【第一章】三話目:白衣は萌えているか
キーンコーン
カーンコーン……
んー、ベタな効果音だ。
「ってんな場合じゃねえ!」
ストッキングを見事購入することに成功した俺は一目散に校庭を駆け抜けていた。目指すは……
「教室どこだよ!?」
ペースダウン…… とにかくでかい建造物を見上げて立ち止まる無理だ見つかるわけがない。思わず「、」《読点》の存在を忘れてしまうほどに呆然となる巨大さ。だというのに、校門に何故誰もいないのか……
「警備員さぼってんじゃねえのか?」
辺りを見渡すが人影は見当たらない。遅刻仲間はどうやらいないらしい。このままでは遅刻は確定で仕方ないとしても、一限目の間に着けないという自体にもおよびかねない。
カララッ
悲観的感情が俺の胸の内を支配し、もうこの際だから転校は明日にしようかと馬鹿げた考えが頭をよぎった時だった。すぐ近くで、窓が開く音がした。
「おや少年? そんなところで何をしている。授業は始まっているぞ?」
窓から顔を出した女性に俺は、女神様の姿を見た。これで辿り着ける。やっとエデンに……いや、教室に!
(ってなんで俺は教室行くのにこんな執着してんだよ)
心の中で静かにつっこんでおく。
「ふむ、見慣れない顔だな」
女神様が俺の顔を興味深げに覗き込む。うむ、美人だ。肩ほどの長さに揃えられた髪。少し長い前髪の隙間から見える、気だるげな目元が印象的だ。ただ眠いだけなのかもしれない。そこはかとない色気があるようにも見えるし、ひたすらにやる気がなさそうにも見える。
「あ、はい。今日から学園に通う朽木です」
出来る限りの爽やかさを演出しながら自己紹介する。
「ほう。転校初日に遅刻とはなかなか見込みのある奴だな?」
「は?」
何かよく意味のわからないことを言いながら白衣のポケットをごそごそしだす女神。
「どうだ? 一緒に」
「え?」
ポケットから何やら箱を取り出すと、こちらに投げてきた。白い箱に英語で文字が書かれている。中には独特の香りを放つ棒状の物体が……
「って煙草を未成年に進める女神!?」
思いもよらぬ衝撃に箱を落としかける。慌てて持ち直してから窓に向き直ると、不満気な表情をされていた。
「なんだ。吸わんのか? 最近の若者は意気地がないな」
「吸いませんよ! ってあんた保健の先生じゃないのか!」
ついタメ口でつっこみを入れてしまう。女神様と溢れんばかりの清楚さを演出した呼び方はここで封印することにしよう。
「よくわかったな。ああ、白衣を着ているのは科学系か保健室の教諭くらいか」
そう言いながら煙草に火をつける。
キンッ
金属音がかっこいい。美味しそうに煙を吐き出すと、こちらに流し目を送ってきた。
「白衣……萌えるだろう?」
「なんなんだ、あんたは!」
俺はその場で駆け出していた。絶対変だこの人。女神様なんて言ってた俺が馬鹿馬鹿しい!
「吸いたくなったらきたまえ」
煙草を持っていない側の手をひらひらと振る白衣。煙草を吸って落ち着いたのか、先ほどよりも閉じられかけている目が色っぽい。
だが。
「体調悪くなっても関わりたくないわ!」
第六感は最高レベルで危険信号を発していた。
関わったら最後……間違いなくつっこみ疲れで俺は死ぬ!
なんだったんだろうか。謎の白衣女から逃走して、ニ階へと駆け上がっていた。
「見た目は綺麗だったのに……完全に変人だった」
朝のお嬢様に続き個性的な人にばかり会う日だ。今日の運勢に女難は出てただろうか。
気を取り直して教室、いや職員室を探すことにする。普通職員室は玄関の近くにあるだろうし、この学園は玄関が一階分高い位置に設置されている。つまりは今いる二階だ。
「職員室ならここじゃよ」
「のわっ!?」
突如背後から声をかけられ飛び上がる。そこに居たのは、白いヒゲをはやしたじいさんだった。
(け、気配がまったくなかった。達人か!)
「転校生の朽木君じゃな?」
俺は拳を固める。背後からの奇襲、戦いの予感。
十分に空気を吸い込むと、正面にそびえる老人へと向き直る!
「あ、はい。すいません遅刻してしまって」
しばし沈黙。否、心のなかでだけそっと沈黙。
ふっ。ストッキングを華麗に購入してしまった時点で、敗北は決まっていたのさ。
「ほっほっ。言い訳より先に謝れるのはいいことじゃ。わしゃ学園の理事長。愛沢武蔵という。よろしくな」
「り、理事長! ほ、ほんとに遅れてすいません」
こんな場面で学園最高権力者の登場。今日は女難だけではなく、総合運も間違いなく悪いに違いない。
「ほっほっ。これから気をつければよい。ほれ、教室まで案内しよう」
なんとも親しみやすい老人が理事長。
「ありがとうございます!」
きっといい学園に違いない。占いはもしかしたらいい結果だったのかも? 少しテンションが上がるのを感じながら、理事長について歩き始めた。
四階まで上がってすぐの扉。理事長はその前で立ち止まった。
「ちょっと待っとれ。担任を呼んでくるからな」
こちらを一瞬振り返ると、扉を開けて教室の中へ入って行った。中から理事長と女性、おそらく担任の声がぼそぼそと聞こえてくる。しかし、授業のど真ん中に割り込んでしまうのだ。怖い教師だったらと考えると気が滅入る。
扉が、開いた。
「あらあらあらー。ダメですよう遅刻しちゃあ」
胸が話しかけてきた。いや、違う違う。小学生に諭すように現れたのは、私怒ってるんですよ! と精一杯主張していても柔らかい表情の女性だった。ウェーブのかかった淡い茶色の髪が胸元までのびており、優しげな雰囲気をさらに強調している。強調といえば、その毛先が届くふくよかな膨らみは俺がこれまで生きてきた人生の中で第一位を誇るに相応しいたたずまいだった。
「えーと、私が担任の斉藤葉子です。よろしくね」
「あ、朽木恭介です。遅れてすいません」
ぼーっとしていたのに気づき、慌てて謝罪する。決してふくよかな部分に見とれていたわけではない。
「ん、よしよし。これからは気をつけましょうね?」
なんともほんわかとしている。無性に自分が幼くなってしまった気がして、妙に恥ずかしい。
「それでは斉藤先生。後はまかせましたぞ」
「はーい。まかされましたー」
威厳たっぷりの理事長と能天気全開な斉藤先生とのやり取りが終わり、理事長は職員室へと戻っていった。いや、もしかしたら理事長室という物があるのかもしれないが。
「はい、朽木君。心の準備はいいですか?」
くるっと、長い髪を振り回すようにこちらを向くと、精一杯の険しい顔を見せる先生。
「自己紹介は試練です。学園生活で一度きりと言ってもいいのよ? もし寒くすべらせでもしたら朽木君の学園生活お先真っ暗。意気消沈の後に一年もたずまた転校……なんて自体も考えられるのよー」
な、なんてこと言うんだこの先生は。ひたすら顔は優しいのに言ってることが怖すぎる。これから自己紹介始める人間にお先真っ暗とかありえないだろう。
「あっ、ごめんなさいー。リラックスさせようと思ったんだけど……」
「せ、先生なりのジョークでしたか! ブラック過ぎましたけど…… 大丈夫ですよ。先生が実は腹黒だったって落ちがつかなくて安心しましたから……」
しょげる先生を見て余計にリラックス出来た俺は、自ら教室の扉を開けて足を踏みいれたのだった。
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