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序章 3

 西の塔の学校に入学して一年が過ぎた年に、大きな魔物の群れが出て討伐者にかなり被害が出た。死んだ者、怪我をして引退した者が続出し、どこも人手不足になった。

 四聖や十傑と呼ばれる実力者たちでさえ、引退を余儀なくされるものが出て、それを補うために魔法騎士団主催で討伐者名簿に載る面々が呼び出された。現役の魔法騎士団や騎士団、警備隊からも多くの人が参加し、力試しのような大会が行われた。

 腕に自信のある者にとっては大きなチャンスだった。

 参加の報奨は一回戦で負けても出るという触れ込みに参加する人は大勢いた。ちょっと物入りだったのと腕試しも兼ねて私も参加することにした。


 予選は難なく通った。魔法なしでの剣で倒せる程度の一回戦、二回戦。二回戦くらいで帰るつもりだったのに、「怪我しないうちに帰りな、お嬢ちゃん」、とちょっとむかつく物言いをされて、むきになってしまった。

 さすがに三回戦になると魔法の力も借りた。

 四回戦、あのレオナルディさんが対戦相手になった。剣だけで戦おうとすると全く相手にならない。向こうも「アリシア」が「テレンス」とは気が付かないので、本気でかかってきた。今までどれだけハンデをもらっていたのか、ありありとわかった。それが悔しくて、剣に魔法を乗せて放った技はちょっと効きすぎてしまった。場外に飛ばされたレオナルディさん自身だけでなく、魔法騎士団の面々も唖然と見ていた。

 準々決勝で当たった相手は、よりにもよって四聖第二席のリュートさんだった。四聖はこの国の魔法使いの中でもトップの実力者。しかも姉が大ファンの「リュート様」。

 悪あがきはしたものの、実力及ばず、結果は見事なまでに完敗だった。

 決勝には興味がなかったので、準々決勝出場までの報奨をもらってさっさと帰るつもりだったのに、報奨金を受けとる受付で足止めされた。

 二回戦くらいで終わった人はお金を渡されてすぐに帰っていたのに、そこそこの順位だった者は別室に移動させられていた。

 私が呼ばれた部屋には他に誰もいなかった。

 ずいぶん待たされている間に決勝戦が終わったらしく、勝者を称える人々の歓声が聞こえてきた。こんなことなら最後まで見ればよかった。

 お金は惜しいけど、待たされすぎてなんだか腹立たしく、家に帰ることにした。門をくぐろうとしたその時、

「この人です」

と、受付にいたお姉さんに腕をつかまれ、別の男の人に付き添われて元の部屋に戻された。

 そこにはなんだか物々しい面々がそろっていた。

 とっとと本来の「テレンス」の年恰好に戻っておくべきだった。そうしたらそのまま帰れたのに。

「この子、決勝のあいつより強いよ?」

 余裕の顔で私に勝利したリュートさんがそう言って、壁にもたれ、腕を組んだまま笑っていた。

 設定十六歳、実は十三歳の自分に、大人が五名。

 逃げる余裕などなかった。

「君には四聖の一人として働いてもらうことになった」

 何故、本人の意志も聞かずに決定事項になっているんだろう。

 ようやくなじんできた街の学校生活にひびが入った音がした。


 本名を明かさなくてもよい。

 それは、魔法騎士団とは違い、自由を保障された高位魔法使いに与えられた特権だった。

 必須事項は、天災級の討伐への参加要請に応じること、三か月に一回程度の会合への参加、これは代理人や魔法を使った傀儡を出しても差し支えない。とはいえ、傀儡を買い求めるほどの収入はないので、会合には自分が行くことになる。

 仕事量の割には報酬が破格なのは、何かあった時には駆け付け、守り抜く「責任」料も含まれている。 

 断るという選択肢は存在せず、欠員のできた四聖のポジションに自分が埋め込まれた。

 今日の報奨金と、連絡用の四聖の指輪を押し付けられ、ようやく解放された。


 その翌日は、姉に名前借りの賄賂を渡す日だった。

 そこで、うっかり四聖になったことを口にしてしまった私が悪いのだろう。

「ええっ!! リュート様と同じ会議に!! リュート様にお会いになれるなんて!!」

 姉はうらやむところを間違えている。

 私の手を握りしめ、

「お願い、私にも一度でいいからチャンスをちょうだい!」

 絶対ダメだと言ったにも関わらず、姉に押し切られ、一度だけという条件でとうとう会議に参加することを認めてしまった。

 深いローブをかぶり、絶対に顔を出さないこと。

 上の名前は姉のものだが、家名は決して言わないこと。

 何を聞かれても身動きせず、うつむいてやり過ごすこと。

 魔法に関することを求められたら、魔力が強すぎるので普段は魔具で押さえている設定にした。


 信じられないものは、はじめから信じてはいけない。

 一週間後に開催された初会議で、姉ははじめこそ言われた通り大人しくしていたものの、会議が終わり退出する時、憧れの「リュート様」に声をかけるという大胆な行動に出た。

 顔は見せなかった、と本人は言い張った。

 しかし、次の会議の後に「お茶をする」約束をしたと言ってのけたのだ。

 恋する乙女の底力を見た。

 次など想定していなかった。一度でいいから、なんて大ウソつきにもほどがある。


 会議までの間に呼び出しがあると困るので、四聖の指輪は戻してもらった。

 呼び出しは二度あり、どちらも四聖一名が交代で呼ばれる程度の軽微な討伐だった。


 どうしても「リュート様」とお茶をしたい。一生の思い出にするから。

 熱い姉の説得に負け、三カ月後にあった会議はまたしても姉が出席した。

 そして、ご機嫌で「お茶」を共にする事実上の「デート」で、姉は自分の顔をさらしたというのだ。

 ばかだ。この人ばかだ。

 会議の場では顔を伏せている、と強調されても疑わしい。

 さらに次の約束を「リュート様」からしてきた、ときた。

 ばかだ。リュート様もばかだ。

 女好き、スケコマシ、乙女泣かせ。無責任極まりない。

 ただただ溜息をつき、リュートと仕事を組むことがないことを願った。


 そう願う時に限って当たるものだ。次の討伐は、リュートと私と魔法騎士団員が呼び出された。

 海竜魚数匹が暴れる中、リュートは同行の面々と私が戦っているのを面白がってただ様子を見ていた。ようやく討伐が終わったと安心したところに、死にぞこないから放たれた水刀の一撃、私が振り返るより早く、リュートは片手でいとも簡単に海竜魚に撥ね返した。

「四聖なんだから、下っ端と一緒にあがいてちゃまだまだだ」

 リュートは新人四聖である私に温かい目を向けていた。そして

「笑顔を武器にするのも、見習ってみたら?」

と、さらりと言い放った。

 もちろん、顔はローブの奥深くにあり、かつ攪乱魔法で印象をぼかしていた。見た目には影しか映らないだろう。それでもリュートにとって表のアリシアと裏のアリシアは別人であり、「ばれてる」ことを私に示すべく、

「もう一人の君によろしく」

 そう言って立ち去った。


 それからリュートとは武器と魔法をかけ合わせた戦い方を教えあう仲になり、名前もお互い呼び捨てするようになった。

 念のため確認すると、姉以外に付き合っている人はいない、というので、許すことにした。

 ちなみに、姉と私の一番の違いは「ボンキュボン」と「お子ちゃま体形」だったらしい。ぶかぶかのローブを着ていても見える奴には見えるのか。そこまでの細工はしていなかったし、今後もするつもりはない。


 次の会議を前にして、大きな討伐があった。

 私を除く四聖三名が駆り出され、双角蛇を退治した際、最年長だった四聖カーディス様が負傷した。怪我は大したことはなかったものの、体力の限界、と引退を決意した。

 カーディス様の引退式が急遽行われることになった。それがよりにもよって会議の後。

 女王によるねぎらいの場に、場の空気を読んで姉が言われるままフードを取ってかしづいた。

 これにより、我が姉アリシア・リーヴェが四聖であると世間に知れ渡ってしまった。

 さすがにこれは父の耳に入った。

 姉の魔力はさほど多くない。本当の「四聖」が誰なのかは一目瞭然だった。

 とはいえ、国家を揺るがしかねない魔法つまりは軍事管轄の「人事」を父がどうこうできるものでもない。

 あくまで当面の間という条件で、引き続き討伐は私、会議や女王との謁見など対外的な事態には姉が対応することになった。そして一、二年程度お務めを果たし、結婚か何か引退の理由を作って辞める、というのが、父の作ったありがちなプランだった。妹二人を何度もばか呼ばわりしながら詳細は兄が詰めると言い、とりあえずはこの件は保留となった。

 姉も少しは責任を感じつつも、リュート様と会える会議や格段に高価なドレスを用意された謁見式、みんなから称えられる声にまんざらでもなく、勇敢で美しき「象徴」としての四聖の魔女を見事に演じ切っていた。

 私としても苦手分野を姉に引き受けてもらうことになったので、月の手当ては姉と半分にすることにした。お金のやり取りが父にばれるとよくないので、これは二人だけの秘密にした。

 ギルド預金として預けられているお金を引き出せる割符のようなカードを二枚用意してもらい、一枚を姉に渡し、姉は友人と街に出た時にこっそりとお金を引きだすことになっていた。


 思いのほか順調に、何事もなく一年が過ぎた。

 アリシア様引退に向けて考えると言っていた兄が他国に留学することになった。当面四聖の件は動かないだろうと思っていた頃、小さな事件があった。

「ずいぶんお金が減っていたけれど、何か買った?」

 姉に言われ、驚いた。いつも通りにしているのにそんなはずはないだろうと思っていたけれど、ギルドに行って確認するとやはり残金がかなり減っていた。

 明細を見せてもらうと、よくわからない出金もあったけれど、そもそもの入金がなく、学費の支払いにもちょっと足りない。

 手持ちの服もなく、他に換金できるものに心当たりもなく、自分にできることと言えば、討伐。

 その頃には十四歳になっていたので、討伐参加登録ができる年になっていた。

 テレンスの名で登録し、すぐに二件ほど、チームによる近場の森の討伐依頼を受けた。

 寄せ集めのチームで治癒・防御担当。どちらも何事もなく終わったけれど、子供だとみて報酬はかなり差っ引かれた。それでも、何とか学費の支払いには間に合った。


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