外出(in夢)
普段はめちゃくちゃな場面転換の夢のばかり見るんですけど、ごく稀にストーリーの性のある夢を見るんです。今回はそれにちょっと手を加えてみました。
※ノベルアップ+にも投稿しています。
近頃はずっと家の中にいる。外へ行きたいのはやまやまだが、新型ウィルスの蔓延だかなんだかのせいで、部屋に引きこもっているというわけだ。
特にやることもなくダラダラしていたら、眠くなってきた。
「最近寝てばっかだなぁ。せめて夢でくらいは外行きてえよ。友達にも会いたいし。」
そんなことを思いながら眠りに着いた。
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気がつくと自宅の玄関だった。
「え?あれっ⁉︎」
突然の光景に驚く。
「俺、いま眠ったばかりのはずなのに...。」
やけに記憶がハッキリしていた。
服装も普段着に戻っている。
ベタな話だが、頬をつねってみた。
痛い、感覚もハッキリしてる。
まさか
「こ...これは...ッ!異世界転生ってやつかぁ〜〜〜!!!」
...なんてな。それはありえない。だって目の前、”自宅の玄関”だぜ?もろに現世じゃん。
「あれだね、これは、明晰夢ってやつだね。」
そう考えると納得がいく。俺の外へ行きたいという想いがこんな夢を見せたのだろう。けどなんで自宅スタート?どうせならもっと遠くに...。
「まあ、せっかくだし楽しみますか〜。」
気楽にドアを開ける。案の定、見慣れた風景が広がる。完全にうちの前だ。だが本当にずっと引きこもっていた俺からすれば、その風景もどこか新鮮な気がした。
不意に、大粒の雫に頬を叩かれる。
「ああ、雨か。」
特に疑問も持たずに受け入れる。傘を差して外へ出た。
夢の世界はやけに完成度が高かった。お向かいさんの壁のキズとか、マンホールの柄とか、もう完全再現。
「がんばってくれてるねぇ〜、明晰夢さんよぉ〜。」
実態のない相手を労う。ウイルスが流行る前は毎日のように見ていた光景、だが今は、それらが俺の心を躍らせた。近所を歩くのも悪くないかな?
ぴょん、ぴょん
足下でカエルが跳ねた。自宅の周りでは雨が降るとよくカエルが鳴く。鳴き声こそ聞き慣れていたが、その主に会うのは初めてだった。
「意外とかわいいな、カエル。」
“かわいい”というのもあくまで夢の中でだが、きっと現実でもそうだろう。そんな期待を抱いて歩いていく。
雨は相変わらず大粒。どうせ夢だしと思って、体で受け止めてみた。心が洗い流されていくようで気持ち良かった。
しばらくして公園に着いた。俺の家の近くには大きな公園がある。幼い頃はここの遊具にお世話になった。でも最近工事が始まって、敷地のほとんどは駐車場へと姿を変えた。
その公園が目の前に広がる。あの時と変わらない姿で。ブランコ、ジャングルジム、長くて急な滑り台、遊び方の分からないオブジェのような遊具。完璧だ。
中でも好きなのがザイルクライミング。ロープ製の東京タワーとでも言うべき見た目だ。まだここで遊んでいた頃の俺は、どうしてもてっぺんまで行くことができなかった。
けど、あのとても子ども向けとは思えないような難易度の遊具がお気に入りだった。
「俺の夢めちゃくちゃサービスいいじゃーん!」
ここはひとつ童心に帰ろう。傘を投げ捨てて駆け足で遊具に近寄っていく。そこで気づいた。
ブランコの横、誰かがいる。
なんだあの人は、見たことがない。
シルクハットにスーツに革靴。顔には片眼鏡と豊かな髭を携え、さながら英国の老紳士の姿だ。
俺が言うのもなんだが、彼はこの雨の中、傘も差さずに佇んでいた。
思えばここにくるまでの間、他に人はいなかった。家の周りの風景は完璧だったのに、人の気配は一切なかった。
それが公園に入った途端、変わった。ここだけ別の世界になったみたいに、昔の姿に戻った。
何かがおかしい。そうだ、この明晰夢が俺の願いを反映したものなら、外に行くだけじゃなく、友達に会うという願いも叶うはず。
こいつは誰だ?どうしてここにいる?
背中を粒が流れていく。雨に濡れていてもはっきりと分かった。冷や汗だ。
ドドッ、ドドッ
心臓が高鳴る。あの男はヤバイ。理由はないがそう確信した。
奴がゆっくりとこちらを向く。
「やあ、今日は実に良い日ですね。」
妙に優しい声が届く。紳士的な風貌によく合った、温かみのある声、だが俺の警戒心はより高まった。
「あなたもそう思いませんか?ミスター。」
こいつは何を言ってるんだ、夢の中で日もなにもあったもんじゃないだろう。
わけのわからないことを言う男を観察する。スーツがやけに雨を弾いていた。
「おや、どうやらあなたはそう感じない?それは残念ですねぇ。」
片眼鏡の奥が光る。あの光はまずい、そう直感した瞬間、俺はザイルの頂上にいた。
「なっ...⁉︎」
頂上は細く切り立ち、いきなり飛ばされた俺は体勢を保てなかった。足がずり落ち、唐突に重力に襲われる。
「うわぁっ!!」
間一髪でロープを掴む。だが表面はじっとりと雨に濡れ、俺の手は滑っていく。
5~6mはあろう高さから地面に叩きつけられる。痛い、痛い、痛い。
「はっはっは!いやぁ、やはり今日は良い日だ!」
奴が俺を見下ろしながら笑う。なんだコイツは、なんなんだお前は⁉︎
「どうです?幼い頃の夢、叶ったでしょう。」
意味が分からない。幼い頃の夢?確かに俺はあそこに登りたかった。子供の頃は何度もここに来て挑戦した。どうしてそれをこいつが知っている⁉︎誰なんだよこいつは⁉︎
「もう少し、遊んでいきませんか?」
やめろ
「次は滑り台などいかがでしょう」
来るな
「さあ!」
片眼鏡が光る。
「うあああああああああ!ああっ!嫌だ!うあっ、嫌だ!あああああああ!!」
必死に走る。やばい、やばい!
公園の大きさを恨んだ。あいつの視界から隠れたいのに、だだっ広い公園に逃げ場はなかった。
走り回っていたはずが滑り台の上に座らされている。ここの滑り台は長いことと角度が急なことで有名だった。
「では行きましょう!」
背中を強く押された。
ジャアアアアアアアッッッ
雨でよく滑るコースを進んでいく。投げ飛ばされそうになるのを堪えながら、終点が近づいてくるのを認識した。
滑り台の終点、つまりそこには身体を支える部分がない。
ドゴッ
とてつもない勢いで飛び出した身体は、鈍い音を立ててジャングルジムにぶつかった。
「いや、素晴らしい!こんなに滑り台を楽しんで頂いたのはあなたが初めてですよ!今日は天気も実に良い!」
奴が嬉しそうに近づいてくる
「さて、次はジャングルジムが遊びたがっているようです。」
「やめてくれ!もうたくさんだ!もう帰らせてくれ!」
縋るように叫ぶ。
「おやおや、あなたが外に行きたいと仰ったのですよ?願いが叶ったのだから喜びなさい。」
「ああ、言った!言ったよ!でもこんなのじゃない!こんなところにいたくない!そうだ、願いを叶えると言うなら、俺を友達のところに行かせてくれ、ここじゃなくて、友達のところに!」
「ん?何を言い出すかと思えば...。お忘れですか?友達なら我々がいるではありませんか!」
雨が強くなる。もはや暴風雨だった。植えられた樹木がざわめき出す。
「友達?違う!お前なんて知らねえよ!さっきからなんなんだお前は⁉︎俺をここから出してくれ!もう帰らせてくれ!」
「...あなたもそうなのですか。あなたもここから去ってしまうのですか。」
「あんなに我々と遊んでいたのに、あなた方はみんなそうだ。勝手にいなくなってしまう。」
「あなたがもう一度楽しんで頂ければ我々はそれで満足だったのですが、仕方ありません。」
また眼鏡が光る。
俺の身体が歪む。
折り畳まれた後、真っ直ぐに伸ばされる。
体が冷たくなって、色も変わっていく。まるで金属だ。
「そういえば、ここに来る人々はみな、これの遊び方が分からないと仰いますねぇ。」
「それもそのはず、これはあなた方のためのものではないのです。我々のコレクションですよ。」
「こうして公園と一つになれば、また童心を取り戻していただけるでしょう。その暁には、また我々と遊びましょうね。」
ああ、あのオブジェみたいな物は、そういうことだったのか...。
最後にそんなことを理解しながら、俺の意識が滑り落ちていった。
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無意識に目が開く。俺の部屋だ。間違いない。
「戻って...これたんだな...。」
俺の体は全身が濡れていた。これは寝汗だ、そう言い聞かせて平静を取り戻す。
ゲロっ、ゲロっ
窓の外からカエルの声が聞こえる。どうやら寝ている間にこっちの方でも雨が降っていたらしい。
俺は夢で見たカエルを思い出して、その可愛さにまた癒されたくなった。
だけど姿を見に行こうとは思わない。心なしか、カエルが俺に警告してくれている気がした。
「外に出るな」と。
外に出ちゃいけないのは、ウイルスだけのせいじゃないかも...
たぶん寝る前に『岸辺露伴は動かない』読んだからこんな夢をみたんだと思います。