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動物園襲撃  作者: ふしみ士郎
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アメリカ留学の果て

 オーケー、物事は最初から決まっているわけじゃない。

動物園襲撃…序章


 オーケー、物事は最初から決まっているわけじゃない。というのも、ぼくも最初からあの動物園を襲撃しようと考えていたわけではなかったからだ。だって想像してごらん、目の前に広がるオーデュボン公園はニューオリンズでも一番といっていいステキな公園なんだ。アップタウンにあるその公園の横にはテュレーン大学っていう南部ではそこそこ有名な大学があって、そのキャンパスの横をストリートカーが走ってる。あのテネシー・ウィリアムズの「欲望」の電車のことだ。そしてオークの木々が並ぶそのストリートを渡ると、オーデュボン公園があるってわけ。ぼくがこの町に来たとき、白人のおじさんが車でこの公園を一周してくれたのを今でも覚えている。向こうにはミシシッピ河が流れていて、汽船がボーという汽笛を鳴らしたりしていたっけ。


 というわけで、ぼくはこの町に住むようになった。そしてオーデュボン公園にいつも足を踏み入れては、散歩したりさ。目の前をサングラスをかけたアメリカ人が走っていく。なんせ彼らは走るのが好きだからね。半分は仕事なんじゃない?って思ったりするくらいだ。そして日曜日になると、公園の隅々でピクニックが繰り広げられている。いやそんな大きなものじゃない。ただのファミリープランっていうのかな、黒人の夫婦とその小さな娘とか、そんな感じでシートを広げてサンドイッチを食べたりする。青空とニューオリンズの湿気があたりを覆ってる。なんだったらオーデュボン公園にはゴルフコースまで小さいながらあって、白人とかが打ちっぱなしをしている。ニホンジンには想像できないくらいデカイ公園なんだ、これが。


 そしてその一番奥にあるのがオーデュボン動物園。初めはなんでそんなところに動物園があるのかわからなかったし、どうせしょぼいんだろうな、って思ってた。でもさ、ユキを連れて遊びにいったんだ。ユキはぼくの彼女でコリアンだ。ひどくセンシティブで、彼女は動物園に行くのを嫌がった。「でも動物園だよ。」ぼくは英語で言う。彼女は”Sure. I know!”(「もちろん、わかってるわよ。」)って答える。「じゃあなにがいやなの?」ってぼくが聞くと、彼女は首をかしげて”Smell like shit.”(「クソみたいな匂い。」)と言った。ぼくは思わず笑ったね。「いや、じゃあさ匂いのしない動物園ってあるの?」ってぼくが聞くと、彼女は”In a movie…”(「映画の中…」)って答える。「映画の中って。」ぼくは彼女の手を引っ張る。とにかくさ、ぼくのよさっていうのは行動力だからね。って自分で言うのも変だけど、とにかく彼女を車に押し込むと、ぼくは動物園に向かった。


 隣にある動物園だけど車に乗って行くくらいのキョリなわけ。なにしろデカイ公園だからね、もちろんそりゃ歩いて行ってもいいんだけど。だけどそれじゃユキがまたブツブツ文句を言い出すかもしれないじゃない?だからササっと行動してね、ぼくたちは車で動物園までやってきた。それは何の変哲もない普通の動物園だった。なんだったら匂いもさほど気にならない。”Not bad.”(「わるくないね。」)って彼女までちょっとテンションが上がってさ。ほんとわるくない感じ。シロクマはいない、ゾウはいる、カンガルーはいない、でもシマウマはいるし、もちろんアリゲーターはいる。何しろニューオリンズは湿地帯がすぐ近くだから、ワニやアリゲーターを捕獲するのはたやすい。とにかく、それがぼくにとっての最初の、あっけないくらいスムーズな犯罪だった。


っていうのも、帰りにぼくとユキの肩にひっついていたのが、小リスだったから。”What’s this!?”(「なにこれ。」)って驚く彼女を尻目に、ぼくはリスと遊んでいた。いや意識的にリスを盗んだ、ってわけじゃないんだ。ただ帰りにリスと遊ぶコーナーがあったから遊んでたら、やつがすごく愛しい瞳でぼくをのぞきこむんだ。「このままツレテイッテ。」小リスがそう話しかけているのをぼくは見逃さなかった。いや確かにそう言った。それでヒジの部分にリスをのっけて出口から出た。いや、でも考えてみてよ。リスなんてオーデュボン公園のそこらじゅうにいる。だから、今さらリスの1匹や2匹。


 だけどぼくがそう主張しても、ユキは譲らない。「じゃあさ、どうすんの。このリス返しにいく?それで捕まって罰金はらうとか、もしかしら強制送還とかになるってわけ?」ぼくがそう言うと、一瞬ユキは黙り込んだ。そして少し考えてから”It’s nice to live with such a small animal.”(「小さな動物と暮らすのもいいかもね。」)と言った。「でしょ。」ぼくはそう言うとすぐに小リスをバスタブに連れて行って洗った。リスは思ったとおりにラブリーでこちょこちょしていて、しかもおとなしくしていた。だけど、それが元でぼくらは動物園を襲撃するハメになったのだ。


またある日の午後


 彼女がいなくなって、おれはうちひしがれた。するとハリオって友達がある日、Kを連れてやってきた。「なんだ、お前ら。」おれは首のないKと、うつむいているハリオを交互に眺める。横にはテリーとマークという黒人がいる。やつらはミュージシャンでおれらの仲間だった。「いつまでもそれじゃいけないと思う。」とハリオが言う。「じゃあさ、お前が代わりに何かやってくれよ。」とおれは答える。「うん、だからこんなのどう?」って言ってハリオが広げたのが、オーデュボン公園の地図だった。そこには→やクネっとした文字や?とか!の文字が躍っていた。「なにこれ?」おれは奴らの顔を順番に見る。「動物園を、襲うんだ。」笑ってるハリオの代わりに、首のないKが言った。


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