまって、より一層赤みが強調されている。

「閉鎖された空間での話に真実がどれほど含まれているのか。誰かに得になるように組み替えられているに決まっているだろう?」

 男の言葉に困惑しかできず、言葉の意味をうまく呑み込めない。いや、いままで聞いた神話の中に「嘘」が含まれている。そのニュアンスだけは読み取れた。

「安心しろ。オフィウクスの加護は『知識』。使いこなせるようになれば、世界の真実が見えてくる」

 男の首元に潜んでいた蛇がするりと銀色に輝く体をうねらせて、フードから顔を出す。男と同じ真っ赤な瞳が俺を捉える。

「君は――」

『「知ることだ。すべてを」』

 途中から二つの低い声が重なって聞こえた。真っ赤な目四つが俺を見ている。体がすくんで震えた。

「さて、君の状況は把握した。まだ加護を得てから間もなく、何の説明も受けていない。そして、加護の力をまだ発動できていないようだ」

 男は柔らかな笑みを浮かべる。人を安心させるようなその表情に、少しだけ俺の緊張も和らいだ。

 まだ、オフィウクスの加護を受けたことを受け入れられないのはたしかで、いきなり声をかけてきた相手に恐怖心はぬぐえない。しかも、あの蛇がずっと睨んできているからなおさらだ。

 でも、目の前の彼は俺と同じようにその加護を受けている。しかも、そのことについていろいろ知っているようだ。それなら、話を聞いてみたい。いや、聞くしかない。だって、縋る相手が俺には他にいないのだから。

 オフィウクスの加護がある限り、牡羊の星には戻れないのだから……。

「……俺はアリエスが降り立った今日の祭りで、オフィウクスに加護を与えられた。アリエスがそれを目撃して、俺を攻撃してきた。だから、必死に逃げて、今。ここにいる」

 できるだけ簡素に、今までの出来事を辿って話した。男は静かに話を聞き、頷いた。

「なるほど。よほど気に入られたようだ。普通は神から説明を受けて加護を受ける」

 たしかにアリエスも、ヘレにちゃんと言葉をかけてから加護を与えていた。俺のような場合は、どうやら珍しいらしい。

「それで、君はどうしたい?」

「どうしたいって……加護を解いてほしい」

 いきなりの質問に戸惑うも、素直に答えた。そうすれば、元の生活に戻れる。

「なるほど。知らないからこその選択か。できなくはないよ」

「ほんとうに!?」

「ああ、オフィウクスの神に直接会って話をすればいい」

 期待に胸が沸いて、一瞬にしてしぼんだ。神に会うって、アリエスが出てくるのだって数百年ぶりなのに、どうやって会えばいいんだよ……。

 さっと血の気が引いた俺の顔を見て、男は楽しそうに目を細めた。

「蛇遣いの星に行けば必ず会える」

 断言された心強い言葉に、俺は思わず食いつく。

「どうやって、行けばいい!?」

「すべての星の加護を集めれば行ける。だから、人手を集めているんだ」

 男は、俺に手を差し伸べた。

「私と一緒に行かないか?」

 穏やかな声は、信用してしまいそうになる。けれど、なぜか俺はその手が取れなかった。もやもやとした奥底の何かが、踏みとどまらせてくる。

「まあ、今じゃなくてもいいけど。どうせ、そのうちオフィウクスの加護自体が話しかけてくるだろうし、そうしたらきっと私が言ったこともわかるだろう」

 加護自体が話しかけてくる……?

 疑問を口にする前に、男がいつまでも握り返されない友好の証に差し出した手を引っ込めて、代わりに一歩距離を詰めてきた。

「じゃあ、最後の助言だ」

 男はさらに俺に近づき、間近で顔をまじまじと眺めてきた。居心地が悪い。今度は、何を言われるのだろうか。

「君は、自由を手に入れたいと思わないか?」

 瞠目した。予想外の言葉に。どう答えていいかわからず、視界が揺らぐ。しかし、男は俺の返答を待たずに言葉を続けた。

「オフィウクスの神は人間の自由を望む。なぜなら――」

 次の言葉に、俺の思考は完全に真っ白になった。

「オフィウクスの加護を受けし者は神を殺すことができるのだから」

 やっと頭が動き出したかと思えば、どういうことだ? その疑問が頭を埋め尽くす。

「私たちは、人間を自由にするために選ばれたのだ」

 もう男は俺のことなんて視界に入っていない。自分の言葉に酔いしれて、

「さあ、すべてを知った暁には、共に人々を自由にしよう」

 赤い瞳は恍惚に染まっていた。

「――っ」

 拒絶で反射的に、相手を突き飛ばそうと手を伸ばす――

「そこまでだっ!」

 けど、それはからぶった。

 横からの鋭い声とともに、金色の髪が舞う。

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