動物園襲撃…3の2
動物園襲撃…3の2
どこからかジャズの軽快な音楽が聞こえてくる。たぶん館内音楽で流しているのだろう。その中をぼくは先頭にたって、警備室の前までやってくる。すると予定通りタイキが向こうで騒ぎ始める。”Hippopotamus ate my sunglasses!”(「サングラスをカバが食べた!」)とか変なこと言って。すると警備室から黒人と白人のガードマンが飛び出していった。よし、計画通りだ。ぼくがこっそりと中をのぞくと、そこには眼鏡をかけた主任らしき男がイスに座って室内モニターを眺めている。ぼくはユキとヨウコに合図してから、身を乗り出した。
“Excuse me.”(「すみません。」)ぼくは腰をかけている主任らしき男に向かって声をかけた。心臓がドキドキと高鳴って、流れているジャズに合わせて思わず踊り出してしまいそうだ。ほら「お暑いのがお好き」でマリリン・モンローが踊ってたじゃないか?いや踊っていたのは女装をしたジャック・レモンだっけ?”Yes, Sir?”(「はい、どうしました?」)と言って主任がぼくの方へと歩いていくる。ぼくはドギマギしながら「と、友達が困っていて、サングラスをタイガーが食べてしまったんです。」とブロークンなイングリッシュで言った。すると思わず横に隠れているヨウコがニヤっと笑った。
主任はヨウコとユキには気づかなかった。そしてぼくは彼の手をひいて、トラがいる檻の前まで連れて行くことに成功した。トラの純粋な瞳を見て、主任は笑顔までは浮かべなかったけど快く対応してくれた。ぼくが英語のできないアジア人という感じでいると(実際半分はそうなのだけど)、彼は肩をすくめてゆっくりと説明してくれる。「このタイガーは、普段からしっかり肉を食べているからサングラスなど食べないし、食べたとしてもすぐに吐き出すからわかるだろう?それに万が一そういうことがあっても、われわれはしっかりと入場前の説明文で動物にエサをやらないことを提示しているから、過失があるとしたらお客様のほうになるんだよ。」てな具合。それをゆっくり冷静に簡単な英語で言ってくれた。ぼくはその間、困ったようなわからないようなそんなフリをした。そして、そんなフリをしている自分に少し酔っていた。
アメリカ人でもいい人とわるい人がいる。それはどこの国に行っても同じことだ。外国人であるぼくに向かってぞんざいな対応をする冷たいマザーファッカーがいるかと思えば、このような親切なジェントルマンだっている。時間に追われているかどうか、また人種的な偏見があるかどうか、そして気持ちが伝わっているかどうか。いくつかのポイントでぼくは相手を判断するし、相手もこちらを判断する。それで気が合えば、逆上がりをしたり、木に登ったり、動物園を襲ったり。気が合わなければ、できるだけ遠くに逃げる?たとえばアメリカのニューオリンズまで逃げてきたぼくは、結局のところただのニホンジンでしかない。今、警備室でぼくら四人は座らされ、主任から説教をくらっている。
「ほんとに頭にくるよな。」と帰り道にタイキが行った。ぼくは車を運転して、ミシシッピ河の畔に止める。「仕方ないよ。」とヨウコも少し残念そうに言う。”Too bad.”(「残念ね。」)とユキまで肩を落としている。残念?なにが?ぼくらは確かに無力だったよ、でも精一杯のことをやったじゃないか。カギを作る練習もしたし、みんなを集めて決起集会も開いたし、ぼくなんて部分的記憶喪失にさえなった。あとは動物たちを無事に解放…そこまで言うと、突然ドっと涙があふれた。自分でも思いもよらないことだ。彼らは驚きながらも、涙を流すぼくを慰めてくれた。タイキはぼくの肩に手をおき、ユキは手を握っていてくれた。ヨウコは歌まで歌ってくれた。自分でもなにが悲しいのかわからなかった。ただミシシッピ河に沈む夕日があまりに美しすぎたのかもしれない。
まるでダンスするように
おれたちは落ちてきたヤリを前に、立ち尽くした。「戦うって、バトルロワイヤルってこと?」とハリオが言う。おれは思わず身構えながら反論する。「いや待て、おれたちは仲間だ。そうだろ?」そう言うと、連中はニヤっと笑った。それはどっちともとれる表情だった。でも顔のないKの肉体だけが、スパーンと動いた。テリーとマークが”Just a minute, man.”(「ちょっと待てよ、このやろう。」)と叫んだ。しかし奴は待たなかった。そしてヤリを取ると、こう言った。「これはおれのものだ。」それで戦いのゴングが鳴ってしまった。考えている暇などない、Kはヤリを振り回し始めた。こちらには武器はないというのに。