序章 4
五、六年毎にやってくる渡竜は、その年が当たり年だった。
竜クラスになると、四聖が呼び出されることも増える。
昼間の仕事は少しなら学校を休むこともできるけど、あまり多く休むと授業に支障が出る。姉もまだ学生だったけれど、「学生だからとほかの四聖の方々に迷惑をかけるのは」と時々嫌味を言われるようになった。
四聖だけではない。テレンスの名前で受ける仕事も増えていた。こちらは学校が休みの日か、学校が終わってからの時間帯のものを受けているので授業には支障なくても、居眠りの原因にはなった。
怪我をすることもあったけれど、幸い治癒魔法がある。自分でも恐ろしいくらい、魔力が切れることはない。
それでも、どんなに癒し魔法を使っても眠気は払えなかった。
新しい四聖が決まり、四人体制に戻って少し仕事も落ち着いた。
新しく入った四聖はシェスタという、防御力に長けた人だった。
試し打ちで、私の攻撃魔法を二度受けても崩れないほどの防御を見せた。私よりも防御力、持久力が高い。
彼に第三席の座が渡った。
現在の四聖は、最年長の四聖カーディスが引退後、繰り上がって第一席にリュート、第二席にエリアス、第三席が新入りのシェスタ、第四席がアリシア。
いまだ紅一点にして艶やかなアリシア様は、戦いのときは集中力を発揮するために自らを闇に隠し、ローブを深くかぶり、攻撃も、支援も、防御も、常に最後方で行うのが定番だった。
不得意を持たないアリシアは重宝がられた。
魔法使い同士は互いにそのやり方を尊重する。四聖同士であろうと余計な干渉をして各自の能力が発揮できないことなど決して許されない。
訳ありなアリシアのことは、例え気づいていたとしても誰も何も言わなかった。リュートであっても、遠回しな冷やかしはあってもほぼ知らんぷりをしている。
訳あり魔法使いに口を出し、四聖が欠けることの方がよほど問題なのだ。
昼休みになると、校舎の奥、広場の垣根の向こうにある木の下が、自分の居場所になった。昼ご飯を食べるより、寝ていたい。
いい死角になっていて、あまりに静かすぎて、午後の授業に遅れそうになることも何度かあった。時々優しい風が吹くと、短い時間でも十分に復活できた。近くに治癒の力を持つ植物があるのかもしれない。
討伐によっては、寄宿舎の夕食も食べそこなった。さすがに一日一食ではもたないので、夜開いているバルに行くこともあった。
討伐仲間が教えてくれた店は、酒とおいしい料理が売りだった。初めて行ったときはおごってもらい、酒も飲まされそうになったけど、おかみさんが自分の分だけジュースに替えてくれていて、助かった。
都合の悪いことに、成績は確実に落ちていた。魔法の授業さえ。
中等程度の魔法に加減ができない。
王立学校の初等部に行っていた頃、魔法が暴走してクラスの人に迷惑をかけ、しばらく遠巻きにされた。クラスメイトの親からも危険な子扱いされていた。それ以来、小さな魔法を出すときには周りに影響のないようかなり慎重になっていた。その制御が乱れていた。
周りには魔法失敗としか映らない。評価も下がる。でも暴走するよりはましだ。
居残り補習をすることも増えてきた。
嫌なことは忘れ、集中あるのみ。
一人になれば成功率は上がり、何とか落第することはなかった。
そんな中、新しく就任した魔法庁長官から「四聖の平等」という大義名目で、私に傀儡が支給された。
傀儡、魔法人形。
とんでもなく高価な魔具で、魔法の遠隔操作ができる代物だった。
傀儡に指定の魔法をかけ、私の代わりに傀儡を現地に向かわせると、遠く離れたところからでも傀儡から魔法を発することができる。つまり、学校を理由にした休みは取らせない、ということだ。
四聖ならそれくらいできて当たり前と長官は言った。四聖の派遣はそう多いものではないのだから、と。
支給金がギルドに振り込まれていないことも、ずっと放置されていた。何かの間違い、確認する、使い込んだのでは? いつも適当な回答だった。
傀儡が魔法騎士団に運び込まれ、部屋を出る役人の声が聞こえた。
「まったく貴族のお嬢様の暇つぶしにこんなもんまで支給するとは」
自分に向けられる悪意に嫌気がした。
嫌な言葉は忘れよう。
…早めに引退を考えたほうがいい。
相談をしたくても父は忙しすぎた。母はこの件にかかわっておらず、兄ももうしばらく留学中だ。
姉と「リュート様」はうまくいっているようだったけど、結婚まで考えているかどうかはわからない。私の家は侯爵の爵位を持っている。来年の姉の卒業後、「相応」の婚約者をあてがわれることも考えられる。
姉はどうしたいんだろう。姉の意志がわかったところで、その願いは叶うんだろうか。父はどう思っているんだろう。
数日後、傀儡を使った防御魔法の依頼が来た。
昼間の討伐…。
それは、授業を受けながら戦え、ということだった。