動物園襲撃…2の4
「いやー自分でも笑っちゃうくらいだ。」とぼくは言ったものの、ハッキリと自分が転んだ記憶さえない。
「チャンスだったのにな。」そう言うとタイキはケラケラと笑った。「あれだけ豪快に転ぶとはね。」と横でヨウコも笑っている。”They laughed at you, right?”(「彼女たちも笑ってたよ。」)とはユキの言葉で、彼女たちとは当然相手チームのことだ。「いやー自分でも笑っちゃうくらいだ。」とぼくは言ったものの、ハッキリと自分が転んだ記憶さえない。ぼくはあの日、どうやら軽い記憶喪失に陥ったようだ。もちろん、すべてを忘れたわけじゃない。タイキやヨウコ、ユキのことはわかる。でも自分の名前や年齢、出身地が出てこない。周りから言われて「あーなるほど。」となるくらい、どうもしっくりこない。
「病院で見てもらえば?」ってヨウコに言われて、そうすることにした。病院へ行くと、黒人の看護婦が親切に案内してくれたけど、なにを喋っているのかは聞き取れない。外国の病院に自分がいる、というシチュエーションはハっとさせられる。たぶん経験したことのない違和感。ぼくの記憶に間違いなければ。心がゾワゾワするし、周りから聴こえてくる歌のような外国語(英語なんだけどニューオリンズなまりがひどい)がより一層ぼくを不安にさせる。そう、簡単に言えば「こわい」のかもしれない。
診察は白人ドクターに見てもらって、色々聞かれた。それを必死で英語で答える。”Name?”(「名前は?」)「ススム。」だ。”Where are you from?”(「出身地は?」)もちろん「ジャパン。」である。”What?”(「なに?」)と問いただすドクターホワイト。だから”Japan.”(「日本。」)とぼくが言うと”Oh, Japan.”(「おージャパンね。」)って最初から言ってるのに通じてない悲しさ。それからシンプルなやり取りがあって、英語のせいで半分くらいしかわからず、ぼくは軽い記憶障害だけど時間がたてば戻るでしょう。という診断を受けて、簡単な飲み薬をもらった。そしてこのすべてで100ドルもかかり、ぼくはそれを海外旅行保険というので支払った。まったく便利なのか安全なのかわからない世の中だ。結局何も解決してないのが笑ってしまう。
「でもこれくらいはわかるよね。」とヨウコが目の前で手のひらを広げる。「なにそれ?」ぼくは聞く。グーパーと手を広げてみせる彼女に、ぼくは再び尋ねる。「グーパー?」勢いよくうなづくヨウコは「イエス、あんたはパーになりかえているけど、グっとこらえたら助かります。」なんのアドバイスだよ、バカにしてるのか。と言いたかったけど、これでも彼女なりにぼくを元気づけようとしているのかもしれない。「じゃあさ。」とさっきからうちのソファでギターをいじっているタイキが言う。ぼくはたまらなく嫌な予感がする。
「じゃあ、お前ユキに会ってきたら?」ユキがキッチンにいるのをいいことに、タイキはユキの名前を出した。一瞬の静寂とともに、ぼくはビールを飲む。「飲んで、大丈夫なの。」とヨウコが珍しく気を使う。「イエス、アイアム・パーフェクト。」と言ったものの、その後は何も浮かばなかった。「だからさ。」とタイキがギターを奏でる。もうその続きは聞きたくなかった。ひどいめまいがした。ぼくは叫びたかった。向こうからユキが顔を出すのがわかった。ぼくはビールを飲んだ。小リスはどこにいった。もう動物園も襲撃したくなかったし、ユキにも会いたくたかった。何しろぼくは部分的記憶障害者なのだ。
そして津波の後に
「で、これからどうする気だよ。」とおれは言ったものの、それが誰に向けた言葉なのか。宙を浮かぶタバコの煙は、船体が揺れようとも平然としている。「これからまた戦闘です。」とはハリオの言葉。戦闘?演奏じゃないのか、と聞きたかった。おれは頭を振る。するとテーブルの上のKの頭がつぶやいた。「いくら頭を振ってもいい考えって浮かばないもんだ。おれが言うんだから間違いない。」その上、死にたくなるんだよ、と首のないKの体がユラユラと揺れている。テリーとマークはいよいよマリファナに手を出し始めた。おれは気が気でない。こんなところに閉じ込められたまま、船に爆弾でも当たったら沈没してしまう。