動物園襲撃…1の5
ぼくがそう言うと、ヨウコはタバコをふかしながらうなづいた。
動物園襲撃…1の5
また暑い日が続いている。うだるような暑さというけど、まさにニューオリンズの夏はそんな感じ。「日本と比べても蒸し暑さでは見劣りしないね。」ぼくがそう言うと、ヨウコはタバコをふかしながらうなづいた。目の前にはアビータというニューオリンズ産の瓶ビールが置いてある。その小ビンをグラスに注がずに飲むのがアメリカ流だ。グイっと飲んでからぼくはオイスターを食べた。「うん、うまい。」そう言うと、ヨウコがトロンとした目で再びうなづいた。もしかして酔ってるのか。別にホームシックになったわけではないだろうけど。ヨウコは自分が描いている絵が思ったようにできなくて悩んでいた。「それならオイスターでも食べに行こうぜ。」と言ったのはタイキだった。だけどいまだに奴はどこをほっつき歩いているのか、姿を現さない。
ぼくが向こうを見ると、あちらには白人たちの他に韓国人のグループもいる。日本人も韓国人も、白人にとっては大差ないアジアンだ。もちろんわれわれは歴史も言葉も民族も違う。そう、アメリカ人とカナダ人がちがうように。「うっさいなー。」と口を開いたのはヨウコだった。一瞬ギクリとする。でも彼女が怒っているのは後ろのコリアンたちに対してだった。最初は「ユキも連れてきたらいいのに。」って言ってたヨウコだが、今は「来なくてよかったよ。」だってさ。コリアンたちが何かぼくたちの方を指差して笑っているのが気にさわったのだ。ユキ自身も”I think, many Korean go to that Oyster Bar so often. I don’t like it.”(「あのオイスターバーにはいっぱい韓国人がいるから。あたし嫌なの。」)と言っていた。もしかしたらニホンジンのぼくと付き合っているのが、思っている以上に韓国人のユキにとっては辛いことなのかな、なんて考えてしまう。
「ヘイホー、ヘイホー、What’s up, buddy!?」と扉を開けたのはタイキだった。なぜか奴はそこらじゅうの白人と握手して回って、こちらに来るのかと思いきや韓国人グループの方に行って座った。しばらくすると”Cheers!”(「乾杯!」)とか声が聞こえてくる。「あいつ、ここにおれたちがいるのわかってるのか。」とぼくは3本目のアビータを飲みながら言った。ヨウコはオイスターに醤油を垂らしながら「わかってるんじゃない。」とすましている。たしかにタイキのことだからな、とぼくも答える。すると間もなくタイキがこっちにやってきた。「いやーあいつらおもしろいな。」そしてタイキはテーブルのアビータを勝手に取って飲み干し、皿の上の生オイスターにはマスタードをぶち込んだ。「ちょっとなにすんのよ。」さすがにヨウコが怒って言う。「なにが?」と言いながらタイキはオイスターを口にほうり込んだ。「ったく、あたしのビール。それにオイスターは醤油オンリーで食べたいのよ。もう一皿頼んでくる。」と彼女は立ち上がった。「じゃアビータ二つと、もう三皿オイスター、レモンとマスタードたっぷりつけて。」とタイキが言って、二十ドル紙幣を投げて渡した。ヨウコは「ジーザス。」とかブツブツ言いながらカウンターの方へと行った。「大丈夫なのか。」とぼくが心配して言うと、タイキは「あれくらいでなきゃ絵のことも忘れないだろ。」だってさ。
たっぷり生オイスターを食べて、ビールも飲んだところでタイキが聞いてきた。「カギの練習はしてるのか?」あ、あれね、覚えてたんだな。「まぁ、少しづつ。」ぼくはあいまいに答える。「ヨウコは?」タイキが眠りかけのヨウコに向かって言う。「あたし?なんであたしがカギ、なんてしなくちゃいけないのよ。あたしはカキ、が大スキなのよ。」まったくやる気なしの返答に、タイキが立ち上がった。「おい、わかってりゅのか、これは動物たちの命がかかってるんだぞ。」どことなくロレツが回っていないし、しかも日本語なので周りのアメリカ人たちの顔には?マークが飛び交っている。”Crazy.”(「クレイジー。」)とか言う声まで聞こえてくる。でもそういうクレイジーなことに関して、どことなく寛容なのがアメリカなのだ。個人の自由、いいじゃないか、お前たちやってみろ。とそんな空気がそれぞれの人から感じられる。「表現してみろ、それが権利なんだ。」とアンクル・サムなら言うのだろうか。じゃ表現できない奴は?「マザーファッカー!」タイキが叫んだ。アメリカ人たちがクスクスと笑っている。
またある日の午後
「落し物はこちらでございます。」首のないKが、自分の頭を持ち上げて言った。「笑えないぞ。」おれは頭を見ながら言う。”Duck head, Fuck head”(「ダック・ヘッド、ファック・ヘッド」)とテリーとマークは叫んで笑っている。なんだかイラつくぜ。「まぁでも頭が見つかって、よかったじゃないですか。」ハリオが後ろから冷静な声で言った。ま、誰が送ってきたにせよ、たしかにKにとってはいいことかもしれない。「じゃ前に進むか。」おれがそう言うと、再び目の前で爆発音が鳴った。そして沼が盛り上がると、中から大きなヘビが顔を出した。