2章 蠍の星01―あの男とオフィウクスの加護と神殺しについて―
どこを見ても砂、砂、砂……。
俺はヘレとともに、双子の星から洞窟を通って蠍の星へとやってきていた。
「……前に読んだ書物にはオアシスと、レンガで作られた四角錐形の建造物があるって書いてあったはずだけど……」
ここからだと何も見えない。砂がところどころで小高い丘になっているから、見通すことができないんだ。
「私もアリエス様に聞いたよ。オアシスがたくさんあって、そこを中心にところどころ村があるって。数百年前の情報だけど」
牡羊の神の情報は古い。と、いうのも双子の神の神殺し事件があってから、牡羊は人間への関与をなるべくしないようにしていたらしい。放置に近い状態だったと聞いた時には、牡羊の星の状況に妙に納得した。だから、加護を受けた人間が何百年も前とかだったのか……。
しかも、星々との関係性も牡羊の星は絶っていたらしい。一人でのんびり過ごしたかったんだよね。と言っていたらしい。引きこもりかっ。そのせいで、アリエスで得られる情報はだいぶ古かった。
数百年前の情報しか、牡羊の星で育った俺とヘレには知りようがない。でも、双子の星でも、牡羊の星でも、神殺しの後に状況が変化しているのを鑑みれば、蠍の星も変化しているはずだ。
「うーん、やっぱりスピカさんに、いろいろ聞いておくんだったなぁ」
俺は、乙女の騎士スピカと別れた時のことを思い出す――。
「嘘をついたことに関しては、しっかりと説明してもらおうか」
という、乙女の騎士の圧に負けて、俺はオフィウクスの加護を与えられたこと、自分がその加護を望んでいなかったから嘘をついたことを話した。
「――で、あのフードの男に声をかけられて仲間になるように言われたところで、あなたが助けてくれたんです」
「なるほど。オフィウクスの加護を持っていたから、その年でアスクはあの男に勧誘を受けていたのか」
「はい……」
説明を聞き終わると、スピカはすぐに剣を鞘へと収めてくれる。納得してくれたようで、よかった。
「アスクは、その加護を解いてもらうために蛇遣いの星を目指すのだな」
「そうです。スピカさんも、蛇遣いの星に行きたいんでしたよね?」
やっと緊迫した空気が和らいで、話が先に進んだ。
安心したせいか、とたんに好奇心が顔を出した。どうしてスピカは蛇遣いの星に行きたいのだろうか?
前に話を合わせた際、スピカは俺に同意して蛇遣いの星に行きたいと、そのために加護を集めていると言った。あの時は、オフィウクスの加護を隠すために話を合わせてしまったから、どうして彼女が蛇遣いの星に行きたいのか俺にはわからない。
だから、気になってしまった。
「よければ、理由を聞いても……?」
「ああ。私の場合は乙女の神ペルセポネの使命で蛇遣いの星の調査行っている」
なるほど。だからあの時、俺がアリエスの使命を受けたと思ったのか。
俺が頷くと、スピカは説明を続ける。
「不穏な動きをペルセポネ様は感知しておられる。オフィウクスの気配が強くなっているそうだ。そのせいで、神殺しが再度行われるのではないか。と懸念されていた」
「アリエス様も言ってたよ。オフィウクスの気配を間近に感じたから、様子見と人間が対抗できるように加護を授けに出て来たって」
スピカの説明に、ヘレが補足するように牡羊の神アリエスの言葉を繋げた。
それはもしかして、俺みたいに勝手に加護を与えられた奴が増えてるんじゃないか……? だって、マルフィクだってオフィウクスの加護を持ってたし……。
一抹の不安を覚える。
「オフィウクスの意図はわからない。ただ、アスクの話を聞く限り、オフィウクスの加護持ちが増えている可能性は高い」
「ですよね……」
はっきりと懸念していたことを言われてしまうと、鳩尾辺りが痛みをきりきりと訴えてきた。オフィウクスの加護が増えると言うことは、あの男の考えに同意する人間が出てくるということ。
「オフィウクスの加護を受けし者は神を殺すことができるのだから」
あの男の台詞が頭で再生された。
双子の神ジェミニの兄カストールを殺した人間のように、神を殺そうとする人間が増えるなんて……。
俺は、そんな人間は増えてほしくない。老婆から話を聞いた時に覚えた憤りが、ふつふつと思い出される。
「俺は、神殺しはしたくない……」
「それは、あの男と敵対するということでいいか?」
俺のこぼした言葉を、スピカが拾った。
たしかにあの男と同じ考えにはなりたくはない、だけど敵対なんて考えても見なかった。だから、困惑した声がでた。
「えっ?」
「あの男の目的は、人間を自由にすることだ」
スピカは諭すように、静かにあの男の目的を告げる。
そうだ、フードの男もそう言っていた。自分に酔いしれながら「さあ、すべてを知った暁には、共に人々を自由にしよう」と。
つまり、あの男はその目的を達成させるためにーー
「神のいない世界で人間の自由を望んでいるあいつは……神殺しを決行するだろう」
スピカの強い声は、確実にそれが実行されると訴えかけてきた。
神殺しがイヤな俺にとっては、たしかに敵対するべき相手だ。
今の俺と根本的に違う考え方。マルフィクと話してた時に感じた違和感と同じ感覚。あの男を理解できない。
「だから、アスクが神殺しをよしとしないなら、あの男と敵対することになるだろう」
「もちろ――……」
もちろんそうだ。と言う言葉は途中で止まった。さっきまでは、それが当たり前だと思っていた。
けれど、マルフィクのことを思い出して、躊躇してしまったんだ。
言い合いになった時、「話し合いで済むんだッたらッ、神殺しなンか誰もやらねェ!!」というマルフィクは叫んだ。あれは本心だと思う。彼は神殺しを好き好んでしたいと思ってなかった。
なら、誰もしないはずの神殺しをあの男は、マルフィクは、なぜしようとしているのか。その理由はきっと俺が知らない情報にある。
マルフィクは、俺が知らないことを知っていると言った。あの男も「オフィウクスのことを知れば、自ずと私たちが正しいとわかるだろう」と言った。
もし、俺があの二人が知っていることを知ってしまったら……その時はどうなるのだろうか?
「……わからない」
思ったよりも低い声が出た。