動物園襲撃…1の10
ガーデン地区というだけあって、周りの家には草花が植えられてる。
動物園襲撃…1の10
ぼくはガーデン・ストリクトのカフェレストランに入って、テラスでお茶をしている。ガーデン地区というだけあって、周りの家には草花が植えられてる。目の前のメイプル・ストリートを車が何台か通っていく。ウェイターがぼくのコップに水を注ぐ。白人の老夫婦やらが遅い食事をしている。蒸し暑いけど、テラスは影になっているので居心地がよかった。風も吹いている。
しかしタイキの言うことはイマイチわからない。前からそうだったけど、どこか頭のネジがとんでるんじゃないだろうか。それとも天才とバカは紙一重って本当なのだろうか。動物を襲うのはいいけど、その後はどうすればいいんだ。カギを開けて逃げ出した動物たちが、ニューオリンズ中を駆け巡る様子をぼくは想像した。「ま、わるくないか。」とぼくはつぶやくと、老夫婦と目があって笑う。ぼくの頭のネジも気がつかないうちにゆるんできているようだ。もしそうならニューオリンズの暑さがそうさせるんだ。”Not bad.”(「わるくない。」)とぼくは英語で言ってみる。すると老夫婦も笑顔を作って、ぼくに対して微笑んでみせた。”Not bad.”(「わるくない。」)
“I’m late. Sorry.”(「遅れたわ。ごめんね。」)と言って、ユキがテラスに現れた。ぼくはウトウトしかかっていたので、それが一瞬夢じゃないかと思えた。けど美しいユキがぼくに口づけをしたので、それが夢でないとぼくにはわかった。もう老夫婦はいなかった。ウェイターがやってきて、注文を聞いたので”An orange juice, please.”(「オレンジジュースをお願いします。」)と学校帰りのユキが言った。”So hot.”(「暑いわ。」)とユキは言いながら、黒いタンクトップの上から汗をふいた。彼女は髪をポニーテールにしていて、ぼくはそれが好きだった。家では髪をおろしているけど、ポニーテールにしていると活発そうに見える。ぼくは泣いている彼女より、活発な彼女のほうが好きなのだ。
“What are you thinking?”(「なに考えてるの?」)とユキが言う。ぼくはぼーっとしたまま、彼女の髪に触る。”You like this hair style, don’t you?”(「このヘアースタイル好きだったよね。」)と彼女は言って、もう一度ゴムをとって髪を結びなおす。その瞬間ぼくはひらめいた。リスは、きっと生きてる。そしてぼくを待っている。そう、ぼくを待っているんだよ。ぼくが思わず立ち上がったので、ユキだけじゃなくて何人かの白人もこちらを見た。”Are you all right?”(「大丈夫?)と彼女はオレンジジュースを取りながら言う。”Yeah, I got an good idea.”(「いい考えが浮かんだんだ。」)とぼくは答えて、イスに座りなおす。”Can I ask what idea you got?”(「どんなアイデアなのか聞いていい?」)とユキは楽しげに言った。「長くなるよ、説明すると。」とぼくは言ったものの、それがどんなアイデアなのかハッキリとしてるわけじゃない。ただ単に”He is alive.”(「やつは生きてる。」)ってだけなんだ。”Who?”(「誰?」)とユキは聞き返したので、ぼくはあの小リスの様子を指を使って再現した。“Are you crazy?”(「あなたおかしいんじゃない。」)ってユキに言われたものの、ぼくは正気だった。
もちろんそうさ。そして動物園襲撃もきっと成功するって思った。まずはエレファント、そしてゼブラ、最後にタートルさ。とまでわかったけど、それらをユキに説明するのはやめておいた。だってまた「クレイジー。」って言われるからね。いやもしかすると、ぼくもタイキと同じでやっぱりクレイジーなのかもしれない。だけどそんなことは関係ない。今は何よりカギの仕事を仕上げるのが先なんだ。ぼくが席をたつと、ユキはオレンジジュースを飲み干して肩をすくめてみせた。そしてポニーテールをくくりなおした。
またある日の午後
海から見える風景はいつだって最高。おれは心の中でそう思っている。だけど実際に波の上から見ている光景には度肝を抜かれた。向こうは火の海、そのまた向こうは黒雲におおわれ、空では戦闘機がいくつも爆弾を落としている。「世界の破滅?」いや待てよ、まだ核兵器は使われていないはず。ということは、可能性はある。ここが第三次世界大戦のど真ん中であろうと、望みは捨てちゃいけない。そう考えているまに、波はおれをさらに押し上げて空に放り投げる。一回転しておれが落ちたのは、再び泥沼の世界だった。唯一、そこに救いがあったとしたらこういうことだ。つまり目の前にあいつらが現れて、しかも船上で演奏してたってわけ。