序章 2
その後も時々家を抜け出し、いろんなところを見て回るのが楽しみになった。
魔物を討伐するレオナルディさんとその父ジェラルドさんを見たのは、初めての脱走から一年後、またあの森の中だった。
子供だけで森に入り、木の実を摘んでいると、突然現れた魔物が襲い掛かってきた。最後尾にいた子がつまづき、助けに行ったけれど魔物は目の前で、その爪が届く寸前でレオナルディさんが魔法で防御し、ジェラルドさんが剣で断ち切った。
目の前で広がった緑色の魔法がきれいだった。
「森の中に入って遊んじゃ駄目だって言ってるだろう!」
みんな泣きながら謝った。恐怖から熱を出した子もいた。
家族でもないのに真剣に自分達を叱る姿に、怖さより優しさを感じた。
家族でただ一人違う灰色の髪。笑うことも、お世辞を言うこともできない愛想のない娘。魔力過多で時々「失敗」する乱暴者。学校に行けなくなるほどの好奇の目、中傷、嫌がらせ、侮蔑の言葉。
初等学校に行くのもやめ、家で守られるだけだった自分が嫌だった。
守る人になりたい。
「あんな風に強くなれたら」
憧れが声になった。
一緒にいた街の子供の中にも、同じ思いをつぶやく人がいた。
魔法騎士団や騎士団は、人気の仕事だった。
一番上のレオナルディさんは、街の学校を卒業すると魔法騎士団に入団した。
ジェラルドさんは街の警備団兼業をやめ、騎士団専属になったものの人手不足は続き、時々討伐隊に駆り出されていた。ラファエレさんもまだ学生ながら「実習」と称して討伐に参加しているらしい。
それを聞いて、偶然を装い、何度かこっそりと討伐隊について行った。
本当は幼い子供を連れて行くことは許されていなかった。
私を見つけたラファエレさんにも帰るよう言われたけれど、不意に現れた大量の雑魚魔物たちに大人がてんやわんやになる中、ラファエレさんの剣と私の攻撃魔法が一番役に立っていた。この日のためにずいぶん特訓した甲斐があった。
防御の魔法も、少しならできる。
まだ駆け出しの街の自衛団の人達を三度ほど助けると、やがて「名誉魔法騎士」として同行を大目に見てもらえるようになった。
ラファエレさんやジェラルドさんに剣の使い方を教えてもらったけれど、もともと腕力もなく、何かあるとつい魔法頼りになるせいで人並み程度にしかうまくならなかった。それでも街の同じ世代の子供たちよりは実戦経験があり、役に立てていたと思う。
そのうち、ラファエレさんも学校を卒業して騎士団に入団すると、街の討伐隊では見かけなくなった。新入団員は訓練や実習、遠征などで忙しく、自分の自由になる時間が持てなくなったと聞いた。
何年か前の討伐で大きな被害が出て、どこも人手不足。ラファエレさんのような即戦力になる人は重宝されるだろう。
街の討伐隊からラファエレさんがいなくなり、ジェラルドさんも滅多に参加しなくなり、新しい自警団や警備団の人が中心になると、私のような子供が一緒にいることをよく思わない人が出はじめた。
居心地が悪くなり、討伐隊への参加を控えようか迷っていた時、新しく討伐に加わった人がどうやってこの討伐を知ったのか話しているのを耳にした。騎士団や警備団が足りないときのため、臨時協力要員に名前を登録しておくと、討伐があると声をかけてもらえたり、掲示板の仕事を引き受けたりできるらしい。
名前と年齢を登録する程度だったけど、私の年齢では受け入れられないことは確かだった。
軽い気持ちで、魔法で少し自分の体を大きく見せ、深々とローブをかぶり、参加できる最低年齢の十四歳と偽った。
「テレンス」の名は、討伐隊に参加する時に使っていたので、登録には使えない。
軽い気持ちで、思いついた姉の名前「アリシア」と書いた。もちろん家名は書かない。街には家名を持たない者も多くいるので、特に問題はなかった。
自分の姿を偽りながらの討伐は負担が大きく大変な分、魔力を鍛えるにはちょうど良かった。
学校のことも、秘かに動いていた。
兄や姉は王城の近くにある王立学校に通っていて、私はその初等部での人間関係から学校に行けなくなり、家で家庭教師に学んでいた。
学校自体は行ってみたいと思う。できるなら少しでも自分の余計なことを知る人が少ない所がいい。
街にもいくつか学校があり、レオナール家のレオナルディさんやラファエレさんが通っていた西の塔の学校は中でも優秀で、魔法専科があり、警備体制もよかった。魔法騎士団や騎士団への推薦枠も多い。そこも魅力的だった。
家には内緒で試験を受け、受かった後、父に打ち明けた。
父から了承が得られたのは、自分が付いた嘘も大きく影響していたと思う。
「学費も大丈夫だから」
父は奨学金が取れるほど優秀なのだと思っただろう。一言もそう言っていないけど。
我が家はお金に困るような家ではない。金銭面で渋られることはないとはわかっていたのだけど、選んだ学校を認めてもらうにはもう一押し必要だった。
しかし、入学のための書類にサインさえもらえば、こっちのもの。
父は手続きの書類の名前が私の本当の名前ではなく「テレンス」となっていることにも気が付かず、サインをした。
この頃、父はかなり忙しくなり、家族のことを気にかけていない訳ではなかったけれど充分な時間を取ることはできず、主に母が家を仕切り、時々兄が手伝っていた。
母は私に遠慮気味なところがあって、常習化していたわたしの脱走も気が付いていないのか、気が付いていて知らんぷりをしているのか、わからないところがあった。
外見上、わかりやすい髪の色の違いから、自分が父の愛人の子だと周りから囃し立てられた時もなんとなく納得がいき、すんなりと信じてしまった。母は他人の子を育てようと努力してくれているのだと。ずっと負い目を感じていた。兄からは「ばかじゃないのか」と鼻で笑われたけど。
寄宿舎に入ることは、後から母に告げ、事後承諾で乗り切った。
自分が家からいなくなることで平和になるような気がした。別に家族仲が悪いわけではないけれど、自分の中に生まれた変な遠慮が自分をぎこちなくさせていた。
こんなざわざわした気持ちは忘れてしまえば済むことだ。深呼吸して、気持ちを切り替えた。
学校を出たら早く仕事を見つけ、家には戻らない。小さな頃から早く家を出ようと思っていた。レオナルディさんやラファエレさんをかっこいいと思うようになったのも、そのせいだとわかっていた。
寄宿舎代は準備してもらえたからいいものの、学費は自分が大丈夫と言った手前何とかしなければならず、学校に行きながら討伐隊の仕事を続けた。
小さな魔物退治くらいなら夕方からの二、三時間で済むものもあり、週末に大きな討伐があれば、結構いい稼ぎになった。
姉には名前を借りていることを話しておいた。同名の人は多く、名だけで身分を詮索されることはないけど、何かあった時に同じ名を持つ身内として迷惑をかけることがあってはいけないから。
賄賂として稼ぎの10%を手持ちの小遣いとして提案すると、笑顔で許してくれた。親に知られていないお金は「箱入りのお嬢様」には魅力ある秘密だった。
母が季節が変わる度に送ってくれる服もいい資金源だった。
届いた服を見た、同じ寄宿舎にいる商人の娘ナタリアが目を付けた。
母、姉、ナタリアの趣味は似ていたけれど、私とは違った。
はっきりした色、淡い色、どれも明るく目立つ。もう1枚服が作れそうなほどひらひらのついたワンピース、かと思えば体に密着して動きにくそうなタイトなライン。ヴァリエーションはあったけど、どれも自分が着ているところが想像できなかった。しかもスカート一択。
自分が普段着ているのは、家からこっそり持ち出した兄のお古。
そんな時は売ればいいよ、とナタリアが買いあげてくれ、手間賃に好きなものを一、二枚選んでいいと言ったら喜んでいた。これがそこそこの収入になった。また兄のお古のサイズが合わなくなると、似たような別の服を用意してくれた。
時々夜の討伐に当たると、次の日は睡魔と戦うこともあったけれど、それなりにうまく過ごせていた。