5章 蛇使いの星2―乙女神殺しの理由(スピカ)―
アスクがフードの男レーピオスの手につかまりそうになった瞬間、タルフとサダルが連携して強大な水の塊を私たちに向かって投げた。水の中に飲まれる前に見た光景では、後ろにアルディも居たように思う。
扶養の騎士サヴァイヤヴァに首をつかまれたまま、私も流された。
「けほけほっ」
どうやらあの水は分断させるためだったらしい。おかげでサヴァイヤヴァからの拘束も解かれた。
ここは、大きな建物からは離れている。草木が立ち並ぶ平原のようだ。戦うなら、問題はない。私は、酸素が足りない体が震えるのを叱咤して起き上がらせる。
「リヒトメーア」
「此処に」
名を呼べば、愛剣が瞬時に私の手に馴染む。荒い息を整えてサヴァイヤヴァをねめつけた。サヴァイヤヴァはじっと私を見ながら、立っている。戦闘態勢を取らない相手に困惑した。
私をバカにしているのか? 苛立ちが募る。
「やはり、貴方はレーピオスに組みいっていたというわけか」
「レーピオス? ああ、蛇使いのアレですか。利害が一致しただけですよ」
質問にも答える。けれど、やはり覇気はなく、私のことなど警戒もしていないようだ。私はこんなにも警戒しているというのに。額から汗が伝う。
「それよりも、蠍の神はどこですか?」
目を細めて威圧される。蠍の神――シャウラのことだ。ここでシャウラのことが出てくるのは、彼の目的が彼女だからに違いない。サヴァイヤヴァは乙女の神だけではなく、蠍の神まで殺そうとしているのだ。
なぜだ? なぜそこまで神に執着する? 神殺しをする理由は?
「なぜ、殺そうとしている……?」
「説明をすれば納得すると? あんなに乙女の神に懐いていた貴方が?」
冷たい視線。ひどく見下すような眼を向けられた。軽蔑しているような口調が耳につく。
手に汗が滲んで、リヒトメーアを握りなおす。頭は妙に冷静だった。前までなら煽られて、ここで斬りかかっていただろう。でも、相手のが私より上だ。前に一度完膚なきまでに負けている相手だ。慎重にいかなくてはいけない。感情に任せてしまったら、やられるのは私の方だ。
それに、もしできるならサヴァイヤヴァを説得したいと思っている。
しかし、ここからは私にとって心が乱れる内容だ。ふうっと息を吐く。
「……乙女の神は、貴方に何をしたんだ?」
乙女の神を殺したのはサヴァイヤヴァだ。その理由を聞きたいような、聞きたくないような葛藤が胸に湧き上がる。
きっとこれから聞く話は、私が知らない乙女の神の顔だ。信じたくないことを聞かされるのはわかっている。だが、聞くと決めたのだ。奥歯をかみしめた。
「面白いですね。話を聞くのですか? 乙女の神の気に入りである、乙女の騎士スピカが」
私は息を吐いた。挑発に乗ってはいけない。
「ああ。私は……聞く準備ができている。乙女の神は、貴方に何をしたんだ?」
私は愛剣の切っ先を地面へと向けた。戦う意思を放棄してみせた。
「……特段していませんよ」
目を細めて、サヴァイヤヴァは笑いながらいう。一瞬、何を言っているのか理解ができなかった。
「あの日、私は乙女の神に呼び出されました。そして、貴方を乙女の騎士スピカを次世代の神にする。そして私にサポートをお願いしたいと言ってきた」
初耳だ。そんな話。
「私は、自分が神になりたいと思った。だから、邪魔だったので殺しただけです」
にこりと微笑む表情は、サヴァイヤヴァがよくしていた表情だ。いつも優しく、いろいろなことを教えてくれる先輩だった。尊敬もしていた。
それなのに、目の前の相手は、自分が上に立ちたいという欲望で乙女の神に手をかけたのだと、そう零す。
嘘だと叫びたかった。
「乙女の神は誰にでも優しく、平和的な人だった……」
「ええ、同意します。けれど、人を信じすぎるきらいがありました。残念でしたね」
かわいそうにと零して、眉尻を下げる。この人は、本当にそんな理由で乙女の神を殺したのか?
「じゃ、じゃあ蠍の神は!?」
「乙女の神を殺した後、蛇使いのアレが教えてくれたんですよ。蠍の神は後継ぎがいないと。殺せば、蠍の星が手に入りますから」
背中が冷たくなった。理由があるから殺していいことに、なりはしない。だが、理由があるのならば聞いておきたかった。聞いて、相手にも考えがあるのだと納得したかった。
不完全燃焼だ。胸がもやもやとする。吐き気すら覚える。
「誰もがみな、崇高な心を持つわけではありません。むしろ、私のように欲に忠実な人間のが多い。相手が妬ましい、羨ましい、引きずり落としたい。自分が一番になりたい。ただ、私はそれを成し遂げる力があった。というだけです」
滔々と語られる内容に頭がぐるぐると回る。胃が引きずり出されるような不快感。
「まあ、話したところで理解されるとは思いません。乙女の神の復讐でもしてみますか?」
微笑んだ相手に、短い呼吸しかできない。圧迫感。サヴァイヤヴァは自分のことを正義とも悪とも思っていない。これでは説得もできはしない。
復讐などするほどの人間なのだろうか。恨み、それもたしかに私の中にある。けれど、それよりも、こいつを野放しにしてはいけないと頭が警告を出している。これ以上、踏みにじらせてはいけない。ここで、止めなければ。
私は剣を構えなおした。
「なんだ、やっぱり貴方も同じ人間じゃないですか」
「……違う。私は、乙女の星を貴様に渡しはない」
そのために戦う。戦わなければならない。
「さすが時期神候補。でもね、力の差は歴然ですよ」
サヴァイヤヴァが手のひらに赤い閃光を集める。ボンっという音とともに、剣が、腕が弾け飛んだ。けれど、それはもう何度も見た技だ。動じない。私には対抗できる力が今はある。
「おや? 再生ですか」
腕の感覚はある。リヒトメーアもすぐに戻ってきてくれている。大丈夫だ、私は戦える。
全身をバネにして、斬りかかった。爆発で剣が押し戻される。地面に足が着くなり、蹴った。次は相手の手の軌道に注意をしながら、身をひねる。
「はっ!」
空いた脇に剣を滑らせた。確かな手ごたえがあった。つんとした血の匂いが鼻についた。
「くっ」
が、同時に背中をたたき落された。反転すれば、サヴァイヤヴァの剣が私を襲う。リヒトメーアで受け流して、飛びのく。距離ができて、はぁっと息を吐く。
剣の腕もサヴァイヤヴァのが上だ。何がまずいって、サヴァイヤヴァは完全に加護を自分に取り入れ、新しい能力を手に入れていることだ。あの爆発の技は、乙女の神が持っていなかった能力。対して私は、加護に人格ができた段階。これを取り込めなければ、対等な力とはいえない。
要するに、剣も神の力も、私の方が一段劣るのだ。成長したというのに、悔しい気持ちがこみ上げる。いや、成長したからこそ相手との力量が目に見えてわかるのだ。
「一撃、もらうとは思いませんでした」
わき腹を抑えるサヴァイヤヴァ。けど、致命傷などではない。浅い傷跡だ。
「私は、負けるわけにはいかない」
心を震い立たせる。自分より強い相手に立ち向かうのは勇気がいる。だが、私は負けられない。乙女の星のためにも、仲間のシャウラのためにも、そして一緒に旅をしたアスクたちに顔向けするためにも。
「負けるとわかってて挑むわけですか。いいですよ、相手をしましょう。これは、模擬戦なんて軽いものじゃない。殺し合い。ですよ」
先輩として幾度と剣を交わしてきた。勝てたことはない。これは、殺し合いだ。負ければ死ぬ。
「わかっている」
心を決めた。
私が仕掛けられるのは長期戦だけだ。




