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2章 蠍の星03ー衝撃の情報、乙女の神がー

 遅れて振り向けば、スピカの剣はフードを被っている男には届かず、銀色の三叉槍によって受け止められていた。

「師匠に手ェ、出すンじゃねェよ」

 同じくフードに身を包んだ黒髪黒目の青年――マルフィクが三叉槍を手にスピカを阻み、カンっと槍で剣を上に弾いた。そして槍を構えて警戒の体制を取る。完全に戦う姿勢だ。

 なんでマルフィクと、あいつがここに……?

「――っ、惑わされた者かっ」

 スピカが悔しそうにつぶやくと、いったん引いて俺とヘレの前に立つ。俺達を庇うようにマルフィクに剣を向けて、こちらも警戒の体制を維持する。

「惑わすなんてひどいなぁ。真実を知っただけだよ、乙女の騎士殿」

「……何をしに来た?」

 黒いフードを被り赤い目をチラつかせている男の挑発には乗らずに、スピカは声を低くして問いかけた。

「僕の目的はその子の勧誘さ。ついでに双子の神の加護も欲しかったんだけど、それは失敗しちゃってね」

 にこにこと笑いながら、フードの男は横に立つマルフィクに視線を向けた。マルフィクはスピカから視線を離さず、一度頭を下げて男に応える。

「まあ、勧誘もどうやら失敗みたいだしねぇ。どう? 乙女の騎士殿は私と一緒に来ないかい?」

 完全に茶化すようにスピカに言葉を投げかけるフードの男。

「断る」

「残念だなぁ。そっちの牡羊の巫女殿は?」

「い、行きません!」

 一刀両断するスピカと、怯えを見せるもはっきりと断るヘレ。フードの男は肩をすくめると、さして期待してなかったくせに「残念」とこぼした。

 ずっと聞いていた男の返答に、俺は納得しなかった。

「……本題は、なんだ?」

 俺は陽気に話す褐色の男に、目を細めて問いかけた。今、ここに現れたのは“勧誘“が目的じゃない。だって、マルフィクは「師匠ンとこには、気が向いたら来い」と俺に言った。男も『オフィウクスのことを知れば、自ずと私たちが正しいとわかるだろう。待っている、同胞よ』と言っていた。

 二人とも俺が会いに行くのを待っていると言っていたのだから、俺に会いに来る理由がない。

「おや、本題? ふぅむ……一つ土産話を乙女の騎士殿に話そうと思ってさ」

 わざとらしく考え込むフリをしてから、男が赤い目を眇めてスピカに視線を向ける。剣を握る手からギリっと力のこもる音がした。いつ斬りかかってもおかしくないほど、スピカは気迫に満ちている。

「私に、だと?」

「私は別に敵対する気はないからね。ちょっと新しい情報が入ったから、共有しようと思っただけさ」

 男は、スピカを諌めるようにまあまあと手のひらを見せてひらひらとさせる。スピカはその様子に明らかな嫌悪感を表し、声が厳しくなる。

「もったいつけてないで早く言え!」

「いやぁ、心の準備をさせてあげようと思ったのになぁ」

「貴様の口から聞かされることなど、よくないものに決まっている。覚悟もなにもない」

 男とスピカの口調はまるで逆で噛み合ってない。軽い口調でいう男と、嫌悪感を露わにしているスピカ。

 2人の間には緊張の糸が見えるくらい張り詰めている。

「ふーん? それはそれは、聞いた後が楽しみだね?」

「いい加減にしろっ、早く言えっ!」

 スピカが声を荒げ、イラつきのまま足に力を込める。男は、すぐさま牽制するように口を開く。

「うん、乙女の神が――」

 男の口角がニヤッと気味悪く上がった瞬間、鳥肌が立った。これ以上先は――聞いてはいけない。

「殺されたよ」

 止める間もなく、一言で場が静まり返った。

 スピカが地面を蹴った。マルフィクの身体が反応するが、男が手で制した。そして、微動だにせずに彼女のなすがままを受け入れる。

 避けようとしない男の喉元に、剣の切っ先がすれすれで止まった。スピカの金色の目はギラギラと俺が見た事のない光を放っている。

「貴様が、殺したのだろうっ!?」

「私が? ここから乙女の星に行くのに時間がかかるのはわかってるよね?」

「ぐっ、貴様の仲間の可能性もある!」

「うぅん? 疑い深いね。でも、今の乙女の星が部外者を入れてないのは君が1番よく知ってるよね?」

「くっ……」

 声を荒げながら矢継ぎ早に質問するスピカに、男は平然と答えていく。

「昔からの信頼おける取引先か乙女の星の住人しか入れない星に、どうやって私や私の仲間が入れるっていうんだい?」

「――っ!」

「まあ、君が驚くのも無理はないさ。私も驚いているんだから」

 俺には男が言っている言葉はわからないけど、スピカにはどれも心当たりがあるようで言葉を失っていた。

 男は、そんな彼女に畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

「でもね、この話が本当なのかどうかは“わからない“んだよね。ほら、私たちは乙女の星に行けるわけじゃないからさ」

 ――なぜか嘘だと思った。

 けれど、スピカを説得するのは十分だったようで、剣を持つ手が密かに震えている。面前の敵の意図が見えず、困惑しているようだ。

「さて、誤解が解けたならこの剣を下ろしてくれないか? まさか、何もしていない私をこの場で斬り捨てはしないだろう?」

「くっ……」

 スピカは男に言われるまま仕方なく剣を下ろす。男も一歩下がると、やれやれと肩をすくめた。

「証拠を掴んだら、必ず私が屠るっ!」

「うんうん、わかったよ。蛇遣いの加護を受けている男というだけで殺されてはね? そこの子と同じなのだから」

 俺を目で指して、これ以上の追撃をしないようにと案に言っている。スピカは、歯の奥をぎりっと鳴らして仕方なく剣を腰の鞘に収めた。マルフィクも彼女の行動に倣い、槍を背に片付ける。

 俺は動けもせず、かといって話にもついていけずに成り行きを見守るしかなかった。

 男はすべての視線を受けると、柔和に笑みを浮かべる。

「まあ、そういうわけだから、私たちはこれで失礼するよ」

 そう言って、俺、スピカ、ヘレと一人一人にゆっくりと視線をむけ、

「また君たちを何度でも勧誘しに来るから、ね?」

 にこりと笑って軽く手を振った。そして、踵を返しマルフィクを連れて彼は去っていった。

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