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動物園襲撃  作者: ふしみ士郎
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動物園襲撃…1の1

 かといって、彼女が小リスのことを嫌っているというわけじゃない。


動物園襲撃…1の1


 かといって、彼女が小リスのことを嫌っているというわけじゃない。そこは理解してほしいんだけど、ユキはとてもセンシティブなんだ。ってぼくが、ヨウコに言うと彼女はコーヒーを飲みながらタバコを吸った。「そんなこといっても、そのリスは動物園の持ち物なんでしょ。」ぼくはヨウコの寝ぼけまなこをじっと見て、そしてうなづいた。「じゃあ、ユキがリスを好きとか嫌いとか関係ないんじゃない。」もっともだ、寝起きにしては冴えてるな。「じゃあ、リスを動物園に返せって言うの?」ぼくが聞くと、ヨウコは目の前を通る黒人少年に手を振る。相手は不審そうに通り過ぎた。「なんだあのガキ。」ヨウコは舌打ちすると、灰皿にタバコの灰を落とす。その灰が現実の空から降ってくるまでには、まだしばらくかかりそうだ。


「よし、そしたらあらゆる種類のカギを用意しよう。」そう言ったのは、タイキだった。「どーすんのよ、カギなんて。」ヨウコはようやく目が覚めたとばかりに、大あくびをしながら尋ねた。「ばーか、決まってるだろ。動物たちを救うんだ。」タイキはコーヒーにシュガーを三杯もいれてからつぶやいた。「救う?」ぼくはわけがわからずに反芻する。いったい何の話をしてるんだ?「だから、動物たちを救うんだよ。」もう一度タイキは言った、今度は大きな声で。「ちょっと大声出さないでよ。」とヨウコは言って、隣の白人のおばちゃんに愛想笑いをしてみせた。いかにもこのニホンジンの男友達は「手に負えない。」とでも言わんばかりに。でも実際のところぼくもヨウコも、タイキの計画について何もそのときはわかってなかった。


「ちょっと待ってくれよ、タイキ。」ぼくはようやく声に出すことができた。「なに?」とタイキはぼくを見て笑う。あまりにも純粋、というか馬鹿というか。その判然としない領域、つまりアメリカのニューオリンズでぼくたちは出会った。もともと、ぼくがオーデュボン公園を散歩していたとき、向こうから銃の音がバンバンバンと聞こえてきたのだ。さすがの白人たちでさえ、そちらに注目していた。で、ぼくが駆け寄ってみると、そこにいたのはサングラスをしたニホンジンの彼だった。「まったく、降りてきやがれ!」とヤツはそう叫んでいた。そして”Shit, man.”(「くそったれ。」)とかぶつぶつ言っては、周りの人たちに”Hey, can you get that for me?”(「あれを捕ってもらえますか?」)とか頼んでいる。それで白人が”Oh, boy. You can’t shoot them like that. You’ll get arrested.”(「そんな風に銃で撃ったりしちゃいかん。つかまるぞ。」)とか言われている。するとタイキは”Don’t worry. This doesn’t have any bullets here.”(「心配しなくても、弾なんて入ってないから。」)と答えている。


 ぼくが遠目からそんなタイキを見ていると、やつは目ざとくぼくのことを見つけた。「ねぇ、そこのニホンジンの人。」明らかにそれはぼくのことだった。周りの白人たちもみんなぼくのことを見た。ぼくは雨の日のカエルみたいにすごすごと、みんなの前に出る。「なに、してるんですか?」ぼくが聞くと、タイキはサングラスを外して木の上を指差した。ぼくがその指の先を目で追うと、そこには小さなリスがヘビとにらめっこしてるじゃないか。「あら。」と思わずぼくが口に出すと、「早くしないと食べられるぞ。」とタイキが言った。ぼくはそこで、ゴルファーの白人を見つけて、彼に頼み込んだ。つまりゴルフボールを木に向かって打ってもらったのだ。ラッキーなことに、そのゴルファーはなかなかの腕の持ち主だった。少なくともタイキの空砲よりは威力があった。スネークの横にゴルフボールが当たって、それに驚いたヘビは地面にポンと落ちた。みんなもびっくりして、一瞬ひるんだところをヘビはするするとやぶの中に逃げていった。


タイキはそのやぶに向かって空砲をもう一度鳴らして、フーっと息を消すマネをしたもんだから、白人たちは彼に向かって拍手喝采をした。”Good job, Japanese gunman!”(「いいぞ、ニホンジンのガンマン!」)という声まで聞こえてきた。実際には、彼は何もしていないのだけど。ゴルファーは自分の球をさがしに行ってしまっていたので、誰もそれに対して文句を言う人はいなかった。ぼくはアメリカってなんて大らかというか、バカな国なんだろうとか思ったものだ。それはでも、まだまだ始まりの始まりにすぎなかったのだ。今思えば。で、タイキはぼくの方に寄ってきて”What’s up?”(「元気かい。」)と言った。ぼくも”Hello,”(「こんにちは。」)と返したけれど、タイキは不審そうにぼくを見ていた。そして「いつ、来たんだ?」と聞いてきたので「おととい。」とぼくは正直に答える。「なるほどね。」とタイキは言って、またサングラスをかけた。それが奴との再会だった。


「とにかくさ、カギを集めてきてくれよ。できるかぎり動物たちを救いたいからさ。」とタイキは愛するコーヒーに四杯目のシュガーをいれながら答えた。これだけシュガーをいれても太らないのが不思議だ、とヨウコなんかは文句を言った。「わかったけど、そのカギが動物園のカギにあうとは限らないよ。」とぼくは苦言をていした。「わかってるって。」とタイキは自信満々に答える。そう、奴はいつだって自信満々なのだ。「だけどさ、ユキが動物嫌いなら、救ってもまた動物園に逆戻りじゃない?」ってヨウコが言う。「じゃ、ユキのことはススムにまかせるから。」とタイキはぼくの目をまっすぐに見て言った。ぼくはうなづくしかなかった。




またある日の午後


 銃弾が飛び交うなか、おれはやつらと沼を歩いている。ふざけるな、って首のないKは言ったけど「動物園を襲うにはこの沼を越えていくほうが速いんだ。」とハリオが調べたのだ。灰色の雲、そして紫の太陽。「まったくおとぎの国のアリスじゃないんだから。」とおれは言ったけど、それに対して笑うものはいなかった。テリーとマークは自分たちの楽器を背負って、黙ってうしろからついてくる。なぜか先頭はおれとKで、真ん中にハリオがいる。それがおれたちのグループだった。「弾はあるんだろうな。」とKが言う。そこらじゅうで銃撃戦があるというのに、おれたちはほとんど裸で歩いているんだから世話がない。「たぶんな。」とおれは答えて、ハリオを振り返ると「もちろん。」という明るい声。まったくどこまでも能天気なんだから、幸せというか。と、そのとき大きな爆発音がした。



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