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2章 蠍の星04ー神の合意と星の移動、スピカとの別れー

「…………」

 ただ、呆然と彼らを見送った俺たちは気まずさから話を切り出せない。

 男たちが去った先を睨みつけているスピカは、誰から見てもいらだっていた。乙女の星で神殺しがあったと聞けば、心中穏やかなはずがない。

「……あの、スピカさん。大丈夫ですか?」

 俺がどう声をかけようか迷っていれば、先にヘレが彼女におそるおそる声をかけた。

「……すまない。取り乱した。まさか、神殺しがもう始まるなんて思っても見なかったから……」

 声をかけられたことに慌ててスピカは顔の表情を緩めると、心配ない。と弱弱しく微笑んだ。言葉とは裏腹に、ショックが隠しきれていない表情は物悲しい。

 できれば、スピカには気がかりを拭い去ってほしい。そう思って口をはさむ。

「スピカ……乙女の星に戻って確かめないか?」

「そうですよ、あの人が言っただけで、本当に神殺しが起きてるかどうかなんてわからないですし!」

「……いや、乙女の星には戻らない。これから行く星を決めなくては」

 ヘレが俺の言葉に合わせて援護を放つ。しかし、スピカは首を振り否定した。

「え、でも――」

「今は加護を集めるのを優先すべきだ」

 俺は信じられなくてもう一度問いかけようとしたけど、スピカがそれを遮ってはっきりと断言した。鋭い瞳は、もう決めたとでも言うような雰囲気を醸し出している。

 迷いを見せない彼女に俺の方がぎょっとして、狼狽してしまう。絶対に気になってるはずなのに、なんで……?

「もし、神殺しが本当だった場合。すべての星の神が動くだろう。どの神も加護を集め、蛇遣いの星に行くことを最重要事項にするはずだ」

 スピカは俺の動揺を見て、理由をゆっくりと語り出す。

「なぜなら、乙女の神のいや、このまま神殺しが続くようならば複数の神の”合意”が得られなくなるからだ」

「……合意?」

 知らない単語にさらに戸惑うと、ヘレがスピカと入れ替わるように口を開いた。

「アスクは習わなかったんだっけ?」

 ヘレの質問に考えを巡らせる。しかし、途中で勉強をやめた俺には、心当たりがなかった。

 首を横に振る。

「えっと、じゃあ。星の移動ができる道のことは知ってるよね?」

「ああ、星に13の道があるんだろ? たしか、星によっては神がその道を封鎖とか閉鎖してるとか……」

「うん。通れるようにするには神の”合意”が必要なの。だから、双方の神の”合意”がないとその道は使えないんだ」

 双子の星の行き先が限定されていたのはそのせいか。相手の”合意”が得られてないから向こう側から封鎖されていたわけだ。

「でも、蛇遣いの星だけは特別でね、道を開くには12の神の合意が必要なんだ。オフィウクスの神は、昔の神殺しの時に”合意”の権利をはく奪されて、その代わりに12の神すべての”合意”があった場合特例として星の移動が可能となるようにルールが制定されたの」

 ヘレがわかりやすく説明してくれる。

「有事があった時ように、加護を持っていれば”合意”を示すことができる。っていうのも一緒に制定されたんだよ」

「だから、神殺しが行われたのであれば”合意”を証明できるのは加護のみとなる」

 スピカが最後に話をまとめた。

 それで、人間が蛇遣いの星に行くには12の加護を必要とするのか。加護を集めるのが重要なのはよくわかった。

 でも、俺の心の中はもやもやしていた。さっきからずっと無表情を貫いているスピカの様子に、他の星の加護を優先して乙女の星に戻らないのが正しいとは思えなかったから。理屈はわかるけど、本当にそれでスピカの憂色が晴れるのだろうか?

「スピカは本当に乙女の星に戻らなくていいのか?」

「……必要がない。乙女の加護はすでに私が持っているのだから、他の星を優先すべきだ」

「俺は……優先とかそういうんじゃなくて、スピカの気持ちを大事にしてほしい」

 どうにかスピカに乙女の星に戻って欲しかったが、これ以上どう説得していいのか言葉が浮かばず、俺は思ったことをそのまま伝えた。

 すると、スピカが目を見開いて固まった。

「……私の気持ち?」

「うん。だってスピカは乙女の星が心配だろ? その気持ちを無視したまま過ごすとしても、ずっと気にかかってしまうと思うんだ」

 必要ないと切り捨てて、見ないふりをするのは簡単だけど、ずっと後悔が付きまとう。それは、ずっと逃げていた俺がよくわかる。

「俺は自分がしたいことから逃げて、ずっと後悔して前に進めなかったから……スピカには同じように後悔してほしくない」

「……後悔、か」

 心のままに吐露した俺の言葉を、スピカは静かに反芻した。スピカは何かを考えるように目を閉じた。

「……私は、逃げているように見えるのか?」

「それは……」

 答えていいものか迷った。フードの男に乙女の神が神殺しにあったと聞いた時のスピカの激しい激情、けれどその後に自分を必死に律しようとした姿勢。それは、とても理性的で大人の対応だと思う。

 だけど……

「自分の気持ちからは……逃げてるように思う」

「そうか……そうだな。そのとおりかもしれない」

 スピカは怒るどころか、俺の言葉を肯定した。顔をあげてスピカを見ると、彼女は俺を見てふっと表情を崩す。

「ずっと使命を優先しなければならない。と言い聞かせていた。だが、その反面……私は怖かったのだろうな」

 怖かった。その言葉は、オレの胸を締め付けた。

 そうだ、抗えない現実を直視することはとても勇気がいる。イヤなことにもちゃんと向き合わないといけないから。

「乙女の神が本当に神殺しにあっていたら、戻ったところで何もできない、すでにすべてが遅い……無意識にその怖さから目を背けていたようだ」

 自分の気持ちの整理をするようにスピカは語る。

 そしていままできつくつむっていた目を開き、青い瞳で俺をまっすぐに見つめた。

「まさか、自分でも気づかない気持ちに気づかされるとは思わなかった」

 彼女は泣きだしそうな表情で笑った。いつもより幼く見える表情に、ぐっと喉が鳴る。

「そんな表情をするな。気づけてよかった。感謝する、アスク」

 スピカが俺に向けて片手を差し出す。俺は彼女の決意を無駄にしないように、複雑な気持ちを振り払ってその手を強く握り返した。

「じゃあ、次の目的地は乙女の星に決まりだね!」

 ヘレが握り合った俺達の手に、手を重ねてにっこりと笑う。雰囲気が和らいで、俺も落ち着くことができた。

「ああ、そうだな。乙女の星に行って、あの男の真意を突き止めよう!」

「……二人とも感謝する。だが、それは私に任せてくれないか?」

 スピカは笑って、もう一方の手をヘレの手に重ねて、強く芯が見える瞳で俺達を射貫いた。初めてあった時と同様の凛々しい表情に、彼女の心が決まったことがわかる。

「任せるって?」

「言ったはずだ。加護を集めるのは最優先事項だと。だから、ここは二手に分かれて行動をしよう。そうすれば、二つの情報が同時並行で集められる」

「なるほど、たしかに。でも、スピカは一人で大丈夫なのか?」

「私の心配をしてくれるのか? アスクは優しいな。だが、私はこれまで一人で旅をしてきたんだ、いままでとなんら変わらない。それよりも、アスクたちの方が私は少々気にかかるが……」

 心配を口にしたら、そのまま返しされた。

 そうだよな、スピカの強さなら大丈夫だよな。かたや、加護をほとんど使えない俺の方がたしかに気がかり要員ではある。

「えぇっと、スピカが戻るまでは危ない事はしないさ」

「……何かあってもすぐに逃げるんだぞ?」

 あんまり心配かけるのもよくない。スピカには安心して乙女の星に戻って欲しいのだが、スピカの顔は曇る。

「大丈夫です、私が守るから!」

 ヘレが意気込めば、スピカは少し安心した様子で表情を緩めた。

「わかった。ヘレ、後はよろしく頼む。私は早々に乙女の星へ戻ろう」

「任せて!」

「じゃあ、俺達は蠍の星に行く」

 スピカはすぐに次の行動を決断した。彼女の宣言に、俺は最初に決めていた次の行き先を返す。

「またあとで」

「スピカさん、待ってますからね!」

「ああ。私は戻るついでに水瓶の加護を持つ人間にも協力を仰いでこよう」

「わかった、心強いよ」

 こうして、俺たちは乙女の騎士スピカと別れ、蠍の星へと向かったのだ。

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