2章 蠍の星15ーヘレ、レグルス合流。初対面アルディー
「ヘレ……!」
抱きついてきた相手の名前を呼ぶと、ヘレが顔をあげた。
そして、俺の頬に手を当ててぐっと固定すると、真剣な表情でまじまじと見てくる。むずかゆいが、ヘレに大丈夫って言って出てきたのに戻れなくなった手前大人しくじっとする。
「よかった、怪我はない……」
ほっと緩む表情に、俺の方もほっとした。頬から手を離すと、ヘレはぷぅっと頬を膨らませて、怒っていると伝えてくる。
「ごめん……」
「むぅ、心配したんだからね!」
口をへの字にしてみせてから、「もう、しょうがないんだから」と、言ってヘレは笑ってくれた。許してくれるらしい。
よかった。
「アスク! 無事でよかった!」
「うわっ!」
「きゃっ!」
人心地着いたところで、さっきよりも大きい衝撃が俺とヘレを襲う。
「ちょー心配した! 生きた心地がしなかったぜ!」
大きな男性の声が耳を貫き、金髪と印象に残る額の傷跡が目の前を占拠する。近くで大声出されたせいで、耳がキーンとする。
レグルスがヘレもろとも俺に抱き着いて、ぐいぐいと締めてくる。苦しい。
「レグルス……?」
「いや、っていうか、マジで死ぬかと思ったんだけど……」
腕が緩んだかと思えば、すごく暗い声が耳に届いた。いったい何があったっていうんだ……?
明るいイメージが強い彼の口調に戸惑う。
「ヘレさんとアスクさんが困ってましてよ~、レグルス~?」
「あででで!」
俺達が声をあげる前に、レグルスは銀髪にところどころ黒のメッシュが入った女性に耳をつままれて引きはがされた。
ほっと息を吐く。ヘレも少し困ったように服を整えてレグルスを見る。
「レグルスと……」
「牡牛の加護を持つアルデバランと申します~。アルディとお呼びください~。以後お見知りおきを~」
優雅にお辞儀をするアルディにつられて、俺もお辞儀を返した。
「あ、俺はアスクです。よろしくお願いします」
「はいー、お話はお伺いしておりますわ~。この度はレグルスが大変ご迷惑をおかけしました~」
「いや、えっと……?」
謝られることなんてない、よな?
疑問に思っていれば、アルディがつらつらとレグルスの説明不足などを説明していく。
「あの、俺もちゃんと調べなかったのが悪いし、レグルスだけのせいじゃないから」
だから、そんなに謝らないでほしい。
と遠慮がちにアルディさんに告げると、横にいたレグルスがぱっと表情を明るくした。
「アスクは優しいよなぁ。ヘレちゃんもだけど。ほんと、アルディに爪の垢でも飲ませてほしいぜ」
「あら~? わたくしはちゃんとした方にはー、それなりにー、接しましてよー?」
アルディさんの威圧に、レグルスの行動は早かった。俺の後ろに隠れる彼に苦笑しか出ない。
レグルスにも敵わない人がいるんだなぁ。
「こほん。とりあえず、アスクとも無事合流ができたんだ。先に進まないか?」
スピカが二人の間に立って、話を進めてくれる。
「わかりましたわ。レグルス、地図があるんですわよね?」
「そうそう。アスク、俺が投げ入れた荷物持ってるな。それ貸してくれ」
「あ、うん。はい」
俺は背負っていた荷物を下ろしてレグルスに手渡す。
レグルスは受け取るとすぐに荷物をほどき、中を確認していく。しばらくして畳まれた紙を取り出し、それを広げる。
「おぉ、地図だ」
広げられた紙を覗き込めば、通路がずらりと描かられていた。
「それは本物か?」
「ああ、本物だ。俺達が入ってきたのがここで、アスクの入った扉がここ。それで俺達はこうやって進んできただろ? ここで合流したんだ」
レグルスは地図の扉のマークを指さし、次々に通路の指で辿っていく。俺の扉からここまでの道のりはたしかに分岐点が同じだった。
「なるほど。たしかに内部と一致しているようだな」
「レグルスさんすごいですね!」
「ピラミッドの地図なんてよく見つけられたな!」
「そうだろうそうだろう!」
「ええ~、レグルスにしては素晴らしいですわ~! 貴方なら偽物に翻弄されてそうですのに~」
「おう、偽物もいっぱいあったぜ!」
俺たちの誉め言葉に気をよくしていたレグルスは、そのままアルディさんの言葉に勢いよく答えた。
アルディさんがピシっと音を立てて笑顔のまま固まる。雰囲気が冷たくなって、俺の頬がひきつる。
「偽物もいっぱいあった~? どういうことですのー?」
「やっぱピラミッドに挑戦しようとするヤツは多いらしくて、そういうデマの地図もいっぱい蔓延ってんだよなぁ。いくつ偽物をつかまされたことか……」
レグルスは自慢げに胸を張りながら話していく。そのたびにアルディさんの周りの空気が冷たくなってくように感じる。
「おかげで、本物が手に入った時、本物だってわかったけどな。一部分だけとか、適当な写しとかもあったから、共通する部分が全部当てはまって、これだ! って思ったし、偽物様様だぜ!」
アルディさんの無言の圧力に、スピカがそっと俺とヘレの腕をとって二人から引き離す。
「それで~? そんなにいっぱいー、どうやってー、地図を手に入れたのかしら~?」
「もちろんアルディにもらった金で買った! 足りない分はアルディにつけてもらったりしたから、大丈夫だぜ!」
「……愚鈍」
アルディさんの小さな呟きと共に、レグルスが床へと沈んだのだ。何をしたのかさっぱりわからないけど、レグルスは動けない。そのままアルディさんは、レグルスの上に腰を下ろした。
「では~、地図を見ながら今後の動きを~、模索致しましょう~」
アルディさんは何事もなかったかのように、話を始めた。スピカもさすがに二人のやりとりに口を挟めず、アルディさんと地図を見ながら会話を始めた。
「――なるほど。目指すべきは蠍の神の祭壇か」
「ええ~、この道の突き当りに供物を捧げるための部屋がありますわ~」
スピカとアルディは地図を見ながら場所の確認をしている。
「大きな扉を通ればその部屋のようだな」
「扉の前には門番が~、2体配置されいるようですわ~」
「地図にはゴーレムと書いてあるな。おそらく、祭壇を守るモノだろう」
「そうですわね~。供物を運ぶもの以外は~、排除対処でしょうね~」
「ああ。だが、私たちであれば問題ないだろう。祭壇まで進み、蠍の神がおられるか確認をするべきだ」
「ええ~。いらっしゃらなければ~、さらに奥へ進まないといけませんわね~」
「決まりだな」
今後のことを話す二人の会話には、入っていけない雰囲気がある。しかし、いまだにレグルスは四つん這いのままだ。さすがにかわいそうになって声をかけた。
「レグルス大丈夫か……?」
「プライドがズタズタです……」
だよな……。
意気消沈するレグルスの頭をヘレが撫でて慰める。
「お二人とも~、レグルスのことはお気になさらないでくださいまし~。どうせいつもー、乗り物になっておりますしー」
「それは獅子の時だろっ!」
まだ反論する元気はあるらしい。アルディさんはふぅっと息を吐くとレグルスの背中から降りた。
「今回の金額はすべて借金に加算することで~、許してさしあげますわ~。まったく~、いつになったら返してくれるのかしら~……」
「はい、すみません……」
アルディさんの声色はもう怒っているものではなく、あきれ果てているようだ。それでも許してもらった手前、レグルスは素直に謝った。
「では~、祭壇まで行きますわよ~」
アルディさんが手を一度叩いて仕切り直し、俺たちは祭壇の扉を目指すことにした。