動物園襲撃…1の4
とても快適なドライブ、横にはプリティな女の子、天気もいいしハイウェイもすいている。他になにを望むというのだ。
動物園襲撃…1の4
アジアン・マーケットまで行ってみる。とても快適なドライブ、横にはプリティな女の子、天気もいいしハイウェイもすいている。他になにを望むというのだ。”Watch out!”(「気をつけて!」)ユキが助手席で叫ぶ。おっと、目の前を黒人の少年が走っていく。ぼくは肩をすくめてみせる。ユキは隣で”I’m so surprised. Please drive carefully.”(「驚いたわ。気をつけて運転してね。」)と言う。ハイウェイを抜けるとメタリーという新興住宅地で、そこには韓国人や日本人も少しは住んでいる。道はダウンタウンに比べるとキレイだし、アップタウンと比べても広々としている。ぼくは心の中で「自由、自由、自由。」と三回唱えてみる。まるでそれが自由への近道であるかのように。
たとえ自由の国アメリカに来ても、やはり食生活はアジア(日本)のものがいい。特にライスは避けられない。でもニューオリンズには独特のケイジャン・フードが主食としてあって、それはちょっと辛いカレーみたいな料理やシュリンプ(エビ)オイスター(牡蠣)やキャット・フィッシュ(なまず)など、米や魚を中心にしている。それらはとても馴染みやすいけど、家で料理するならやはりもっとアジアンなものがいい。つまり味噌汁、ご飯、漬物、キムチ(これはユキにはかかせない)、あとレトルトのカレーやインスタント・ラーメンも含めて、ぼくらは大量に買い込んだ。”These foods will help us when we attack the Audubon zoo, right?”(「オーデュボン公園を攻撃するときに、これらの食料が役立つわね。」)車に荷物を詰めこみながら、ユキはそう笑った。どういう意味だよ、本気か冗談か嫌味なのか。でもぼくは”Could be.”(「たぶんね。」)としか答えることができなかった。たとえユキが嫌味で言ったとしても「攻撃じゃないよ、あれは動物たちを助けるためなんだ。」なんて本気で言えるほど、ぼく自身が確信を持っていなかった。もっと言えば、ぼくは何についても確信なんて持てていなかった。自分の生活について、なぜアメリカに来たかについてもよくわかってなかったほど。それは若気のいたりなのだろうか?少なくとも、とタイキなら言っただろう。「行動しない奴よりはマシさ。」
オンボロの左ハンドルのMAZDAの車を走らせていると、ゴロゴロと雲行きがあやしくなってくる。”It’s getting so dark, Susumu.”(「すごく暗くなってきたよ、ススム。」)とユキも空を見ながら言った。するとすぐに雨がポツポツと降ってくる。しかも1分もたたないうちに、それは土砂降りの雨となる。ニューオリンズの天気は熱帯のスコールみたいなもんだ。ハイウェイを下りると、道はデコボコで水溜りができている。しかもオンボロの車は天井から雨漏りまでしてくる。困ったね、とぼくは思わず日本語で言う。”KOMATTA? What does it mean?”(「コマッタ、ってどういう意味なの?」)ユキが聞いてくるので、ぼくはブレーキを踏みながら答える。”We are in trouble.”(「困ったね。」)ユキは笑いながら言う。”It’s not so big deal, isn’t it?”(「それほど大してことないでしょ。」)ぼくもそれはそうだ、と思う。そして目の前の墓地を眺める。ニューオリンズの墓石は普通のより大きくて高さがある。それもこの雨を避けるためだと思うけど、そのおかげであの有名な「イージー・ライダー」という映画も撮影された。墓でラリったシーンを撮影するなんて、ほんとアメリカ人の考えることはわからない。
雨は一瞬であらゆるもの、不安や恐怖を洗い流してくれる。墓地の死神や死人、死んだ動物たちだってミシシッピ河に洗い流してしまったんじゃないだろうか。ポタポタとしたたり落ちる天井の滴を気にしながら、でも人の目は何も気にする必要がない場所(幽霊がいるならその視線を感じるべきだったのかもしれない)、ぼくはユキとキスをする。それは永遠にも感じられる瞬間で、もし自由が欲しいなら”This is the moment.”(「これがその瞬間だ。」)とぼくは叫びたい。そんな衝動にかられて、ぼくは夕方のアップタウンを上下する。そして再び晩飯をビールで流し込むと、リスにエサをやってからユキとベッドインする。果てしない夜の衝撃が、ぼくと彼女の体をつんざく。そう、ぼくらの自由を奪うまで。
またある日の午後
「まさかね。」首のないKが肩を揺らして笑った。「こんなところで再会できるとは。」箱の中のKの頭も愉快そうに笑っている。「どういうことなんだ。」おれは思わず口走る。たしかKの頭はだいぶ前にミシシッピ河に投げ込まれたはずだ。それがなぜこんなBOXに入ってて、誰かのプレゼントみたいに流れてくるんだよ。「プレゼントじゃないの?」ハリオがあっけらかんと言う。”Who’s present?”(「誰のプレゼント?」)とテリーが聞く。すると”Who?”「誰の?」”Who?”「誰の?」とマークが連呼するように歌う。とても悪い予感がした。まるで死神がすぐそばで見ているような。