1章 双子の星10―双子の神の片割れポルックスと老婆―
裏口から出て、進めば可愛らしいドーム型の家が洞窟内に立っていた。
星柄で埋め尽くされた外壁は、おもちゃ箱を彷彿とさせる。
「ここに双子の神が……」
「はいですじゃ」
俺の後ろには老婆が、少し離れてマルフィクが俺の行動を見守っている。
俺は、老婆に呼ぶまで外で待っていてほしい。と言い、改めて扉を見据える。
そして、ためらいなくその扉を開いた。
『あーあ、来ちゃったよ』
『っていうか、全然ダメージ受けてなくない?』
『えー、あのいーっぱいの罠、どうやって抜けて来たんだろ?』
挨拶もなく、甲高い声が不満たらたらに飛んでくる。椅子に座って机の上でボードゲームをしていた双子の神は、口を尖らして扉を開けた俺を見ていた。
「罠は通ってない」
『えぇー!? もしかして裏口見つけられたの!?』
『うっそー! どんな加護もらってんの!?』
二人はさきほどと打って変わって目を輝かせ、俺へと迫ってくる。
俺は慌てて扉を少し開けたままになるように閉じた。
「それより、願い事だけど――」
『あ、そうだ。お兄さん加護がほしいんだよね』
『いいよ、あげるよ~! どんな加護がいいかな? 不死? 剣技とか、弓術とか、身体能力系もあげられるけど?』
『お兄さんにはどれが合うかなぁ』
『あんまり強くなさそうだしー、やっぱ剣技とか華やかな方がいいんじゃない?』
『馬術もありじゃない?』
俺を置いて盛り上がる二人に、俺は大きく息を吸い込んで大きな声をかぶせた。
「願い事を変更させてくれ!!」
『『えっ?』』
俺の言葉に大きく目を見開く双子の神。
「願い事の変更を要求する」
俺は、もう一度はっきりと告げた。ここで突っぱねられたら、俺はもう打つ手がない。おとなしく加護をもらうしかない。
けど、そうはならないだろう。俺はすでに”確信”していた。
『え、ちょ、ちょっと待って。なんで? 加護とか一番いいモノじゃん?』
『だいたい変更したいって、どんな願い事に変更したいのさ!?』
俺はすでに願い事を決めている。
「ある人の話を聞いてほしい」
『『はっ?』』
今度こそ、双子の神の開いた口は塞がらなかった。
「ずいぶん簡単な願い事だろ? 神なら簡単に叶えられるはずさ」
『そ、そりゃあ叶えられるけど』
『ここまで来たのに、本当にその願い事でいいの?』
困惑しながら、何度も目を瞬いてみてくる二人に、俺は「いい」と一言だけ言って頷いた。驚いたように再度目を見開いた双子の神だが、二人で目を見合わすと頷きあった。
『わかったよ、その願い事叶えるよ』
『ある人って誰?』
「ポルックス。お前がよく知ってる人だよ」
俺は、ゆっくりと目の前の双子の神の弟の名前を呼んだ。
『――っ! なんでその名前を!?』
俺はポルックスに答えずに、後ろの扉を開いた。そこから老婆――アルヘナを招き入れる。
『アルヘナ……』
「ポルックス様……」
アルヘナを見たポルックスは、困惑した表情を浮かべた。
一方アルヘナは凛とした佇まいで彼を見つめている。
「さあ、俺の願い事を叶えてもらおうか」
『――!? アルヘナが僕に話……?』
ポルックスの顔がさっと青くなった。あまりいい予想がつかないらしい。
『まさか、僕らを置いてくなんてことはないよね!? アルヘナ!』
双子の神の化身が、彼の恐怖を口にした。アルヘナはポルックスの前にゆっくりと歩み出る。
「ポルックス様……わしはあなたを置いて行くことは決していたしませんじゃ」
『だったら、話しってなに!?』
戸惑っているポルックスに、アルヘナは一度俺を見てほほ笑んだ。すぐにポルックスへと顔を戻すと、彼女は頭を下げる。
「どうか、どうかわしたち人間を許してはくれないじゃろうか……」
『――っ! 何言ってんだ! あんなに仲良くしていたカストールを、殺しておいて!!』
ポルックスの激情があふれ出る。自分の兄を殺した相手へ向ける殺気と、死んだ兄への悲しみがこちらに伝わってくるほど。
俺は一歩前に出て、アルヘナへと並んだ。
「殺したのはこの星の人間でも、今の人間でもない。過去の人間だ」
『人間に変わりはない!!』
俺の言葉は即座に否定される。でも、俺はもう諦めない。
「本当に……? アルヘナも?」
『あ、アルヘナは……アルヘナだって、人間だ。もう、僕に愛想なんか尽かしてる!』
一瞬戸惑った後に、ポルックスはぎゅっと両手を握りしめた。悲壮な、痛みを訴える金切り声と言葉にこっちの胸が苦しくなる。
しかし、アルヘナは毅然として目の前の神を見つめた。
「わしは……ポルックス様も、カストール様も大好きですじゃ」
『!! でも、だって――!」
彼女はしっかりとした声で言い切った。その言葉に、ポルックスはついに涙を浮かべる。
俺と彼女は口をそろえて、彼に届きますようにと祈りを込めて打ち合わせた言葉を口にした。
「「民も、双子の神ジェミニを慕っております」」
『そんなことないっ! 僕が、ずっと、ずっと、虐げて――!!』
ポルックスは頭を抱えてその場にうずくまった。
『嘘だ、嘘だ。僕はずっと、嫌いだったんだ。カストールを奪ったヤツが、人間が。だから、ずっといじわるした。苦しむ顔を見て、僕は楽しんだんだ!』
「ちがう。逃げたんだ」
『逃げ……た?』
混乱して頬に涙を伝わせた小さな子どもに合わせてしゃがみこむ。彼は真っ赤になった目を不思議そうに俺に向けた。
「なんで、殺した本人をおいかけなかった?」
『だって、あいつはもういなかった。どこに行ったかもわからないで、追いかけようがなかった。どうしようもなかったんだ……』
わかる。どうしようもなかった。でも、苦しみは収まらず、兄を失って傷ついた自分を慰めようとしたんだ。民へ恨みを方向転換して。
でも、彼の楓色の瞳の奥は苦しみに染まっている。気が晴れたようにはまったく見えない。
「本当に、民を苦しめて楽しかったか?」
『た、楽しんだって言っただろっ!』
明らかに動揺が走る。ポルックスの声が上ずって、視線もそらさられた。手は痛いほど握り込まれて、血管が浮き出ている。
俺は、ポルックスの本音が聞きたい。だから、問いかけをやめるつもりはなかった。
「……どこが?」
『あ、あいつらの怯えた顔を見るのが、いいんだ……』
民の表情を思い出したのか、ポルックスの表情は歪んでいた。
たぶん、怯えた目じゃなかっただろう。俺が夢を語るのをやめた時に向けられたのは、悲しそうな瞳だった。だから、なんとなく想像がつく。
ポルックスの表情は、言葉とは裏腹にまったく楽しそうに見えない。
「その顔でか?」
『っ……』
ポルックスは唇を噛み締めて小さく震えた。もう、反論はなかった。
もう、しらんふりはやめよう。
「自分の気持ちに気づかないふりはもう……やめないか?」
『っ……ぜっんぜん……』
俺の言葉に目の前の身体が大きく揺れたかと思うと、ポルックスが顔をあげて俺を見た。
『ぜ、んぜん……たのしく、なかっ、た』
楓色の瞳から、どっと大粒の涙があふれ出る。本当はポルックスもわかっていたんだ。こんなことしてもどうしようもないと。
『でも、でも、何かしないと、僕は、僕は、頭が、おかし、く、なりそう、で』
ひっくと何度も喉を鳴らしながら必死に訴える。アルヘナが傍によりそい、そっと彼の背中を撫でた。
「皆、わかっております。ポルックス様……」
『うわぁああああ!』
アルヘナの言葉に彼は大声をあげて泣き、彼女にしがみついた。
これ以上、言葉を発するものはその場にはいなかった――。
ブクマ、評価ありがとうございます、とても嬉しいです!
これからも頑張ります…!