2章 蠍の星09ーピラミッドの入口、悲しげな声ー
レグルスに案内されて、夜の砂漠をひた歩く。昼間と違って、日が沈んだ砂漠はとても寒い。一応レグルスが用意した厚めの布を被って、寒さ対策はしているけど肌寒いくらいだ。
まあ、昼間の暑さよりは夜の寒さの方が、牡羊の星に近いから動きやすいけど。
しばらく行けば、レグルスが足を止める。街からだいぶ離れたけど、遠くに街並みの灯りが見えるから戻るのに迷うことはないだろう。
「ここだ」
砂丘の淵でレグルスが屈んで砂を払いのける。すると、斜めに設置された大きな赤色の扉が顔を出した。綺麗な紋様が彫られている扉は月夜に照らされてきらきらと輝いている。
「この扉を開けてほしい」
「わ、わかった」
レグルスに促されて、俺はおそるおそるその扉へと近づいた。宝石のように煌めく扉は、綺麗だ。綺麗すぎて惹きつけられる一方、少し怖さも覚える。
でも、いつまでも眺めているわけにはいかない。時間が経てば日付が変わる。それは扉の消失を意味しているのだから。
「……いくぞ」
息を呑んで心を決めると、俺は扉に手をかけた。
ぎぎぎっと鈍い音を立てて扉が開く。開ききれば、中は真っ暗で奥がまったく見えない。
「うわぁ……この中がピラミッド……」
「どこまで続いてんのかわかんねー」
レグルスがランタンの灯りで洞窟の中を照らすが、照らせたのはごく一部で奥はやっぱり真っ暗で見えない。
レグルスはぽいぽいっと、荷物を洞窟の中に放り込んでるので、俺は好奇心に勝てずにしげしげと洞窟の中を見ようと身を乗り出した。
「ーーっ! アスク、下がれ!」
「えっ?」
レグルスの鋭い声と、腕に衝撃を覚えたのは同時だった。ぐっと扉の方に強い力で引っ張られる。
ガキンという鈍い音が聞こえる。けど、視界はほぼ真っ暗。
『……待っておる』
引っ張られるがままに倒れ込んだ俺の耳元に高い女性の悲しげな声が響いた。ばっと顔をあげるも、目の前は暗くて何もわからない。
今の声はいったい……? なんだか、泣きそうな声だった……。
「アスクーー! 無事か!?」
あの声が気になってぼーっとしていたら、レグルスの呼びかけにはっと引き戻された。
慌てて俺はレグルスの声、後方へと振り返った。一筋の光が扉の隙間から外の月と砂漠の世界を映し出している。視線を下げれば、レグルスが自分の銃を扉に挟んで扉が閉まりきるのを防いでいた。
「アスク!?」
「レグルス! どうなってるんだ!?」
俺は駆け寄って、扉を押す。けど、びくともしない。
「よかった、無事か。どうなってるかなんて俺にもわからない。洞窟の方から手が出てきてお前を引っ張ったんだっ」
「っ!」
やっぱり誰かいるのか!?
さっきは声が悲しそうだったからそっちばかっり気になってたけど、暗闇に誰か潜んでいると思うと背中にイヤな汗が伝った。
慎重に、辺りを見回す。でも、やっぱりほとんどが暗闇でわからない。
「アスク、そっちから開けられないのか!?」
「開かないっ!」
必死に目は暗闇に何かいないかと動かしながら答える。
「くそっ! アスク! とりあえずカバンの中にある予備のランタンを使え!」
「わ、わかったっ」
暗闇の恐怖から逃げ出したかった俺は、すぐにしゃがみこんで手探りでレグルスの荷物を捜す。見つけて、震える手でなんとかランタンを取り出して、次にマッチをつかって火を灯す。時間はかかったけど、灯りがついたことで少し安堵した。
周りを灯りで照らすが、特に何もない。レンガでできた壁が奥の暗闇に続いている。
「アスク! 誰かいたか?」
「いない……」
「アスク、それなら周りにレバーとかスイッチみたいなものないか?」
レバー、スイッチ……周りを見回すが、壁しかない。レグルスがいうようなものはなかった。
「……壁ばっかりで、何もないよ」
「そうか……扉を開けるのは無理かもしれない……」
レグルスの言葉が重くのしかかる。不安がどっと込み上げてきて、また手が震えそうになる。
「アスク、いいか、よく聞け。このピラミッドの中は迷路になってる。そして、道は進めば進むほど罠が複雑に設置されて――」
レグルスは一つひとつ、ピラミッドの中の危険性を説明していく。恐怖を煽ってくるのはやめてほしい。
「――だから、そこから絶対に動くな。すぐに人を呼んでくるから、ここで待ってろ。いいな?」
「…………」
レグルスの説明を半ば聞いてなかった俺は、どうしようか考えていた。
俺はわかってる。もしレグルスが誰か蠍のマークを持つ人物を見つけて連れてきても、間に合わないってことを。日付が変わる時間とここまで来るのにかかった時間、どうがんばっても日付の変更時間にレグルスが戻ってくるのは難しいんだ。
そしたら日付の変更と同時に、扉は別の場所に移動してしまう。だから、ここで待っていても、いつこの扉が開くのかはわからない。
「アスク……?」
「……わかった。待ってる」
レグルスの不安そうな声に、ここで待ってろという言葉の返答を返した。
俺の返答を聞き終わると、レグルスは「悪い」とすまなそうな声を絞り出して、ゆっくりと扉から銃を引き抜く。同時に見えていた外の景色も徐々に見えなくなって、消えた。
心細さが顔を出す。
それを振り払うように、ランタンで奥を照らすが壁しかみえない。こんなことになるなら、レグルスについてくるべきじゃなかった。
「……ダメだ、そんなこと考えちゃ」
マイナスな方向に落ち込みそうになって、首を横に振って払う。違う、レグルスの役に立ちたいと思って扉を開けるのを了承したのは俺だ。ヘレが心配してたように、俺はもっとちゃんと状況を最初に確認しておくべきだったんだ。今更後悔したって遅いけど……。
たぶんレグルスもこんなことになるなんて思ってなかった。あの焦り方、獅子の星から持ってきた銃を扉の間にとっさに入れたところから、俺を助けようとしていたのはわかってる。レグルスは必ず誰かを呼んできてくれるだろう。時間はかかるだろうけど……。
だから、俺が考えるべきなのはこれからのことだ。「ここに残って助けを待つ」か、「この先に進んで蠍の神に会う」かの選択。蠍の神に会えば、ピラミッドからの出かたも教えてくれるはずだが、レグルスがいうにはピラミッドは迷路になっててそのうえ罠がところどころにあるらしい。その道を進むってことは、当然危険がつきまとう。
「なんで気に入られてんのに、罠があるところに引きずり込まれるんだよ……」
蠍のマークは蠍の神に気に入られてる証拠で、それがないとこの扉は開かなくて、おそらく引きずり込んだ手も蠍の神によるもので。
来てほしいのと来てほしくないのとで、矛盾している感情があるように思う。それにあの声……。
『……待っておる』
泣き出しそうな声は助けを求めているように聞こえた。
あの言葉は嘘じゃない。やっと言えた本音のような、そんな”確信”があって……だからこそ俺は迷っている。
待っているなら、行かなきゃいけない。もう誰かに手を差し伸べられなければどうにもできないほどの殻にこもってしまったなら。俺がヘレに手を差し伸べてもらったように、俺も手を差し伸べたいと思ってしまったんだ。
「……スピカにああいった手前かっこ悪いけど」
でも、俺だって何か役に立てるなら、手遅れになる前に行動したい。
「後でヘレには謝らないとな」
たぶん一番心配してる。だから、ちゃんと無事に蠍の神に会って戻る。それが、俺の選択だ。
俺はランタンを片手に、レグルスが放り込んでいた荷物を背負って奥へと歩を進めた――。