2章 蠍の星07ーレグルスと夕食ー
2021/10/20 前のページの冒頭付近にアスクとヘレが蠍の神の銅像を見つける内容を追加調整しています。
宿に戻ると、部屋の前でヘレが立って待っていた。俺が戻るとほっとしたように胸を撫でおろす。
「遅くなってごめん」
「ううん、無事でよかった。何かあったのかと思っちゃった」
さ、入ろう。と笑顔で部屋へ促してくれるので、俺も部屋へと入った。ヘレも俺と同様にこの星の服装に着替えていたが、栗色の髪は馴染んでいてぱっと見はこの星の人に見えなくもない。この星の人の髪は黒に近い色が多くて、俺のような赤毛の方が目立つだろう。レグルスの金髪も目立つだろうけど。
「それで、どうして遅くなったの?」
椅子に腰を下ろして向かい合うと、ヘレは俺に説明を求めてきた。
「実は、獅子の星の人に会って……」
「獅子の星……? 蠍の星は双子の星からしか行けないんじゃなかったっけ?」
ヘレが目を瞬いて不思議そうに首を傾げる。
双子の神ジェミニはたしかに蠍の星は双子の星からしかいけないと言ってた。でも、蠍の星の方針が変わって他の星と繋がっててもおかしくはない。
「蠍の神が他の星との移動を合意したのかもな」
「どうやって来たとか聞かなかったの?」
ヘレの言葉に、そうか、聞けばよかったのか。と今更気づく。
「あー、うん。星の話で盛り上がっちゃって……」
「……アスクらしい」
ヘレはくすっと笑う。他の星について興味津々なのは想像に難くないらしい。
「でも、話は聞けるかも。夕飯の約束したから、また会うし」
「えー、もうそんなに仲良くなったの!?」
「あいつも星の話好きみたいで話が合ったんだよ」
「ふぅん? アスクみたいな人なんだ?」
「ある意味?」
普通の会話に和んで思わず笑うと、ヘレも同じように笑った。
「そっかー、じゃあ大丈夫だね。獅子の星の加護に出会えるなんて、ラッキーだったね!」
「ああ、スピカが来る前に事情説明して協力してもらおうと思う」
そうだ。12の星の加護を集めるなら、レグルスの獅子の加護があれば心強い。もし断られても獅子の星の情報は今後に役に立つ。
本当に会えたのは運がよかったと思う。
「ヘレも一緒に来るだろ?」
「うん! なんたってアスクのこと守るからね」
ヘレはえっへんと胸を張る。
はいはい。と流してから、買い物の報告を互いに行えば時間はあっという間にすぎて、すぐにレグルスとの約束の時間になった。
約束の場所にヘレとともに向かえば、目立つ金髪が出迎えてくれた。
「レグルス!」
「よう、アスク! 彼女も一緒か!」
「彼女じゃないっ!」
「彼女じゃありません!」
レグルスの軽快な口調に、思わず突っ込むとヘレと声が被った。それにレグルスはぷっと噴き出して豪快に笑った。
「あっはっは、そうかそうか」
「幼なじみのヘレだよ。昼間に説明しただろ」
「ああ、ヘレちゃんね。俺はレグルス、獅子の星から来たんだ。よろしく頼むよ」
「は、話は聞いてます。ヘレです、よろしくお願いします」
笑いが収まると、穏やかな笑みでレグルスは丁寧に自己紹介をヘレにした。ヘレもきちんとした挨拶に慌てて返す。
「こっちだ」
レグルスは先頭に立つと、店の中へと案内してくれた。明るく、賑やかな食堂といった印象。
奥の方の窓際につくと、レグルスはヘレに椅子を勧め、その後に俺へとヘレの隣に座るよう促した。
目の前にレグルスは腰をかけ、店員を呼び注文をしてくれる。
何から何まで自然としてくれるレグルスに、任せきりになってしまう。いいんだろうか……。
「慣れてるから気にするなよ?」
俺の表情から読み取ったのか、片目をつぶって声をかけてくれるレグルスに、ただ頷いて返すことしかできなかった。
「レグルスさんって、大人っぽいね」
ヘレがこそっと俺に耳打ちをするが、昼間話してた印象で言えばこんなに落ち着いた感じではなかった。たしかに今は大人っぽい。
「うん、普段はしっかりした人みたいだな」
個人的には昼間の盛り上がった時の方が話しやすいんだけど。
「あのなー、大人だぞ?」
笑いながらレグルスは店員が持ってきた飲み物を俺たちに手渡す。俺は苦笑いした、聞こえてたのか。
「だって、昼間は子供っぽかったから」
「夢語る時は少年だな」
さらっと肯定するレグルスにいまいちピンとこずにうーんと唸るも、
「そういうところは、アスクと一緒ですね」
ヘレが俺に代わって笑いながら答える。そうやって言われれば、昼間はたしかに自分も子供っぽかったかもしれないと思ってしまう。
でも、レグルスの雰囲気か言葉なのか、そんな風についつい素で話してしまうのだからしょうがない。
そうそう。と頷くレグルスと横で笑っているヘレにイヤな感じはしなくて、まあいいか。と思う。
俺の気持ちの整理が着いたと同時に、レグルスが飲み物の入ったグラスを上に掲げた。
「出会いに乾杯!」
『乾杯!』
レグルスの掛け声に、俺とヘレはグラスを掲げて同時に応えた。
喉を冷たい飲み物が通り心地よい。
「アスクとヘレちゃんは二人で何しに来たんだ?」
さっそくレグルスが話を切り出してくる。話しながらも店員が持ってくる料理を俺達に勧める手際の良さはすごい。
「レグルスさんも加護持ちならわかると思いますが、牡羊の神アリエス様から使命を受けて来たんです」
「ああ、使命ねぇ」
ヘレが返答すると、感心したようにレグルスは頷き話の続きを待つ。俺はその牡羊の星から逃げてきたから、返答できる内容じゃない。ヘレへと視線を投げると、ヘレはこくんと首を縦に振る。
「オフィウクスの星に行くように言われました」
さすがはヘレだ。俺を追ってきたとか、そういうのを伏せてくれる。
「蛇遣いの星か? なんかあったのか?」
レグルスもオフィウクスの名前に眉をしかめて真剣な表情になる。
「まだわからないんです……オフィウクスの加護を持った人がいろいろな星に現れているとか、そういう情報しかなくて。だから、レグルスさんの獅子の星のお話も聞きたいんです」
まだわからない。という言葉でヘレは見事に乙女の神殺しの話を伏せた。本当かどうかも詳しい内容もわかっていないので、嘘じゃないし、いますぐ話すにはレグルスとの心の距離は空きすぎている。
ヘレの会話の上手さに感心してしまう。俺だったら、絶対にボロを出しそうだ……。
「獅子の星かー。しばらく帰ってないからどうかな」
「え、帰ってないって?」
レグルスの言葉に驚きの声をあげる。
「俺は加護をもらった後、見聞を広めるために各星々を回ってるんだ」
「ああ、そういえば……」
獅子の星では王様というのがいるらしい。というのを思い出した。ジャングルでは危険で獰猛な動物がいるから、ねじ伏せられる力こそが求められる。特に獅子の神は力が至高という考えだったはずで、王になる器の者と認めると加護を与えて別の星に放り出すらしい。
別の星をすべて回り、戻ってきた者が次の王になる。という風習だ。
「え、ってことは王様候補……?」
「そうそう。アスクってよく勉強してるなぁ」
軽い。でも、王様って俺の星でいうと村長……みたいな感じで人々を束ねるんだよなぁ。村じゃなくて星全体らしいけど。
その候補に選ばれるって、レグルスはすごいんじゃないのか……?
「まあ、獅子の星では珍しくないから。結構な人数が星から追い出されるんだよ。戻ってくるやつがいなくて」
少し緊張した空気の中、ははっと軽快に笑うレグルスに場が緩む。
「なんで戻ってこないんだろう……?」
「そりゃあ、獅子の星より住みやすい場所が多いからさ」
なんかあんまりよくない話じゃないか? それ。
額にたらりと汗が流れた。
「まあ、だから獅子の星からの情報はあんまり期待しないでくれ、ヘレちゃん」
「は、はい」
ヘレは何度も頷いた。
獅子の星のことを思い出して、俺は何かひっかかりを覚える。
「んで、オフィウクスの加護持ちを捜しに蠍の星に来たのか?」
レグルスがすぐに話を切り替えたので、頭の片隅にそのひっかかりは追いやられる。
「いや、12の星の加護を集めに来たんだーー」
俺は、調べるためにオフィウクスの星に行きたいこと、12の加護がないとオフィウクスの星に行けないことをレグルスに話した。