動物園襲撃…3の1
動物園襲撃…3の1
そしてぼくらは動物園へと赴く。オンボロの車はエンジンをブルブルいわせている。助手席にはユキ、後ろにはタイキとヨウコ。どこで購入したのかヨウコは金髪のウィッグを、タイキはサングラスをかけている。「ボニーとクライドみたいだろ。」とタイキは言う。「知らないけど。」とぼくが答えると、「えー知らないの、あの映画見てないんだ。」とヨウコが言う。「昨日も見たんだよ。日本語のタイトルは、俺たちに明日はない。」と聞いたもんだから、ますます嫌な予感がしてくる。明日はないって。”What movie are you guys talking about?”(「なんの映画について話してるの?」)とユキも話しに加わろうとする。だけど彼女もそんな映画は知らない。彼女が好きなのは岩井俊二の「Love letter」とかそういう種類なんだ。
オーデュボン動物園に到着すると、駐車場に車を置いた。そして入園料の9ドルを払って、堂々と入り口から入る。黒人の女が受付で笑っている。アジア人が珍しいのか、それとも単に愛想がいいのか。というか似合ってない大きすぎるタイキのサングラスとか、ヨウコはウィッグをつけているけど明らかに不自然でアジア人とわかるし。全体的に変だった。そのせいで彼女は笑ったんだな。ぼくらはそそくさと入り口からゲートをくぐる。
中に入ると、いきなりジャングルのように木が茂っていて鳥コーナーがある。英語でなにやら名前が書いてあるが、おそらく日本語でも鳥の種類なんてわからなかっただろう。「どこだよ、警備室は。」とタイキが言った。どこって、あれだけマップを見つめていたじゃないか。とぼくは言おうとしたけど、ここで言い争っている場合じゃない。「ほら、こっち。」とヨウコが案内図を見つけて言った。なんだ、その案内図は親切に警備室まで書いてある。バカじゃないのかこの動物園は。とぼくは思ったけど、もちろんバカなのはぼくらだった。”Let’s go.”(「行こうよ。」)となぜかユキもやる気になっている。それとも人知れずエキサイトしているのだろうか。そう、ぼくたちはみんな興奮していた。当然だ、こんな無謀な計画を誰が思いつく。そして誰が実行に移す。
シカやスカンク、ゴリラのいるあたりを通り過ぎる。ゴリラはこっちに無関心に寝そべっている。おい、こんな退屈そうなゴリラまで解放してどうしようというんだ。「それにスカンクなんて解き放ったら、町中大騒ぎだぜ。」とうとう耐え切れずにぼくはそう口に出した。三人がこちらを振り返る。ユキも事情を察したらしい。「なぁ、ススム。」とタイキが言った。「なんだよ。」とぼくは答える。「そんなこと全てわかってたことじゃないか。」と奴は続ける。「そうよ、今さら。」とヨウコ。「そうだけどさ、でもやっぱり。」とぼくは煮え切らない。成功しても失敗しても、どちらでもメリットがないんじゃ、やりがいがないってもんだ。
「そりゃライオンもトラもいるんだからな、町は大騒ぎさ。」とタイキは言った。「でもさ、その結果がどうなるか見てみようじゃないか。」そんなこと言って、死傷者が出たら誰が責任を持つんだ。「おれたちだって、強制送還じゃすまないかもしれない。」とぼくは頑固に言い張った。ここで説き伏せないと、本当にそうなるかもしれない。「おい、お役所仕事かよ。」とタイキが腹を立てて言った。「マイナス思考ね。」とヨウコも言う。そういう問題じゃないだろ。とぼくはユキに助けを求めて視線を送る。だけど彼女も首をかしげるばかり。まるでぼくが勇気の足りないどっかの臆病ライオンみたいな扱い。「わかったよ。」とぼくは答えた。「やってやろうじゃないか。」
まるでダンスするように
おれたちが外に出ると、何十日ぶりかに見る太陽がまぶしかった。暗闇から生まれてきた太陽を見るドラキュラのような気分。「生き返りますね。」とハリオ。テリーとマークも目を細めながら大地を眺めている。「ここがおれたちの新大陸だな。」と自分の首を持ったままKが言う。「思ったより静かだな。」とおれは答える。まるで台風と爆撃で全てがきれいさっぱり流されたみたいだ。「ノアの箱舟じゃないんだから。」とおれがうそぶいたら、空からヤリが降ってきた。”Oh my God.”(「オーマイゴッド。」)と全員が口に出す。なんだこのヤリは。「これって、戦えってことじゃないか。」と首のないKがすまして言う。戦う?って誰と誰が。