動物園襲撃…2の6
記憶とは不思議なものだ。
動物園襲撃…2の6
記憶とは不思議なものだ。最近のことは忘れてしまうのに、昔のことほどよく覚えている。特に部分的記憶喪失になったぼくはより一層それが激しくなった。ユキのことがわからなくなり、ユキと間違えることがよくあった。”Yuki? She is your ex-girl friend. Get out!”(「ユキ?元カノだよね。出てって。)そう言うユキは可哀そうなくらいだった。でもそう言われてキョトンとしている自分自身、とっても惨めなものだ。仕方なくぼくは部屋からすぐ横のメキシカン・レストランで昼間からビールを飲む。軽やかでノリのいいスペイン語の歌が流れている中を。
テラスでタコスを頬張っていると、目の前のストリートを自転車に乗ったタイキが通りすぎた。「ヘイ、タイキ!」サングラスをかけたままぼくは声をあげる。するとそれに気づいてタイキがやってくる。「よう、ワッツアップ?」奴はそう言いながら、目の前にあるぼくのコロナを瓶のままゴクリと飲んだ。「ワッツアップ、体調は最悪ですけど。」とぼくが言うと、奴は不適な笑みを浮かべながら「アミーゴ、ムイビエン。ウナ、セルヴェーサ、ポルファボール。」(友よ、いいね。ビール一本お願いね。)とかスペイン語で注文した。「暗い顔するなよ。記憶なんて元からあいまいなもんだろ。」とタイキは座りながら言う。たしかにそうかもしれない。「あまり深く考えるな、メーン。」とか言ってタイキはぼくのサングラスを取るとかけた。「だけどさ。」とぼくが言おうとすると、タイキが笑う。「ちょうどお前の部屋に行こうとしてたんだ。」どうして、と尋ねるぼくにタイキは答えた。「どうしてって。動物園のことだよ。」奴がわざと小声で話すのがおかしかった。だって誰もぼくたちの日本語を理解できるわけないのだから。
ちょうどコロナとタコスがやってきたときに、目の前のストリートをヨウコが歩いてきた。「おい、ヨーコ!」とタイキが大声で叫ぶ。「あれ、そこにいたの?」ってな感じでヨウコがやってくる。「ストリートカーがちんたら走るから遅れちゃった。」と言いながら、テーブルの上の水をゴクリと飲んだ。まるで生きてるって幸せだよ、とでもいうような飲みっぷり。「ほんと暑いよね。どう体調は?」とヨウコもテラスの席に座りながら聞いてくる。ぼくは肩をすくめて、首をかしげるしかない。「そう、でもあたしのことは覚えてるなんて、ステキなやつだよね、あんた。」ぼくにも色々と言いたいことはあったけど、そこはスルーすることにした。「でさ、動物園、明日にでもどうだ?」と唐突にタイキが言った。ぼくのサングラスをかけているので、目の動きが読めない。本気なのか冗談なのかわからない。でも奴のことだ。「それって本気?」とぼくが聞くと、当然と言うようにタイキは指でピストルの形を作って、ぼくの額にピタリとつける。そしてこう言った。「生きてるってどういうことだ?」
タイキのセリフに吹き出したのはヨウコだった。「なにそれ、あんた。漫画の読みすぎじゃない。」そう言って、注文したテキーラに口をつける。「おれはいつだって本気だ。」それはそうかもしれない。それがタイキのよさであり、あいまいすぎるぼくとの違いだ。一本芯が通ってるというか。「じゃあチームのみんなに連絡しなくちゃ。」ぼくが言うと、二人は顔を見合わせた。そしてタイキがこう言った。「なんの話しだ。動物園に行くのは、おれたち四人だぞ。」え、だってWキムやゲンちゃんやマサヒコ、レイチェルにデビッドは?ぼくがユキから聞きなおした記憶で反論しようとすると、ヨウコが手で制した。「頭打ったから忘れてしまったみたいね。チームは解散したのよ。」え、どういうことだ。せっかくの必勝パーティーや、コンビネーション練習、偵察はどうなった(結局偵察には行ってないみたいだけど)。「四人だ。」タイキがもう一度言う。四人ってまさか。「もちろん、そうよ。」ヨウコが平然と言って、ぼくのサングラスをタイキから奪ってかけた。太陽は照りつけたままだ。
そして津波の後に
暗室なような暗がりの密閉感の中、おれたちは何日も過ごさなければならなかった。そのうち食料もつきるんじゃないのか。「いやここの倉庫に一ヶ月分はありますよ。」とハリオが扉を開けて言う。「これで練習も十分できるってもんだ。」首をテーブルに置いたままKが喋る。そういう問題かよ。おれがテリーたちを見ると、奴らは一日中トラップしている。そして滑稽な姿のままトランプしている。こっちだってマリファナに手を出したけど、中毒になるほどじゃない。するとKが首を振り(体が首を持ちながら)、「忍耐力、組織力、認識力。」と勝ち誇ったように言った。