幕間 射手の星2―一緒に帰ろう―
「ほう。牡羊の娘は蛇使いの星へは行かないのかい?」
なんで!? って言葉が出そうになって、俺は浮いた腰を落とす。ゆっくりと射手の神が聞いてくれたことで、一歩踏みとどまれた。
ちゃんと、理由を聞かないと。ヘレだって何か思うところがあるはずだ。
「私……本当はみんなにも行ってほしくない」
ヘレは顔をきゅっと歪めて静かに言った。声が震えているのに、栗色の瞳の奥はじっと俺を射抜いて来た。
「ヘレ、どうして……?」
「……ここに来るまで、いろいろあったよね? 怖い思いもいっぱいした。対立する相手だっている。このまま蛇使いの星に行ったら、もっと怖いことが起きるかもしれない。だから、私は誰にも行ってほしくない。誰かが、もし欠けてしまったら……」
徐々に感情が高ぶって早口になっていった。途中で生唾を飲み込んで、ヘレは顔を覆った。
「……私は、人を殺す覚悟も、死ぬ覚悟も、誰にもしてほしくないっ!」
まるで心の叫びをそのまま吐き出したみたいに大きな声だった。周りは静まり返る。
もしかして、ヘレたちが天秤の星で選ばされたものは、人を殺すか自分が死ぬかだったのか? 重圧に飲まれてなんて答えていいかわからない。
「アスク、牡羊の星に帰ろうよ」
ヘレは俺をじっと見て、言う。真剣そのものなのが伝わってくる。冗談なんかじゃない。
俺は、蛇使いの星に行きたいのか?
自問自答する。最初の時だったら、迷わずヘレと牡羊の星に戻ると言えた。だって、ただ巻き込まれただけだ。そう思っていたから。でも、今はいろいろと知ってしまった。神殺しについても、星々の歴史についても。何より、出会った神たちが望んでいるものが、俺は共感ができた。双子の神はもう一度民と共に暮らしたい、蠍の神は誰かに愛してもらいたい、山羊の神はただ生きたかった、天秤の神は平和を望んだ。それは、俺だって望むことだ。だから、彼らを殺そうとする相手を止めたい。
そのためには、元凶である蛇使いの星に行かなきゃいけない。どうにかできる解決策を見つけたい。
一度深呼吸をして、ヘレの栗色の瞳を見つめた。
「ヘレの言う通り、戦うことになるかもしれない。俺だって、死にたくない。殺したくない。でも、このまま黙って帰りたくないんだ……知ってしまったから」
ヘレは悲しそうに眉尻を下げた。でも、俺も言い募る。
「神殺しを止められるかもしれないなら、俺は行きたい」
ヘレがぎゅっと服を掴む。それからふっと息を吐いた。
「……わかった。うん、今のアスクなら逃げないと思った」
へらっと表情を緩めて、目元に涙を浮かべながらヘレは笑った。
ヘレは、立ち上がる。帰るのだ。と直感的に思った。
「待って、ヘレ!」
俺は立ち上がってヘレの腕を掴んだ。
「アスク、私は……」
「わかってる。自信がないんだって」
ヘレの記憶を見たから、わかってる。俺と比べてしまう劣等感。俺にも覚えがある。それでも、ヘレは俺にとってなくてはならない存在なのだ。
「でも、ここで逃げたら……きっと後悔する」
俺が後悔したように。迷っても、苦しくても、足掻かないことにはそこから抜け出せない。俺はそれをよく知っている。ヘレはまるで旅立った頃の俺だ。
「……私は、途中で逃げちゃうかも」
ぽろりと弱音が零れた。本当はヘレだって行きたい気持ちがあるんだって、わかった。でも、怖いんだ。だから、線を引こうとしてる。
「いいよ」
「どう、して……?」
「逃げたっていいよ。でも、俺はヘレに傍に居てほしい。ヘレが追いかけてくれて、俺がどれだけ安堵したか、きっとわからないだろ。ヘレが居てくれたから、蛇使いの星に行くって決められた俺がいる。だから、ヘレと一緒に行きたい。これは、単なる俺のわがままだ」
だから、聞かなくたっていい。怖いなら、もう引き留めはしない。俺はそっとヘレの腕を離した。
「一緒に帰ろうっていう約束、最後に叶えたい」
「~~っ! ずるいっ!」
わっと顔を覆ってヘレがその場に崩れ落ちた。ぼろぼろと涙をこぼしている。
「わ、わたし、怖いのにっ! アスクは平気な顔してずるいっ」
ひっくと喉を詰まらせながら、俺に抗議してくる。でも、もう帰るとか行かないとか、言わないところから、ヘレの覚悟が伝わって来た。
「俺だって怖いし」
「うぅ~……絶対離れないから。一緒に帰るまでは」
「おう!」
口を尖らせれば、泣いたせいで顔が真っ赤なヘレが頑固に言った。嬉しくなって、大きく頷いた。
「こほん。では、全員射手の星に行くということでいいな」
射手の神が咳払いをして、一連の流れをまとめてくれる。俺たちは「はい」と返事をした。




