1章 双子の星08―双子の神を知る者―
マルフィクの後について荒野を抜けた先にあったのは、小さな家だった。
「ここに、双子の神を知る人が?」
「ン。どういうヤツかは知らねェけどな」
さすが人捜しが得意と言ってただけはある。力を貸して欲しいと言えば、わかっていたように淀みなく案内してくれた。
家は、大きな崖にくっつくように石を積み上げて作られている。外観は古めかしく、砂埃によって色褪せていた。
「どうする? 双子の神より怖そうなヤツが出てきたら」
「脅かすなよ」
冗談をいうマルフィクに目を細める。彼は肩をすくめて、早く行動を起こせと促すように、扉に視線を向けた。
俺はいったん深呼吸をすると、扉へ近づき手の甲でコンコンと叩いた。間を置き、部屋の中から物音が聞こえた。人の気配に、息を呑む。
本当に、人がいるんだ……。
マルフィクの加護の力に感心した。
「どなた様ですじゃ……?」
扉が開き、顔を出したのはひとりの老婆だった。
この人が双子の神を知る人……?
「えっと……」
どう名乗ろうか? そういえば何も考えてなかった。本当の名前を名乗るべきか、目的を言うべきか……。
「見たところ、この星の人間じゃなさそうじゃが……」
悩んでいると、訝しげな老婆の視線が俺に刺さる。
やばい、不審に思われてる……!
「あ、アスクです。実は、双子の神と“遊ぶ“ことになって、双子の神をよく知るあなたに、話を聞きたくーー」
「ぷっーー」
慌てて早口で口にすれば、横から吹き出す音と共に噛み殺した笑い声が耳に届く。
隣で笑っているマルフィクの顔には、「なに、あけすけに話てンだ」と如実に書いてあった。
「……そうでしたか、わしのことをご存知で……?」
老婆も戸惑ったように、聞いてくる。そりゃあ、そうだろう。なんで別の星からきた人間が、この星の神の事情を知ってるんだ。って話だよな。
「えぇと……まあ、ちょっと訳ありで……」
どう話していいのかわからず、今度はぼかしてしまう。
「……まあ、立ち話もなんですじゃ、どうぞ中へお上がりくだされ」
同情に満ちた目を向けられ、室内へと促された。横からの笑い声がいっそう大きくなる。
哀れむ目やめて……!!
俺は、八つ当たり気味に怒りの矛先を横にいる人物に向けて、肘でどつく。不意をつかれたのか、マルフィクはよろめいた。
俺は少し気が晴れて、老婆に頭を下げると促されるまま室内へと足を踏み入れた。不服そうにマルフィクも俺に続く。
部屋の中は、質素な石の机に木の椅子が3つ。壁は片面だけ岩、他は土壁で、窓はひとつだけあった。部屋は狭いが、一人暮らしには十分だろう。
老婆が立ち止まり、椅子を勧めてくれた。頭を下げると、老婆はキッチンだろうか、鍋などが置いてある石の台の方へと向かう。
俺は勧められた椅子に腰をおろすーー
「ーーっ」
一瞬視界が揺らいで、尻に衝撃が走る。座ろうとした椅子がなかった。
横で「ざまァみろ」と笑っているマルフィクは、さっき俺の方にあったはずの椅子に腰掛けていた。
仕返しされたのか。
怒りよりも呆れのが強くて、目をすぼめて抗議だけすると、別の椅子へと腰かけた。
老婆は俺達二人の行動は見てなかったのか、淡々と茶と茶菓子を三つ机に並べて、最後の椅子へと座った。
「あなた方は、ジェミニ様と”遊び”を約束した他の星の方々ということでよいですな?」
「はい」
老婆の確認の言葉に頷く。老婆は茶と茶菓子を食べるよう動作で指し示し、自分も茶飲みに口をつける。
出されたものを断るわけにもいかず、俺も老婆にならって茶を。マルフィクはためらいなく茶菓子を口に運んだ。
「では、きっと私に双子の神の”遊び”に勝つための方法を聞きにきたのですな?」
「ま、まあ」
勝てる方法自体を知ってるとまでは知らなかった。もしかしたら、簡単に勝てる方法が聞けたり……。
「私の事をどう知ったのかはわかりませぬが、お教えしましょう」
「え、いいんですか?」
「ええ。聞きに来た者に、星やジェミニ様のことを答えることが私の役目の一つなのですじゃ」
老婆の言葉に衝撃を覚えた。役目というからには、本当に教えてくれるんだろう。こんなに簡単にいっていいのか……?
浮足立ってから、不安がちらつく。
「まず、勝負をする際には必ず『かくれんぼ』を選択し、『鬼』をやることじゃ」
あってた。よかったという安堵が俺を包む。
頷いて、老婆の話の続きを促す。
「そして、わしの家の岩壁にある扉から洞窟へと入るのですじゃ」
目を向ければ、岩壁の方には、星の飾りが散りばめられたかわいらしい扉が鎮座していた。
「そうすれば神が住むといわれる洞窟の罠、すべてを抜けた先へとでますじゃ。その先にはジェミニ様たちの家があって、いつもかくれんぼはそこで相手を待っております」
「ンじゃあ、その扉を抜ければ、ほぼ確実に双子の神を見つけられて、勝負に勝てるンだな?」
「はい。普通は洞窟を見つけるのが定石なわけですが、こちらは裏道になりますじゃ」
マルフィクの確認に、老婆は頷く。
とっても簡単だ。これで、俺はかくれんぼに勝って、双子の神の加護をもらえる……!
期待で胸が膨らんだ。加護をもらえるという実感が、これほど気持ちを高揚させるとは思わなかった。
「へェ。ずいぶん簡単だな。アンタの役目と、何か関係でもあンのか?」
気分が高揚して、すぐにも立ち上がりたい俺を制するように、マルフィクは老婆に話の続きをと問いかけた。俺も気になりはしたので、おとなしく座って老婆の答えを待つ。
「……はい。わしの役目とは、ジェミニ様に仕える事なのですじゃ」
老婆は目を細めると、壁にかかっている仲良さげに遊ぶ子供の絵を眺めた。
「話始めるととても長くなるのですが、ジェミニ様は昔はとても優しい子だったんですじゃ……」
「優しい……?」
老婆の言葉に、やせ細った住人達の姿を頭をよぎって、俺は顔をしかめた。
「そうですじゃ。何千年も昔、この土地も豊かじゃった」
「まるで見て来たように話すンだな」
「見てきました。わしは、何度も産まれてはここで彼らに仕える使命を受けた者ですじゃ」
「加護か……」
「そうですじゃ、不死の加護を授かってるおりますじゃ。不老ではないのでいささか不便ではあるのですが、年老いて体が死ねばその場で新しい命に産まれ変わり、また一生をこの星で過ごしますじゃ」
「なるほど、それで双子の神のことをよく知ってるのか」
不死の加護か、死んでも生き返れるなら、それはそれですごい力だな。喉から手が飛び出るほどほしい人間はいるだろう。
そっか、だから、あんな怖い噂の双子の神に挑戦する人間がいるのか。老婆がここに来た人に話をする使命を受けているというなら、双子の神がわざと不死の加護の話を公言しそうだ。そうすると、噂も広まりそうだし……。
「今のあいつらは、性格悪いよなぁ」
思わずつぶやく。
「はい、ある事件が起こってから、ジェミニ様は荒れ狂い、土地も荒れ果てましたのじゃ」
老婆はそこで言葉を一度止めた。
そして、ゆっくりと俺とマルフィクを交互に見る。
「この話は禁忌とされておりますが、ここまでたどり着いたあなた方であれば聞く権利もあるかと」
うんうんと頷き、老婆は――
「禁忌の――続きを聞く覚悟はおありじゃろうか?」
俺達に最後の通達をした。