1章 双子の星11―双子の神ジェミニの加護―
どうしてこうなったんだ?
「救世主様ばんざーい!」
地下にある祭壇に座らされたのは、この星にきて二度目だ。
「ポルックス様ばんざーい!!」
前回との違いといえば、隣では、同じように座らされて、祝いの食事を食べているポルックスと、その世話をしているアルヘナがいる。
そして、もっというと民たちの表情は明るく嬉しそうだった。きっと彼らはずっとポルックスを待っていたのだろう。昔のように優しい彼を。
『じゃあ、これから加護の授与式を行うよ!』
ポルックスは片手をあげてにっこり笑って、民に宣言した。うぉおおお! っと盛り上がりを見せる民たち。
わかる。神の加護の授与を見れるなんて心躍るよな。
うんうん。と頷いて、ヘレの時にしっかり見れなかった分、しっかり見ようとポルックスに視線を向ければ、彼と目が合った。
『救世主アスクに、僕の半分の加護を与えるよ!』
「はぁ!?」
「うおおおお! 救世主様ばんざーい!!」
俺の驚きの声は、民の歓声に搔き消えた。
『ふふ、僕はもう兄弟から独り立ちするからね。アスクにあげるよ』
あげるというのは兄を象った化身のことだろう。ポルックスは俺の手を取ると自分の額に触れさせた。眩しい光が辺りを包む。
チカチカとした目がやっと見えるようになったのと、ポルックスが俺の手を離したのは同時だった。俺の手の上には彼にそっくりな化身が手のひらサイズになってちょこんと座っている。
『不死はないけど、彼は狩りが得意だからいざって時にアスクを守ってくれるよ。大きさは……アスク次第かな?』
手のひらサイズのジェミニの化身は、たっと走り出すと俺の腕を使って肩までのぼってきた。
『よろしくー!』
耳元で小さな鈴のような声が響く。
「え、加護もらっていいのか?」
『何言ってんの? 君は僕が信じる二人目の人間だよ? 加護を得るにふさわしいに決まってるじゃないか』
不満があるの? と口を尖らせて圧力をかけられる。
信じるという言葉に、思わず口元が緩んだ。素直に嬉しい。
『その腑抜けた顔やめてよ!』
「だって、うれしいんだから仕方ないだろ。みんなそうだ」
この場にいるみんな表情は緩んで嬉しそうだ。心の奥が温かくなる。あの時、諦めないでよかった。ポルックスと話せてよかった。
『……僕も、とってもうれしいよ』
「ああ……」
もう会場の盛り上がりはすごいことになっている。そのせいか神であるポルックスや俺への先ほどまでの注目は薄れていた。
そこを狙ったかのようにフードを被ったマルフィクが近寄ってくる。
「……ずいぶン、仲良くなッたな」
「まあな」
マルフィクは俺へ声をかけた後、ポルックスへと顔を向ける。
「オレは、オフィウクスの加護を持つ者だ。それを前提に、双子の神ジェミニに聞きたいことがある」
「……いいよ」
はっきりと言ったマルフィクに、一瞬悲しみの表情を浮かべたが、何かひっかかるところもあったのだろう、ポルックスは席を空けてマルフィクに座るように促した。
「過去の神殺しについて……詳しく知りたい。本物を見たのはアンタだけなンだろ?」
『そうだよ。正しくは僕と兄のカストールだけどね。あいつは……鉄色の髪に輝くような金の瞳を持っていた。無表情で、何を考えているかさっぽりわからない人間だった』
金色の瞳という単語になぜか、夢に出てくる蛇を思い出して背中が冷えた。
「……どうして、その人間はアンタたちを狙ったンだ?」
『……さあね。僕にはわからないよ。僕たちはこの星で満足してたから、この星を出るとしても13の星々の神たちと集まる時だけだったんだもん。蛇遣いの星の人間がどうしてカストールを殺したのかなんて……わからない』
「何も心当たりはないッてことか?」
食い下がるマルフィクに、ポルックスは悲し気に眉尻を下げた。その力のせいで兄は死に、自分が生き残ったことを思い出しているんだろう。
彼の気持ちを考えろと、マルフィクのフードを引っ張って牽制する。
『……これは君に言っていいのかな? オフィウクスは言ったんだよ。彼は、自由がほしかったって』
「…………」
マルフィクは真剣な表情で話をするポルックスを見つめている。
自由がほしかった。それは、マルフィクが欲していた答えだったのだろうか。「過去のヤツもきっと知ッたんだ……と思う」そう言って黒い瞳を怒りに染めていた彼を思い出す。
マルフィクと、過去の神殺しの人間は同じ思いだったのだろうか……?
『やっぱり、今オフィウクスの加護が与えれた人間がいるってことは、昔と同じ理由なんだろうね。彼は、人を尊重していた。神よりも』
ポルックスは、そうとらえたようだ。そして、地下とはいえ古い建物の隙間から、ちらりと見える空を見上げる。
どこか、遠い星を見つめるように。
『でもね、そんなオフィウクスだったから、蛇遣いの星は粛清された。今後、同じ間違いが起きないように』
それが、蛇遣いの星が消された理由。初めて知った話に戸惑いが隠せない。
「それは間違いだッたと思うか?」
『……どうだろう。僕は、人間がこれ以上反乱を起こさないように自分の星を荒らした。その結果は……』
ポルックスが目を伏せる。
『よくはないかな』
彼にとっては、そのよくなかった時間が一番つらかっただろう。
「……話したくないことまで聞いた」
『ううん。君もいい子だよね』
「はッ?」
『だって、過去の人間と同じなら、どうやって”神を殺したか”を聞いてくるはずだからさ。でも、それにいっさい触れてこなかった……』
「……そンなン、殺された相手に聞けッかよ」
『うん、だからね。君にも話していいと思ったんだ』
「……ありがとうございます」
神への敬意を最後に現したマルフィクは、フードを深くかぶって立ち上がった。
『あれ? もういいの?』
「はい、あとは自分で情報は集めるンで」
『そっかー』
マルフィクは、ポルックスに頭を下げる。神殺しに肯定的な彼を知っている俺には意外だった。
マルフィクは今度は俺を見る。
「師匠ンとこには、気が向いたら来い」
強制ではない旨を告げる。それに戸惑っていると、彼は祝杯をあげる民たちの中へ消えてしまった。
「なんだ……あいつ?」
口の中で呟いた声は喧騒に飲まれた。
『さて、アスクは何か聞きたいことある?』
マルフィクのことを考えようと思った矢先、ポルックスが明るく問いかけてくれる。すぐにそっちに意識をもっていかれた。だって、聞きたいことはいっぱいある。
「……たぶん、俺の問いに答えてたら朝までかかるけど?」
『それもいいね。今夜は寝たくない気分だし。夢と……思いたくないからさ』
「じゃあ……双子の神について詳しく教えてくださいっ! ふだん何食べるんすか? いつもはどこに? あ、なんか風とか纏ってましたけど、あれってなんなんです? それから――」
俺は、神への好奇心が止められなかった。話を聞くというテンションから敬語になり、早口になり、聞きたいことを連ねていく。
あまりの勢いに双子の神ジェミニは固まったあと、盛大に笑い声をあげた。
『あっはっは、何それ。もっとオフィウクスのこととか聞いてくると思ったのに、全部僕のことじゃん!』
「オレは神についていろいろ知りたいんですよ! 双子の神の後にみっちり聞きますから!」
『ねぇ、これ、本当に朝までで終わるの?』
けらけら笑いながら、それでもつきあってくれるらしい返答をもらえた。
「それは……」
『うん、まあ、いいよ。つきあうつきあう! とことん行こう!』
陽気にポルックスと乾杯をして賑やかな宴会は続き、夜は更けていく。様々な話で盛り上がって――。