動物園襲撃…3の3
動物園襲撃…3の3
ぼくは落ち込んでいた。夜の部屋で一人ビールをかっくらって酔っ払った。ユキは韓国人の友達の部屋に泊まることになっていたし、タイキとヨウコも顔を見せなかった。ニューオリンズの自分の部屋(窓からは教会が見える)、その教会に向かってぼくはツバを吐きたい気持ち。ただ月だけがいつでもそうであるように、かすかな明かりでぼくの心をノックしてくる。ぼくはそれにどう答えていいのかわからない。英語?イタリア語?スペイン語?フランス語、それとも日本語か韓国語。そういう問題じゃない。
どちらにしても、ぼくに話すべき言葉はない。いつでも言葉は不完全で、何も通じさせることができない。ただ破局への階段を徐々に下り始めているのではないだろうか。これはまだまだ序章にすぎず、やがて来る災難を物語る最初の端緒にすぎないのではないか。ぼくは再びビールをかっくらう。月明かりに、ふと見るとそこに例の小リスがいる。”Hello, sweat heart”(「やあ、いとしい人。」)とぼくは言ってみる。そう、きみはいつだって愛しい。そしてきみがいたから、すべては始まった。そうだろ、ユキ?
「そうね。」とユキは答える。彼女は月明かりに美しく、とっても懐かしいような気さえする。「いつだって、きみはきれいだ。」今夜のぼくはいつになく饒舌だった。だからこんな言葉も平気で出る。「ありがとう。でも。」とユキは窓際に立ったまま、泣き始める。やめてくれ、そんなの卑怯だよ。突然現れて、しかも月明かりをバックに泣くなんて。泣きたいのはこっちのほうさ。「でもあなたは、生きてるじゃない。」とユキが言った。それでぼくは何も言うことができなくなって、ひざまづいたまま頭を垂れた。
どれくらい時間が経ったのだろう。カタッという音がして、ぼくが頭を上げるとそこには小リスがいる。「なぁ。」と言った瞬間、ぼくの目から涙がこぼれる。「やめてくれよ、また。」とぼくは言うけど、涙がとまらない。小リスはササっと歩いて、ぼくの膝元へとやってくる。「どうしたらいいんだ。」と無力感に襲われながらぼくはつぶやいた。すると小リスはぼくの周りを回りだす。「なんだ。」と言うぼくの周りをカタカタと音を立てながら、四足で回り続ける。「魔法でも。」と言いかけると、その瞬間ドアが開いた。
開いたドアから入ってきたのは、ユキだった。”Darling.”(「ダーリン。」)と言う彼女は、いつもよりずっと澄んだ瞳をしていた。”Won’t you stay at your friends’ apartment?”(「友達のうちに泊まるんじゃないの?」)とぼくが言うと、彼女はスーっとやってきてぼくの頬にキスをする。そして”I was worried about you, Susumu.”(「あなたのこと心配だったのよ、ススム。」)と言った。ぼくは”Sorry.”(「ごめん。」)としか答えることができない。せめて”Thank you.”(「ありがとう。」)と答えるべきだったのだろうか。そして自分の無様さをさらけ出し、それでも愛していてくれるこの女性のことを本当にいとおしいと思った。
ついさっきまでの敗北感、失恋したかのうな孤独感、わけのわからない罪悪感などは一斉に消え去った。ほんのささいな、ちょっとしたユキの思いやり。いやそれはちょっとしたってもんじゃなく、予定をキャンセルしてまで来てくれるってのはよっぽどのことだし、最高に嬉しかった。ぼくはもはや無力ではなくて、意味のある存在だった。そしてもし「きみ」が望むならもう一度トライしてみよう。チャンスは何度でもやってくる。ただその前髪をつかまなければいけない。女神はショートカットなのかもしれないのだから。
まるでダンスするように
首のないKがヤリを振り回すかたわら、おれはどうしたらよいのかわからない。”To fight or to run, it is a question.”(「戦うべきか、逃げるべきか。それが問題だ。」)などと俳優気取りでテリーは言ってる。マークはギターが武器にならないことをわかってか、あっという間に逃げ去ってしまった。ハリオ?「ハリオはどこにいった。」おれが叫ぶと、後ろで声がした。振り返ると、どこから手に入れたのかハリオは刀を持っているじゃないか。「こういうことでしょ。」しかもすました顔で笑ってやがる。”That’s right.”(「そうだよな。」)と言う声がするので、横を見るとテリーが大きなオノを抱えて立っている。「まいったな。」とつぶやきながらも、おれは逃げる準備をしにかかる。