2章 蠍の星05ー砂の世界、蠍の星ー
「うーん、やっぱりスピカに、いろいろ聞いておくんだったなぁ」
俺がスピカと別れたことを惜しんでいると、ヘレが口先を尖らせて抗議する。
「スピカさんは乙女の星のことで忙しいの」
「わかってるよ。でも、聞き込もうにも……こう人がいないんじゃなぁ」
「ふふん。私に任せなさい!」
ヘレが胸を張って主張してくる。できるなら、初めからやってくれ。と言いたかったが、機嫌を損ねて解決が遅れるのもイヤだったのでやめた。
「何するんだ?」
「アリエスの加護の”メ―メ―”に空から周りを見てもらいます!」
上機嫌で、ヘレは右手を空に翳した。腕輪が光を帯びるとクリーム色の仔羊が飛び出し、ふよふよと宙に浮かぶ。
「腕輪から加護……?」
「うん。ずっとお外にいるのも大変かなと思ってアリエス様に相談したら、加護が気に入った小物か何かなら出入りできるって。加護にとってはお家みたいな感じ? らしいよ」
「へー……」
俺も何か用意しようかな。ずっとポケットの中なのも、ちょっとかわいそうだし……。
「じゃあ、メ―メ―。お空から周り見てくれる? 建物とか湖? があったら教えて」
クリーム色の子羊はヘレの言葉に頷くと、飛び上がってぐるりと周りを見渡す。ある一点を見て子羊は動きを止め、ゆっくりと降下する。
「あっちに何かあったのね? 建物? わかった、そのまま案内して」
ヘレの言葉に頷きで答えたあと、子羊はゆっくりと宙を浮いたまま動き出す。
「……それ、しゃべらないのか?」
「え? うん。話せる加護は相当力がいるらしいよ」
そうなのか、オフィウクスの加護はあったヤツほとんどしゃべってたし、ジェミニの加護もしゃべってたから、加護はしゃべるものだと思ってた……。
「でも、加護が体に馴染むと、心の声で会話できるんだって。だから、私もいつか会話してみたいなぁ。あ、歩きながら話そうか!」
嬉しそうに笑うヘレに俺も笑って相槌を打つと、ヘレは子羊が追って歩き出した。俺も習って歩き出す。
「ところでアスク。なんで、蠍の星にしたの?」
「ん? ああ、蠍の星が双子の星からしか行けないらしくて」
まあ、双子の星から行ける星が極端に少なくて選択肢は元々狭かったんだけど。他に行けたとして山羊の星か、射手の星だった。でもこの二つの星は他からでも行けるんだよなぁ。
「え、そうなの?」
「そう。ジェミニ様がいうには、双子の星を通せば他から人が来ないからって」
「そっか、蠍の神は双子の神としか星の移動を合意してないんだね」
「たぶんな」
ジェミニが言ってた封鎖っていうのが、昔制定された規定の合意・不合意のことなのだろう。
「だから、きっと蠍の加護を持つ人間は少ないだろ? それなら、加護を手に入れとかないとかな。って」
「そっか、たしかに蠍の星は重要だね!」
そんなこんなで、いろいろと話をしながら先へと進んだ。
しかし、じょじょに会話はなくなっていく。しゃべればしゃべるほど、口の中に細かい砂が入り込んで、喉がからからに乾いたからだ。
「んー!」
ヘレは目を細めてから、先を指さした。暑さに滴る汗を拭きとりながら、俺がその先を見ると小さな四角錐が砂から顔を出している。すぐにそれが埋まっててっぺんだけが出ているレンガでできた建物だとわかった。
「…………」
え、埋まってるって……? どういうことだ?
口に出したいが、口の中は乾ききっていて開きたくない。
「……ん!」
ヘレも口を利きたくないらしく、喉で出した音で俺を呼ぶ。ヘレは四角錐から遠のき、先にある砂丘に立っていた。俺がその丘を登れば、視界ががらっと変わり、茶色と白のレンガの建物、その中心にみずみずしい青色の水が太陽を反射して煌めいていた。
目の前に現れた光景に、目を見開く。
「ん!」
ヘレが俺の手をとって引っ張る。
ちゃんとオアシスがあったことに安堵して、引っ張られるままにそこへと向かった。
21/10/23 誤字訂正しました。
2022/01/31 ヘレの牡羊の加護の名前を「あっちゃん」→「メーメー」に変更。