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動物園襲撃  作者: ふしみ士郎
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動物園襲撃…1の3

 結局、やるもやらないもおまえ次第だ。


動物園襲撃…1の3


 結局、やるもやらないもおまえ次第だ。タイキはそう言うと、カギの入ったボックスをぼくに渡した。「これは?」と聞くと、「決まってるだろ、練習するんだ。」練習ってなんだ、とぼくが言うとタイキは肩をすくめてみせた。「反復練習こそは、初歩的な技術をアップさせるコツさ。」そうは言ってもやるともやらないとも言ってないんだけど。ぼくがゴチャゴチャ言ってるもんだから、タイキは手を振ってガレージの部屋へ帰っていった。「おまえ次第。」ぼくは頭の中で繰り返しながら、朝方のストリートを車で走っていく。ラジオからはウィンストン・マルセラスがモンクのスタンダードを演奏していた。「だからなんだっていうんだ。」ぼくは少し腹が立った。いや、それは単に腹が減ったせいかもしれない。物事はすごく単純だ。


 部屋に戻ると、まだ静けさがあたりを占めている。ぼくはゆっくりとドアを開けて、手洗い場に行くと歯を磨いた。窓から見える朝方のニューオリンズ。アップタウンの緑多き街並み。それはぼくに自由そのものを感じさせた。もちろん留学生の身分を考えると、それはまだ甘っちょろいカテゴリーに分類されるかもしれない。だけど、少なくともぼくにはそう感じられた。そしてぼくは動物たちのことを考える。「はたして奴らは自由を望んでいるのだろうか。」ぼくがそんなことを思っていると、洗面台に小リスがやってくる。そしてキョロキョロして、一瞬止まってぼくにエサをねだる。ぼくはため息をつくと「何もないんだ。」とリスに話しかけた。リスはまた部屋のどこかに消えていく。でも結局それは一時的な自由じゃないのか。ぼくは自分に問いかける。


 服を脱ぐとそのままスルスルとベッドに入り込んだ。横ではユキが寝返りをうつ。ぼくが彼女の頬にキスをすると、彼女は薄目を空けて”Welcome home,”(「おかえり。」)と言った。そしてぼくに軽く抱きつくとまた眠ってしまった。ぼくは彼女の肌のぬくもりを感じて、同時に彼女の不安もまた感じとっている。一人でいる不安、そして生きることへの恐怖、また母国から期待やプレッシャー。ぼくが想像しているより色んなものを彼女は背負っているようだ。コリアンである彼女は、ぼくらニホンジンよりも多くの束縛を持っている。それは社会的なものもあれば、個人的なものでもある。どちらにしても、今のところぼくは彼女を愛しているし、できればずっと守っていってあげたいとさえ思う。「はたてしてそんなことできるのかな。」未来に対する不安が忍び寄るよる前に、ぼくは夢の中に逃げ込んでしまう。まだまだ心配するには早すぎる。少なくともここはアメリカ、自由の国なんだ。


 昼過ぎに起きると、ユキの置手紙があった。”I’m going to the class. I’ll be back about 4. Please wait for me, and let’ go to the Asian Market today. Love, Sooyong.”(「クラスに行ってくるね。4時頃に戻るから、待ってて。今日はアジアン・マーケットに行きましょう。ラブ、ユキ。」)オーケー、じゃあそれまでにぼくは近くのコンビニで新聞を買ってきて、アルバイトでも探すとしよう。コンビニで買ってきたUSATodayと地方のローカル紙、それからミルクにビールとパンをテーブルに並べる。そしてハムとチーズをパンに挟むと、ちょっと迷ってからビールで流しこんだ。今日もニューオリンズは蒸し暑かった。リスはへたばったのか姿を現さない。仕事の求人もそこそこに、ぼくは昨日の箱に目をとめた。「どうしろって言うんだ。」そのボックスを開けるとそこには、カギが6つと道具が4つ、そして手書きの紙が挟み込んであった。ぼくはビールを片手に、まずは音楽をかける。それはクラッシュの名盤ロンドン・コーリングだ。そしてその紙を読んでみる。


1、いいか、まずはカギのことをよく知ること。

2、いいか、カギの次に道具のことを知ること。

3、つぎに、二つの相性を感じる(男と女)。

4、つぎに、カギ穴の構造を調べる。

5、らすと、構造にそってカギを削る。

6、らすと、何回か試せ、へこたれるな

7、PS,いつでも電話くれニホンジン


 その紙にはそれ以外何も書いてない大雑把なものだった。これでどうやってカギを削るというんだ。こんなのでうまくいくのか?ぼくの中に疑問が渦巻く。だいたい「男と女」ってのもよくわからない。抽象的すぎて実際にどういう手順でやればいいのか。「とにかくやってみるか。」ぼくは自分の意思も確認しないまま、作業を始めてみる。何よりクラッシュの歌うロンドン・コーリングやブランニュー・キャデラックが素晴らしすぎるのだ。ぼくはノリノリでビールを飲みながら、自分の家のカギを見てみた。それはどこまでもカギ穴で、どこまでも小さい入り口でしかない。その構造をぼくがどうやってわかるというんだ?一瞬でぼくはあきらめかける。でも6番を思い出した。「へこたれるな。」そうタイキは言っていた。その応援の言葉を胸に、ぼくは懐中電灯を取り出す。そして鍵穴にそれを当ててみる。「見えるかな。」ぼくは何とかカギの中を覗き込むことに成功する。それはとてつもなく狭くて、暗いトンネルのようなもの。ぼくはその中を探索する。その崖っぷちから、ゴテゴテした岩、または秘密の部屋まで、


 “Are you all right?”(「ちょっと大丈夫?」)というユキの声でぼくは目が覚めた。立っている彼女がぼくを見つめている。ぼくは頭をかきながら周りを見渡すと、ビール缶と懐中電灯、そしてカギや道具が散らばっている。そしてそこを小リスがチョコチョコと歩いているじゃないか。いつの間にか眠ってしまったのだ。「オーマイガ。」そうぼくは言って立ち上がる。ユキに事情を説明しようにも、どう説明したらいいのやら。特にタイキのこととなるとユキは警戒してしまうから。ぼくは頭を振って”This is a lesson for my job.”(「仕事のためのレッスンなんだ。」)などとわけのわからないことを言ってしまう。彼女は「理解できない。」という風に頭を振りながら、”Let’s go to the Asian Market. Wake up!”(「アジアン・マーケットに行くわよ。起きて!」)と叫んだ。ぼくはティーシャツに着替えて、ジーンズをはく。ラジカセを見てみると、とっくにクラッシュの音楽は終わっていた。




またある日の午後


沼を進んでいくと、プカプカとBOXが浮いてきた。「なんだこりゃ。」おれはそう言って、その黒い箱を拾い上げる。「カギでも入ってるんじゃないですか。」ハリオが背後から言った。「だといいんだけど。」おれはそのBOXを開けようとするが、まったく固くて開かない。”Hey Terry. Can you open this?”(「なぁテリー、これ開けれるかい?」)と巨体の黒人に声をかける。奴はお安い御用とばかりに、その箱に手をかけた。その瞬間、聖者の行進が聴こえてくる。「オルゴールだな。」とマークが口ずさみながら歌う。「何が入ってるんだよ。」おれが言った瞬間、その場でみんなが呆然となった。箱の中には、なんとKの首が入っていたのだ。


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