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プロローグ

広間から聞こえる喧騒がふっと耳から遠のく。

「え?」

月明かりに照らされた彼の姿は美しく、月の使者の様。そんな彼から発せられた言葉に、思わず自らの耳を疑った。ミリーなどに掛けられるべき言葉でない様に思えたから。夢の様な言葉だったから。

「何度でも、貴女が振り向いてくれるまで、若しくは貴女に運命の相手が現れるまで、言い続ける。蝶の乙女、アステルス・ミリー・ペタルダ嬢。どうか、私と婚約を前提としたお付き合いをして頂きたい」

膝をつき、ミリーの手を優しく取るのは北の公爵家令息、『夜の貴公子』と言われるフェガリ・ペガズ。純銀の艶めいた長髪と夜の様に深い青の瞳を持つ、ミリーの初恋にして現在進行形で好いている相手。

「これは、夢?」

思い切り頬をつねろうと手を頬に当てた瞬間、フェガリは立ち上がってミリーの手をやんわりと包み込んで笑った。

「夢じゃない。キスでもして、現実だと分かってもらいたいよ」

広間に、これでもかと灯っている蝋燭の光がフェガリの瞳の中で揺らめいていた。

「もし、子爵家の私で良いというのなら、フェガリが後悔しないというのなら」

こくん、と唾を飲み込んでフェガリに微笑む。

「どうか、よろしくお願いします」

フェガリはサファイアのような美しい瞳を細めてミリーを優しく抱き寄せた。


「やっと、あいつは言ったのか」

茶髪に赤い瞳の、南の公爵家、『昼の貴公子』と言われるイーリオス・リュコス。まだ婚約者を決めかねている彼のもとには令嬢が押し寄せている。

「イーリオス様! こちらは我が領地で取れた果実を使用したカクテルです」

「まあ! イーリオス様のお召しになられている服は我が地の職人が丁寧に手織りしたものですわ」

「ご存知? イーリオス様の愛馬は私の領地で見つかった野生の馬でして」

豪奢な服をめかし込んで話をする令嬢達は愛らしいが、今は幼馴染みの言動が気になる。

「イーリオス様……」

「ごめんね。ちょっと腐れ縁の話が気になるから後でで良いかな?」

腕を絡ませてきた令嬢をやんわりと制止し、ミリーとフェガリの方を指差せば、令嬢達は察したように頷いた。

「ええ、分かっております。後で、存分に楽しませて下さいませ」

「ありがとう」

微笑み、そっとポーチに歩いていく。空になったグラスを給仕に渡して新しいドリンクを2つ受け取った。

月明かり、幼馴染み2人が抱き締めあっていた。行儀が悪いが、靴で広間とポーチを仕切るドアをかつかつと叩いて気付かせた。

「イーリオス」

ミリーを腕から離さずに抱きしめたままこちらを向くフェガリ。普段冷静なフェガリからは考えられないくらいに興奮した顔をしている。

「了承を、得られた」

嬉しそうにそう言う。

「良かったな」

「イーリオス? ねえ、私は逃げないからそろそろ腕を」

「断る」

「えっ」

もぞもぞと動くミリーの背中。微かに見えるミリーの両耳は赤く染まっていた。

「まあ、2人とも良かったね。この雰囲気を壊すほど僕は無作法じゃないから退散するよ。ノンアルコールのカクテル、貰っておいたからそこに置いておくね」

ポーチに置かれたテーブルに先程貰っておいたドリンクを置く。

「お幸せに」

そう、祝福の言葉を掛けてそっとその場を後にした。そして、令嬢達のもとに行って始終流れているオーケストラの音楽に合わせてダンスを踊りまくった。その場にいた婚約をしていない令嬢達と何回も、何回も踊り、心の痛みを足の痛みで誤魔化した。



義務である小等、中等、高等を学び終わったミリー、フェガリ、イーリオスの腐れ縁はここで道を違えた。ミリーは公爵家の夫人になるに相応しい教養を身に付けるべくフェガリの家に通い詰めてペガズ家の現公爵夫人、つまりフェガリの母に義務教育では学べない事を教えて貰っている。時折フェガリとデートをして楽しんでいた。フェガリは小等部から卒業まで学年主席であったその頭の良さから王家の次期宰相に抜擢され王家の秘密を学んでいる。イーリオスは勉学はからっきしであったが持ち前の運動神経が良く、剣の腕前を見込まれ騎士団からスカウトされた。イーリオスは騎士団のスカウトをすぐに承諾し、鍛錬をしつつ仕事も徐々に増やしていっていた。ミリーやフェガリから「会って話をしないか」と手紙が来たが、何だか邪魔をしているようで遠慮していた。だから、3人は揃って会うことが減っていき、疎遠になっていった。

フェガリ、イーリオスは時たま仕事が一緒になるので顔を合わせてはいた。

「ミリーは元気?」

何でもなさそうにイーリオスが問えば、しかめ面をふっと綻ばせてフェガリは頷いた。

「ああ。母がミリーの事を気合を入れて毎日着飾っている。普段も可愛いのに、あれ以上可愛くなっては心臓が破裂する」

「破裂してしまえ! 僕も甘ったるい生活送りたいのに、自慢はよくないよ? 嫉妬する」

「イーリオスに嫉妬されても嬉しくない。背筋がぞっとする」

「酷い言われようだなあ」

その日も、イーリオスとフェガリは仕事が重なり、一緒に行動をしていた。

最近王都に程近い森で聞こえるという謎の叫び。夜な夜な聞こえるそうで近隣に住む人達が「不気味なので調査をして欲しい」と騎士団に嘆願書を出した。

多分不審者若しくは低級魔物であろう、そう判断した騎士団の上部は実地訓練も兼ねてイーリオスにこの件を任せた。声の聞こえる森は王家の私有地であったので足を踏み入れたいと申請した。王家は快く了承して、誰か一人派遣すると言って返した。常人以上には剣の腕が立つフェガリが選ばれ、イーリオスに同行することになった、と言う。

叫び声が聞こえると言う森に入り、辺りを警戒しながら歩く2人。

「ミリーとは、いつ結婚する?」

イーリオスが問えばフェガリは真剣な顔で考え始めた。

「1ヶ月後。公爵家の長になる」

「親父さん、やっとフェガリに家督を継がせる決心をしたんだ」

「ミリーが結婚に前向きであること、ミリーがとても優秀なこと、ミリーが可愛い事をようやく分かったみたいだ」

「ん? 最後、変なの混じってなかったか?」

頷きながら聞いていればしれっと惚気を混ぜてきた。

「事実だ。で、それからの方が良いのか、家督を継ぐタイミングと同じにするべきか、迷っていて」

「同じにすれば?」

「そうしようか」

「その時は僕も呼んでよ」

「勿論。幼馴染みだし、呼ばないとミリーが悲しむからな」

しかし、フェガリとミリーの結婚式にイーリオスが呼ばれることはなかった。

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