動物園襲撃…1の8
小リスは死んでしまったのだろうか。
動物園襲撃…1の8
小リスは死んでしまったのだろうか。ぼくは部屋でカギを作る練習をしながら、リスを助ける夢を見る。小リスはオーデュボン公園で雨に打たれながら手を振っている。そして「なんで助けてくれないの?」とつぶやいている。くるみを大切そうに抱えて濁流に流されていく。「待って。」ぼくはスケートを脱いで、裸足で駆け出す。カギ、カギはどこだ?ぼくはポケットをさぐるけど、カギが見つからない。目の前では小リスが流されているというのに、ぼくはどうすることもできない。カギがないから。
“What the hell are you doing, again?”(「まったく何してんのよ、また?」)ユキがそう言って、ぼくのカギをじっと見つめた。何って、見ればわかるだろ。とぼくはビールに口をつける。”Well, OK.”(「まぁ、いいわ。」)するとユキはそう言って、ドアから出て行った。え、マジで。夜の帳がおりている。いくらアップタウンといえどもニューオリンズだぜ、女一人じゃ危険だ。ぼくは走ってユキのあとを追いかける。
外に出ると、いつもの道。オークの木々、そしてストリートカーが目の前をゆっくり通り過ぎる。夜といってもようやく日が暮れたくらいだ。オレンジ色のライトがアメリカを浮かび上がらせる。「おかしいな。どこ行ったんだ。」ユキの姿が見当たらない。向こうでは黒人の男が新聞を広げている。何台か車が通り過ぎる。白人のおじさんが買い物袋をかかえて歩いている。隣の教会は静かに鐘を響かせる。今のストリートカーに乗っちゃったのかな。ぼくは一瞬どうしようか迷う。そして車に乗り込む。車のカギ?それはちゃんとある。
ぼくがバックで車を出そうとすると、黒人の連中にぶつかりそうになる。”What the hell.”(「おい、なんだ。」)連中がこちらをにらんでいる。まいったな、とぼくは思う。だけどタイキが教えてくれた対処法をとる。あってるかはわからないけど、こう叫ぶ。”Fuck!”(「ファック!)すると連中はこちらに乗り込んでこようとした。ぼくの背筋が冷たくなる。「おいタイキ。」だけどバックミラーに映った奴らの姿は、それ以上近づいてこようとしない。そしてこちらまで聞こえるような舌打ちをすると、文句を言いながら去っていった。どういうことだろう。ぼくが静かに車を出すと、歩道のところにきて納得した。そこにはポリスマンが立っていたのだ。日本では警察なんて交通違反を取り締まったり、嫌な印象しかなかった。けどここでは違う。まさに無法地帯にそびえたつ保安官のように、立派な体格のポリスマンが立っているのだ。ラッキーイナフ、とぼくは自分につぶやく。
車で少し行くと、ストリートをユキが歩いていた。車の窓から顔を出してぼくは叫ぶ。”Hey, Sooyong!”(「ちょっと、ユキ!」)するとユキはこちらを向いて、嬉しそうな表情をした。ぼくが一瞬その姿に見とれてしまうくらいだ。車を横にとめるとぼくはこう言った。”You should not go out alone at night. This is the United States. It’s not so safe as your country, right?”(「一人で夜でかけるべきじゃないよ。ここはアメリカなんだ。キミの国みたいに安全じゃないんだ。」)ユキは微笑みを浮かべながら肩をすくめてみせた。そしてぼくが助手席のドアを開けると、さっと入りこんでぼくにキスをした。”I believed you. Let’s go to watch a movie.”(「信じてたわ。映画でも見に行きましょうよ。」)あっけらかんと彼女は言う。まったく、ぼくはため息をついて車を運転する。夜のニューオリンズをダウンタウンへと向かい走らせる。そしてシネコンに入ってポップコーンを買って、なぜかロシア映画を見た。ユキはその映画が悲しすぎるから好きじゃない、とぼくにささやいた。帰ってからユキと仲直りのセックスをして、彼女が眠ると再びカギの練習をした。ビールを飲みながら。いつの間にか眠っていて、気がつくともう朝だった。
またある日の午後
「なにやってんだよ。」とおれが言う。しかしKは自分の頭を持ち上げて、首のない体がその頭に銃を突きつけている。「自殺、ですか?」ハリオが爽やかに言う。”Goddamnit.”(「まいったな。」)テリーとマークは目配せしあう。「おいそんなことしなくても、生きるのがやっとの世の中じゃないか。」おれは奴を説得しようとした。だがKは不適な笑みを浮かべて、銃の引き金をひく。「死んじゃいけないという考えはない。」とかなんとかほざいて。銃声が響き、ツーンと耳をつんざいた。奴の体も頭も、沼の中に沈んでいく。まったく。「何回自殺したら気がすむんだろう。」ハリオが再び爽やかに言った。