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「イーリオス、それは、嘘よね?」

肩で息をし、茶色の髪を荒げるイーリオスがペガズ家にやってきたと聞いてミリーは駆けつけた。久々に幼馴染みが来たのだ、おもてなしをしよう、といそいそと準備していると、先にイーリオスの元に行っていたペガズ夫人が泣きそうな、でも、きりりとした表情でミリーを呼んだ。

応接間のソファに座らず、カーペットのないところで剣を杖代わりにして立っていた。剣からは血が滴り落ち、イーリオスがいる場所に真っ赤な水たまりが出来ていく。

「こんな嘘を吐くわけがない」

真っ赤な瞳が悔しそうに細められ、空を睨んでいた。

「フェガリは、魔物にやられて、死んだ。これは事実だよ」

真っ白な騎士服に血が滲み、足を引き摺るイーリオスを弾糾することはできなかった。剣の才がある貴方がフェガリを守ってくれれば良かったのに。そう言えなかった。心ではそう叫んでいるけれども、実際に口に出せず、もやもやがお腹のあたりで蠢いた。

「イーリオス。貴方が生き延びただけでも嬉しいことよ。あの子を殺してしまった、死なせてしまった、なんて思わないで」

ミリーはこんなひどい事を思っているのにペガズ夫人はイーリオスに思いやりのある言葉を掛けた。

「フェガリはいち早く魔物に気付いて攻撃を仕掛けました。僕は一瞬遅れてしまった。そのせいでフェガリが死んだのは事実です」

「でも、自分を責めないで。幸か不幸か、まだ家督をついでいなかったし、婚約もしていなかった。結婚式の3日前に婚約するなんて言っていたから思わずそんな変なことありますか、と叱り付けてしまったけれど。それも、良かった事だわ」

ミリーは悲しみで声が出なかった。現実味のない、フェガリの死。ひょっこりとフェガリが帰ってくるのではないか。イーリオスが見たのはただの幻想ではなかったのか。そんな、ありえない望みを持ってイーリオスに「無事で良かった」と言おうと口を開きかけ。

「これ。フェガリに渡された」

血に濡れた金属製のペンダントを渡されて。絶叫し、意識を失った。

ミリーが目を覚ましたのはそれから3日後のこと。ペガズ家の一室で寝かされていた。ミリーが目を覚ますや否や、体に優しい食事を持ってきて食べさせるも、ミリーは戻してしまった。このまま死にたい。私はフェガリのもとに行く。そう呟くミリーにペガズ家の者は何も言えなかった。

しばらくしてペタルダ家から迎えの馬車がきて衰弱し切ったミリーを引き取った。ミリーは自室の篭り、人形の様な日々を送っていた。今まで疎遠になっていたイーリオスはミリーを心配して毎日ペタルダ家に通う様になった。

毎日イーリオスがミリーのもとに通っていると言う噂はペガズ家にも届き、ペガズ夫妻はミリーに手紙をしたためることにした。

貴女がフェガリを深く愛していた事は分かっている。でも、フェガリはもういない。貴女の様に美しく若い娘が、フェガリのようなもののせいで幸せを失うなんておかしい。そこで、提案だが、イーリオスと結婚してはどうか。きっと、彼は貴女を大切にするだろうし、迷惑にも思わないだろう。逆に喜ぶ。貴女のことは実の娘のように思っている。リュコス家に嫁ぐに十分な教養は身に付いている。どうか、私たちに晴れの姿を見せてはくれないだろうか。きっと、フェガリとは天寿を全うしてからでも会えるのだから。

そのような内容の手紙を受け取ったミリーは涙を流す。そして、イーリオスから婚約しないか、とその手紙が来た一週間後に言われ、頷いた。婚約を結び、イーリオスの両親に顔を合わせて承諾され、結婚をしたのは婚約して一年後。ミリーは19歳になっていた。

ミリーとイーリオスは生まれた頃からの仲だったので結婚は皆に祝福され、フェガリの両親も嬉しそうに二人の結婚式に参加した。

澄み渡った青空の下、結婚指輪を交換して二人は深いキスを交わした。

それが、現リュコス家夫妻の結婚までの話だ。


フェガリを失った傷は時間とイーリオスが癒し、ミリーは本来の性格、優しくて包容力のある、美しい女性と社交界では誰もが羨望するほどになっていた。一方のイーリオスはフェガリに一度はミリーを譲り、傷心し切ったミリーを慰め、ついに伴侶になった優しい人、と噂になっていた。イーリオスとミリーは仲睦まじく、暮らしていた。

「イーリィー。今日もお仕事ですか? お体には気をつけて下さいね、これは弁当です」

ミリーは騎士団に向かう夫に弁当を渡そうと朝早くに起き、準備した。健気なミリーの行動にブワア、と顔を赤らめるイーリオス。そんな二人を使用人たちは嬉しそうに見ている。

「ありがとう、ミリーは今日どこか行く予定あるの?」

「ええ、今日は男爵家で開かれるパーティーにお邪魔した後、皇帝陛下に謁見する予定です」

「皇帝陛下に? どんな用件だろう……でも、陛下にこんなに可愛いミリーを見せたくないな」

「冗談が上手。大丈夫。この世で私を好いてくれる人はもう、イーリィーしかいないんだから」

フェガリがあの日、告白してくれるまで家に婚約の申し込みの手紙は一通も来なかった。地位も、見た目も、普通以下だから仕方なかったとはいえ。そうミリーが言えばイーリオスは曖昧に笑う。ミリーは、イーリオスが自分に配慮してくれているのだろう、と推理した。幼馴染みであったせいで、情緒不安定に陥った自分を養うことになってしまった、いわば犠牲者。彼に思い人がいなかったか、心に余裕ができた今は不安であった。

「とにかく、今日は帰りが遅くなってしまいそうだから先に寝ていてね。あの森を見回らないといけないから」

最近、あの事件以来王家の者すら立ち入らなくなった森から白い煙、切り倒される木が見かけられると噂が流れている。フェガリを襲ったという魔物はイーリオスが返り討ちにして消滅したようなので別のものが住み着いているのではないか、と言われている。

「気を付けて」

ミリーはイーリオスの頬に軽くキスをして見送った。あれからイーリオスは徐々に力をつけ、今では何個かある団のうち一つを任せられるほどになっていた。

イーリオスは愛おしそうにミリーを見て、愛馬に跨って騎士団に向かった。ミリーは一眠りしてから男爵家のパーティーに向かう。

男爵家の屋敷まで馬車で向かい、パーティー会場に案内される。主催者である男爵家夫人に挨拶をしたのち、4つあるうちの2つ、ペガズ家以外の公爵家夫人の姿を見つけてその二人のもとへ足を進めた。

「アナスタシア様、ルーシィ様、お久しぶりです」

仲良さげに話している2人へ声を掛けると挨拶を返された。

「あら、アステルス様」

「お久しぶりね、1ヶ月ぶりかしら」

好意的な光をたたえた瞳を2人から向けられる。ちょっと気の強そうな美女が東を司る公爵家夫人のアナスタシア様、ふわふわとした、小動物のような外見の美少女が西を司る公爵家夫人のルーシィ様だ。2人とも初夜を迎えて既に3人の子を産んでいる。ミリーとイーリオスはまだ初夜を迎えておらず、綺麗な関係のままだ。

「ええ、その後お身体は?」

1ヶ月前に出産を間近に控えたアナスタシア様のもとへ訪問し、栄養のあるものをいろいろと渡したのだ。出産後1ヶ月で社交界に舞い戻れるアナスタシア様はすごい。普通であれば体のことを考えて3ヶ月は休息をとるのだが。

「アステルス様の下さった食べ物のおかげで」

にっこりと笑って言い切るアナスタシア様は大人の魅力を持っている。ミリーは思わずほう、と息をついてしまった。女にも効く魅力。恐るべしである。

その後、最近の話題で楽しくおしゃべりをして話疲れたミリーは相槌を打ちつつぼんやりとワインを飲んでいた。

「知っている?」

「何を?」

「アステルス様の思い人、フェガリ様があの森でちらりと見られた、っていう」

「いつの話?」

「どうせ、何年も前でしょ?近隣の人たちが面白がって行っているのでは?」

「しい! アステルス様にもフェガリ様にも失礼よ! それに、その話によれば数日前に見たんですって」

「え? でも、どうせデマよ」

「そうかしら? フェガリ様ほどの方であれば魂だけこちらに残し、アステルス様を拐うくらいしそうよ。いくらイーリオス様の妻とは言え、まだ綺麗な関係であるそうですし」

ケーキが置かれている近くで固まる夫人方がそう話しているのが耳に入った。

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