あと10日
解放まであと10日
とりあえずは同じクラスで見守ってくれればいい、後は「上司」であるアリシア様の指示があればそれに従って、とのことで、以後何の連絡を受けることもなく、翌日は普段通りに学校に向かった。
テレンス・リーヴェはまだ来ていなかった。
あの子はいつもぎりぎりの時間にやってくる。学校の中の寄宿舎に住んでいるらしいけど、それをいいことにぎりぎりまで寝ているんだとの噂だ。
そして今日も、ぎりぎりのぎり、判定によってはアウトくらいの時間にやってきた。新しく「部下」になった僕と打ち合わせる気など、はなからないらしい。それでも、呪いの話なんて聞いたから、ちょっと気になってはいた。
自分の席のほうが2つ斜め後ろだったから、あの子の様子はよく見えた。
今日も1限の途中から頭が前倒しになり、こく、こくり、と揺らめいていた。
教室は平和そのもので、いつも通り授業が行われていた。
教室の移動でクラスの女の子から声をかけられ、起きる気になったらしい。僕が声をかけるまでもない。いつもの日常だ。何もないのが一番、と長官も言っていた。
1日目は結局声をかけることもかけられることもなく、あっけなく終わった。
放課後に掃除があった。僕は当番ではなく、あの子は当番だ。一応気にしたけど、視線を向けられることもなかったので、そのまま帰ることにした。
先生に呼ばれて、一度教室を出た。
用事を済ませて教室に戻ると、ちょっとざわついていた。
「急ぎの用事だ」
そう言ってテレンス・リーヴェが掃除当番をすることなく立ち去ろうとしているのを、同じく当番のティルとジェイスが文句を言っていた。
「お前、またさぼんのかよ」
「急ぐと言っている」
謝ることを知らないテレンス・リーヴェの言葉は、ただでさえ不満を持っている男子たちを挑発しているも同じだった。
「なら誰かに代わり頼めよ。みんなそうしてるぞ」
「おねがーいって、チューの一つもしたら、喜んで代わってくれるっての」
「ははっ、テレンスにチューって!」
なんか昨日からこの手の話ばかりだな。
そう思っていると、面倒そうな顔をしたテレンス・リーヴェと、一番近くにいた僕と目が合った。
通り過ぎようとした僕の腕が突然引っ張られた。
うん? と顔を向けるや否や、冷たい目を開いたまま、全くの躊躇なく、僕の唇に自分の唇を重ねることほんの1秒足らず、ぽいっと手を離すと
「じゃ、頼んだ」
そう言い切って、テレンス・リーヴェは自分のカバンを持った。
通りすがりに
「上司の命令だ」
と小声でつぶやき、「心ない口づけ」の1つを自身の手で消耗した。
「あ・・・ありえねえ!!」
赤くなる暇さえなかった。
あんなの、通り魔だ!
あまりに心がないしぐさに、俺だけでなく他のクラスメートさえ冷やかすことを忘れて呆然としていた。
しぶしぶ僕は箒を取り、学校でよく使う「クリーン」の魔法を軽くかけながら、ゴミたちにゴミ箱までの道を指南した。
この魔法は得意だった。
はかどる掃除にありがたく思ったらしいジェイスが、
「俺、テレンスにはあの手の冗談、言わないから」
ごめんな、と肩をたたいた。
たぶん、僕はかなり無表情だったに違いない。うっかり氷の魔法でも出してしまったのか、ゴミ箱に氷のつららができていた。心も凍っていた。