動物園襲撃…1の2
「カギってなんの話しなの。」部屋に帰るとシャワーを浴びたあとのユキが言った。
動物園襲撃…1の2
「カギってなんの話しなの。」部屋に帰るとシャワーを浴びたあとのユキが言った。ぼくはイチイチ全部を説明するのは無理だなと思った。「タイキがさ、動物園を救うんだって。」と大ざっぱに言うと、ユキは笑い出した。「また始まったわ、あの人ちょっとおかしいんじゃない。」てなことを英語で言う。ユキはタイキのことをあまり好きじゃないのだ。「いや、たしかにタイキは変なところあるけど、いい奴なんだ。」とぼくはフォローする。「まぁ、あなたの友達だから。」とユキは言うと夕飯の支度をしだす。ぼくは冷蔵庫からオニオン&キャロットをとってきて、彼女に言われるまま千切りにする。すると彼女はそこにキムチをからませて豚肉と一緒にいためる。その間、ぼくはご飯をたいて、ミュージックをかける。そしてビールを一本飲んで、ご機嫌になりながら踊る。
夕飯を食べたあとにユキとキスすると、必ずキムチの味がした。ま、韓国人だから。というわけで、ぼくとユキがソファで絡まっていると、電話が鳴った。ぼくは無視しようとしたが、ユキが「出て。」と言う。気になるらしい、それに母国の母親からの国際電話かもしれないというのだ。”What’s up?”それはタイキだった。「どうよ、カギは見つかったか?」なんの電話だよ、昼間に話したばっかりなのにそんなに早く。「バカ、急がないとリスも逃げちゃうだろ。」わけがわからない。リスならさっきからおとなしく、くるみ割り人形みたいにしてるよ。「じゃあ、お前は動物園がどうなってもいいんだな。」とほとんどこじつけのようなことを言う。「いいから、テキトウにカギを2、3個見つけて、オレん家に来てくれ。30分後な。」とタイキは言う。「30分じゃ無理だ、1時間後にしてくれ。」とあわててぼくは訂正する。「仕方ないな。」とタイキは言って電話を切った。
30分でユキとアレをして、20分でシャワーを浴びて、10分でタイキの部屋に行った。「カギは?」と聞かれて、ぼくは天を仰いだ。「オーマイガ。」とタイキは言うと、隣にいるヨウコを見た。「あたしは3つ、家にあったやつ。」オーケー、とタイキは言うと部屋に戻った。奴の部屋は白人の家のガレージというか地下室というか、そんな余った場所を借りていた。一応トイレと洗面所もあるところが、アメリカ人の家らしい。「いいから入れよ。」とタイキは言って、冷えたビールをぼくとヨウコに投げて渡す。「サンキュ。」と受け取りぼくらはタイキの部屋に入る。「だからさ、見ててくれ。」と言うとタイキはヤスリでヨウコのカギを削りだした。「ちょっと。」と慌ててヨウコが言う。「なんだよ。」それはいるキーだから、こっちのにして。「なんのキーだよ、ったく。」と文句を言いながらも、タイキはカギをライトに照らしてじっと見た。
10分後には、そのカギはタイキの部屋を開けるカギに変わっていた。扉が開いた瞬間、ぼくとヨウコは顔を見合わせる。「どうよ。」と言わんばかりのタイキの顔を見て「そんなテク、どうしたの?」とタバコを吸いながらヨウコが聞いた。「ちょっとね。」とタイキは言うと、得意そうにマリファナを吸った。ぼくは3本目のビールを飲みながら、そのカギを眺める。それはどこまでもカギだった。「カギっていっても、色々種類があるからな。」とタイキは気持ちよくなりながら喋る。「種類?」とヨウコが聞く。「ああ、ここのなら10分。でも動物園のはどうかな。」どうかなって、動物園の檻のキーを全部作る気かよ。「そりゃさ、やってみないことには始まらないだろ。」それはそうだけど。ぼくは黙って壁にかかっているウォーホールによるエルビスの絵のレプリカを見た。それはぼくがタイキにプレゼントした絵だった。
その夜は、3人でダウンタウンに行った。フレンチ・マーケットでめざとくタイキが見つけた絵を、ヨウコが買った。「なにその絵?」ぼくが聞くと、タイキが「知らないのか。」と言う。「これはジャクソン・ポラックよ。」とヨウコが言う。「もちろんレプリカだけどね。」笑いながら10ドル紙幣を出す ヨウコは絵の勉強をするために留学してるのだった。「なるほど。」ぼくは言って、もう一枚の絵を手にとる。「これは?」ぼくが聞くと、ヨウコが首をふる。「名ナシの権兵衛ね。」名ナシか、ぼくはなぜかその絵にひかれて買うことにした。”How much?”と聞くと、黒人の男は指を一本突き立てる。まさかな、と思ったけどぼくが1ドル渡すと、彼はぼくにその絵を手渡してくれた。名ナシの絵だった。
またある日の午後
3パーセントの思いやりがあれば、すべてはうまくいく。という言葉が、英語の教科書にのっていたっけ。爆発音が鳴る中で、おれが思い描いていたのはそんな平和な世界だった。「いいから逃げろよ。」と首がないKが言う。でもさ、逃げるってどこへ?「あっちですよ。」ハリオはこういうときは足が速い。後ろではもたもたとマークとテリーがいつまでも楽器を演奏している。この泥沼の湿地帯で、銃撃戦の中で演奏し続けるなんて「肝がすわってるな。」とおれが言うと、奴らは肩をすくめてみせた。”We have guts naturally.”(「黒人は自然とガッツを持ってるものだ。」)おれはそんな言葉は教科書にあったかなと、思い浮かべた。相変わらず、戦況は最悪だった。