2章 蠍の星02―共闘関係、ヘレとスピカ頼れる仲間へ―
迷った言葉にスピカは、そっと俺を覗き込んで肩に手を置く。優しいぬくもりが肩越しに伝わってきた。
ヘレが心配そうに俺の手を握り、じっと俺の話の続きを待ってくれる。
2人に促されるように俺は定まらない心のまま、おそるおそる口を開いた。
「あいつらが知っていることを……神殺しをする理由を知らないんだ」
と吐露し、震える手でヘレの手を握り返した。
「だから、その理由を知った時……俺はどうするかわからない」
俺は考えが一変することを知っている。ポルックスの過去を知る前と後で、俺は考えが一変したから。だから知ってしまった後、俺の考えがどう変わるかなんて、今の俺には予測がつかない。
はっきりとあいつは敵だ。と言えてしまったらどんなに楽だろう。いまの状況が歯がゆくて、胸の辺りがもやもやした。
「アスクは私が守るから、大丈夫だよ」
ヘレが強く握り返していた俺の手を、両手で優しく包み込んだ。
「アスクがどんな結論を出しても……私はまた追いかけるから。隣にいるよ、いまみたいに!」
何度だってね! というヘレの笑顔と、手から伝わる温もりにもやもやが少しだけ晴れたような気がした。
どんな結論を出してもいい。隣にいてくれる。その言葉は、心強かった。
「アスク、頼もしい仲間がいるのだな」
スピカが微笑まし気に俺とヘレを見比べ、それから深々と頭をさげた。
「問い詰めるような真似をしてすまなかった。正直に話してくれてありがとう」
俺の煮え切らない結論について、文句を言うどころから謝られ、礼まで言われて瞠目する。
彼女の青い瞳がまっすぐに俺へと向けられた。
「迷いは誰にでもあるものだ。それに向き合う貴方は、信頼に値する」
俺への肯定に、どっと胸が熱くなった。さっきまで重く居座っていたもやもやは、もうどこかへいってしまって……
「ありがとう……」
お礼が口をついて出ていた。
2人は笑ってくれた。ヘレはいつもの満面の笑みで、スピカは優しく微笑むような笑い方で。
心から頼りになる2人だ。そう思うと、いままでずっと張りつめていたものが途切れた。
涙が頬を伝う。
「アスクは頑張ったよね」
「ああ、そうだな」
ヘレとスピカに両方から頭を撫でられて、なんだか急に恥ずかしくなってきた。なんだ、この状況……。
「……子ども扱いするな……」
やっと抗議を口にする。口にしたことでよけいに恥ずかしくなって目元をぬぐい、視線を下に落とす。
しかし抗議の声も空しく、結局は二人にひとしきり頭を撫でられ続けた。
「……あの、俺はもう大丈夫なんで」
本当にこそばゆいからやめてくれと、二人の手を遠慮がちに払う。おとなしく引かれる二つの手にほっとした。
「アスクが元気になってよかった!」
「すまない……」
相反する反応に、苦笑してしまう。
俺は、ふっと息を吐いて気持ちを切り替える。
信頼してくれた頼りになる二人に、俺からはまだ礼しか返せてない。
「……ヘレ、スピカさん。俺は、二人を信じたいと思う」
二人が俺を信じて、肯定してくれたから。それだけじゃない。ヘレの自分の夢に向かって頑張るところも、スピカの自分の信念にまっすぐなところも、尊敬しているから。
二人は、俺にとって”憧れ”だ。
「だから、二人とは敵対したくない」
「うん、私も!」
「私もだ」
俺の真剣な言葉に、二人は迷うことなく頷いてくれた。
「ありがとう……」
笑い合えることがこんなにうれしいことだとは思わなかった。幸せをかみしめる。
「では、共闘関係といこう」
「はい!」
「みんなで仲良くしようってことだね!」
スピカの差し出した手を握ると、その上からヘレが俺たち二人の手を握る。しばらくお互いの体温を確認すると、自然と手を離した。
「ああ、共闘関係になったからには、アスク。かしこまらなくていいぞ」
「わ、わかり……わかった」
スピカの提案に戸惑いながらも頷く。スピカは俺の返答に満足そうに笑うと、すぐに話題を切り替える。
「では、まず情報交換と行こうか。アスク、双子の神について近状を聞かせてくれないか?」
場を仕切るのが上手い。俺は、双子の神について簡潔に答えた。
「ああ、双子の神については、俺が加護を受け取って……あいつは眠りについた」
「眠りに……?」
俺は、ポルックスから聞いた話をした。元々、兄の代わりの加護に力を消費して一時期しか活動できず数年は眠っていたこと。今回その加護を俺が受け取ったものの、星の再生に力を使ったために力が尽きたこと。そのために長くて数年は眠りにつくということを伝えた。
「なるほど。それで、受け取った加護とは?」
「こいつなんだけど……」
俺はポケットから手のひらサイズになった人型の加護を取り出す。そこにはぐっすりと眠りこけてるジェミニの加護がいた。
「わぁ、かわいい~!」
「眠っているな?」
「実は、俺が加護の適合性が低すぎるらしくて。双子の加護は大きな力を持ってるんだけど、今のままだとほぼ使えないんだって。使って瞬発的に大きな技一回だけだとか……」
自分の適正のなさを話すのは、恥ずかしい……。そのせいか、説明がどんどん尻すぼみになっていく。
「だから、危機的状況に陥るまでは眠って力を温存してくれるって……」
最後の説明をなんとか言い切った。
「……オフィウクスの加護もか?」
「あ、うん。オフィウクスの加護にいたっては実体化すらできてなくて。条件下で少しだけ加護の力を引き出せる程度なんだ」
ぐむ……。使えないと言ってるようなものだ。自分で言ってて、ぐさぐさと心臓がえぐられていく。
「安心してくれ。戦いにおいては自信がある、アスクのことは私が守ろう」
俺の頭を撫でながら、子どもに言い聞かせるように言うのをやめてほしい。
「わ、私が守るよ! さっき約束したでしょ!」
対抗して、ヘレが俺の手を握って主張してくる。
デジャブする、この状況。ついさっき似たようなことになってなかったか?
「だから、俺は子どもじゃないし、守ってもらわなくてもイイデス」
お断りの気持ちを込めて、思わず敬語になりながら二人の手から体を離す。
「でも! アスクは加護使えないんだよね……?」
「神に挑むにしろ、加護の人間に協力を求めるにしろ、危険はあるんだぞ?」
よく言い聞かせてわからせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐスピカは、完全に俺を子ども扱いしている。ヘレも、心配を前面に押し出して来ていて、これ以上何か言っても聞き入れてもらえそうにない。
「……じゃあ、お願いします……」
二人の押しに負けて、俺は守ってもらうことをしぶしぶ了承した。
悲しい事に加護もろくに使えない俺には、選択肢などなかったのだ。
「うん! 任せて! 私もアリエス様の加護をもらってるから、戦えるし!」
「ああ、安心してくれ。私は強さで乙女の騎士の称号を得ているから、そんじょそこらの輩に負けはしない」
ヘレもスピカも満足そうに笑って、頷く。
改めて二人との力量の差を言われてしまうと、やっぱり悔しい……。
「でも、アスクは二つの加護を受け入れる力があるんだから、すごいよね」
悔しさが顔に出ていたようで、付き合いの長いヘレがフォローをいれてくる。
「ああ、そうか。そうだな。牡羊の神アリエスが言うには、人の特性によっては複数の加護を受け入れられると言ってた。珍しくはないそうだが」
一瞬喜んだ俺の気持ち返してほしい。珍しくはないのかよっ。
「でも、頻繁でもないんだよ?」
なんとかフォローしようとするヘレだが、スピカに粉砕された俺の心を奮起させることはできていない。
これ以上俺の話をしても、また容赦のない言葉に刺されそうだったので、無理やり話題を変えることにした。おれのこころがもたない。
「俺の話はもういい。牡羊の星であったことを今度は教えてくれ。スピカはアリエス……様と話してきたんだろ?」
ジェミニの加護をポケットに戻しながらスピカに問いかける。
「ああ、そうだ。残念ながら加護は与えてもらえなかったがな。お前宛てに伝言を受けているぞ」
「伝言?」
牡羊の星の神から伝言とはなんだろうか? え、星から追放とかないよな……?
「悪い話じゃ――」
「その話は、私もじっくりと聞きたいねぇ」
邪魔するように割って入ってきた声に、スピカはすぐに反応した。
「貴様――っ!」
俺が声の方へ振り向くより早く、ガキンっ! と、金属がぶつかり合う音がする。