正法眼蔵 説心説性
悟本大師と呼ばれる三十八祖の洞山良价は、神山僧密と歩いている時に、そばの寺院を指して、「裏面有人説心説性」、「内面に人がいて心と心の性質を説いている」と言った。
神山僧密は、「それは誰の事ですか?」と言った。
洞山良价は、「神山僧密様に一つの質問をされて、直ぐに十分に死去する事を得た」と言った。
神山僧密は、「奥底まで心と心の性質を説いているのは誰ですか?」と言った。
洞山良价は、「死中に活を得たり」、「九死に一生を得た」と言った。
心と心の性質を説くのは仏道の大本なのであり、これによって仏から仏へ、祖師から祖師へを形成させて現させるのである。
心と心の性質を説かなければ、「妙なる法輪を転じる」、「妙なる法を説く」事は無いし、
悟りを求める事を思い立って心したり修行したりする事は無いし、
釈迦牟尼仏のように、大地と情の有る全ての生者と共に同時に仏に成る事は無いし、
「一切の全ての生者には仏の性質が無い」と知る事は無い。
釈迦牟尼仏の「拈華瞬目」は、心と心の性質を説く事であるし、
初祖の摩訶迦葉の「破顔微笑」は、心と心の性質を説く事であるし、
二十九祖の慧可が二十八祖の達磨を三回、礼拝した後、自分の位置、居場所に戻って立ったのは、心と心の性質を説く事であるし、
「祖師入梁」、「祖師西来」、「二十八祖の達磨が西のインドから中国へ来た」のは、心と心の性質を説く事であるし、
「夜半伝衣」、「夜中に三十二祖の弘忍が衣を三十三祖の大鑑禅師に伝えた」のは、心と心の性質を説く事であるし、
杖をひねるのは、心と心の性質を説く事であるし、
害虫を払うための毛がついた棒である払子を横にするのは、心と心の性質を説く事である。
仏から仏へ、祖師から祖師への、あらゆる功徳はことごとく心と心の性質を説く事なのである。
「平常」と言う心と心の性質を説く事が有るし、「牆壁や瓦礫」と言う心と心の性質を説く事が有る。
「心が生じれば、種々のものも生じる」道理が形成されて現されるし、「心が滅すれば、種々のものも滅する」道理が形成されて現されるが、心を説く時なのであるし、心の性質を説く時なのである。
それなのに、心と心の性質に通達していない凡庸な人は、心と心の性質に暗くて知らないし、奥深い話や妙なる話を知らないし、心と心の性質を説く事や奥深い話や妙なる話を誤って「仏祖の道ではない」と言ってしまうし、誤って「仏祖の道ではない」と教えてしまう。
心と心の性質を説く事を、心と心の性質を説く事であると知らないので、心と心の性質を説く事を、誤った心と心の性質を説く事と思ってしまうのである。
これは、特に、大いなる道が通じたり塞がったりする事を批判できない事による物なのである。
後世の、径山の大慧宗杲は、誤って「今の僧達は心と心の性質を説く事を好み、奥深い話や妙なる話を好むので、道の会得が遅い。ただ、まさに、心と心の性質を二つ共、投げ捨てて来て、奥深い話と妙なる話を共に忘れ去って来て、『二相』、『二つの相』が生じない時、証に適うのである」と言ってしまった。
このような言葉を言ってしまう大慧宗杲は、未だ仏祖の書を知らないし、仏祖による罪の戒めを見聞きしていないのである。
このため、大慧宗杲は、「心とは慮知念覚である」としか思わず、「慮知念覚も心の一つである」と学ばないので、このように言ってしまったのである。
大慧宗杲は、「心の性質は澄んでいて寂静である」とだけ妄りに思い計って、仏と成れる性質や仏の性質や、「法性」、「法の本性」の有無を知らないし、「如是性」、「ありのままの性質」を夢にも未だ見ないので、このように仏法に偏見が有るのである。
仏祖が言葉にしている心とは、「皮肉骨髄」、「理解」なのであるし、
仏祖が保持させ任せている心の性質とは、修行者を打って戒める竹の細長い板である竹箆や、杖なのであるし、
仏祖の証に適っている奥深いものとは、寺の円柱や、灯籠なのであるし、
仏祖が挙げて、ひねっている妙なるものとは、知見や、理解なのである。
仏祖が真実に仏祖であるのは、初めから、この心と心の性質を聴いて理解して取り、説明によって理解して取り、行って理解して取り、証して理解して取っているからなのであるし、
この奥深いものや妙なるものを保持し任せられて理解して取り、学に参入して理解して取っているからなのである。
このようである人を仏祖を学ぶ仏祖の法の子孫と言う。
このようでなければ、仏道を学び修行していない。
このため、言う事ができ得る時に言う事ができ得ないし、言う事ができ得ない時に言わないままでいないのである。
(原文は「このゆえに得道のとき得道せす、不得道のとき不得道ならさるなり」。)
言う事ができ得る時と、言う事ができ得ない時に共に誤るのである。
大慧宗杲が言うような「心と心の性質を二つ共、忘れ去る」と言うのも、百、千、万、億分の少しの分だけ心を説いている事に成る。
大慧宗杲が言うような「奥深い話と妙なる話を共に投げ捨てて来る」と言うのも、幾分か奥深い話を話している事に成る。
この「関棙」、「ぜんまい」、「からくり仕掛け」、「原動力」を学ばず、愚かにも「忘れ去る」と言ってしまえば、誤って「手を離れる」と思ってしまい、誤って「身から逃れる」と思ってしまう人は、未だ「小乗」、「矮小な乗り物」、「劣悪な段階」の限界を理解していないし、どうして大乗の奥深い所に及ぶ事ができるだろうか? いいえ! 大乗の奥深い所に及ぶ事ができない!
まして、どうして向上の「関棙」、「ぜんまい」、「からくり仕掛け」、「原動力」を知っているだろうか? いいえ! 向上の「関棙」、「ぜんまい」、「からくり仕掛け」、「原動力」を知らない!
「仏祖の茶と飯を食べている」とは言い難い。
(知は心の糧である。)
「参師勤恪」、「祖師の所へ行って勤める」とは、ただ心と心の性質を身心を受けている時に体で究める事なのであるし、身を受ける前と身を捨てた後に参入して究める事なのである。さらに、「二、三の異なる事は無い」、「唯一無二である」。
時に、二十八祖の達磨は、二十九祖の慧可に、「あなたは、ただ、外の諸縁を止め、内心に喘ぐ事無く、心を牆壁のようにして仏道に入るべきです」と言った。
慧可は、種々に心と心の性質を説く事を試みたが諸共に、証に適わなかった。
慧可は、ある日、突然に、省みて、道を会得した。
結果、慧可は、達磨に、「弟子である私、慧可は、初めて、諸縁を止めました」と言った。
達磨は、「慧可が既に悟った」と知って更に突き詰めず、ただ、「断絶する事は無いですか?」と言った。
慧可は、「無いです」と言った。
達磨は、「あなたの心は、どういった感じですか?」と言った。
慧可は、「明らかに常に知っています。そのため、言い表せません」と言った。
達磨は、「それが今まで諸々の仏祖が伝えている心の実体なのである。あなたは今、既に会得しているのである。善く自ら護り保持しなさい」と言った。
この話を激しく疑う者もいるし、挙げて、ひねる者もいる。
慧可が達磨の所に行って仕えた話の中の一つの話とは、このような物であった。
慧可は、しきりに心と心の性質を説く事を試みたが、初めは証に適わなかった。
慧可は、ようやく功徳を積み重ねて、終に達磨の言葉の仏道を会得した。
凡庸な人や愚かな人は、誤って「慧可が初めに心と心の性質を説く事を試みた時は証に適わなかったが、その『咎』、『誤り』は心と心の性質を説いた事に有る。慧可は後に心と心の性質を説く事を捨てて証に適った」と思ってしまう。
達磨の「心を牆壁のようにして仏道に入るべきである」という言葉に参入し徹さないので、このように誤って言ってしまうのである。
特に、仏道を学び修行する区別に暗い。
なぜなら、「菩提心」、「悟りを求める心」を起こし、仏道の修行に赴いた後、行うのが難しい修行を心を込めて行う時、百回、行っても、一回も当たらない。
けれども、善知識を持つ人々の善知識によって、または、経典によって、(行って、)ようやく当てる事ができ得るのである。
今、一回、当てる事ができ得たのは、昔、百回、当たらなかった時の鍛錬の力による物なのである。
百回、当たらなかった時の鍛錬という一つの老熟なのである。
仏教を聞く時も、仏道を修行する時も、証を会得する時も皆、同様なのである。
昨日の心と心の性質を説く試みが百回、当たらなくても、その鍛錬は突然に今日の一回、当たる事と成るのである。
仏道の修行の初心の時、鍛錬が未熟で通達できないからと言って仏道を捨てて外の道を経由しても仏道を会得する事は無い。
仏道の修行の終始に到達していない輩は、この通じる事と塞がる事が道理である事を明らめるのが難しい。
仏道は、初めて悟りを求める事を思い立って心した時も仏道なのであるし、正覚を成就した時も仏道なのであるし、最初も中間も最後も仏道なのである。
例えば、万里を行く者の、一歩も千里の内なのであるし、千歩も千里の内なのである。最初の一歩と千歩目は異なるが、千里の内なのであるのは同じである、ような物である。
それなのに、最悪に愚かな輩は誤って「仏道を学び修行している時は仏道に到達していなくて、仏と成ったという結果の上にいる時だけが仏道である」と思ってしまう。
仏道の全ては仏道を説く事であると知らないし、(原文の「挙道行道をしらす」は「挙道説道をしらす」の誤りである。)
仏道の全ては仏道を行う事であると知らないし、
仏道の全ては仏道を証する事であると知らないので、このように誤ってしまうのである。
「迷っている人は仏道を修行して大いに悟る」とだけ学んでしまい、「迷っていない人も仏道を修行して大いに悟る」と知らないし、見聞きしない輩は、このように誤って言ってしまうのである。
証に適うより前の、心と心の性質を説く試みも仏道なのではあるが、心と心の性質を説く試みによって証に適うのである。
迷っている人が初めて大いに悟る事だけを「証に適う」と言うと学に参入するべきではない。
なぜなら、迷っている者も大いに悟るし、
悟っている者も大いに悟るし、
悟っていない者も大いに悟るし、
迷っていない者も大いに悟るし、
証に適っている者も証に適う時が有るのである。
そのため、心と心の性質を説く事は仏道の正直な道なのである。
大慧宗杲は、この道理に到達できないで、誤って「心と心の性質を説くべきではない」と言ってしまったが、仏法の道理ではない。
宋の時代の中国には、大慧宗杲に及ぶ僧すらもいない。
洞山良价は独り、諸祖の中の尊い祖師として、心と心の性質を説く事の真の道理に通達している。
未だ通達していない諸方の祖師には、洞山良价と神山僧密の話のような言葉は無い。
洞山良价は、神山僧密と歩いている時に、そばの寺院を指して、「裏面有人説心説性」、「内面に人がいて心と心の性質を説いている」と言った。
この言葉は、洞山良价が「この世」に出現してから今まで、洞山良价の法の子孫は必ず洞山良价という祖師の家風を正しく伝えていて、他の宗派の者は夢にも見聞きしない。まして、夢にも理解の方法を知るだろうか? いいえ!
洞山良价の正統な法の子孫である者だけが正しく伝えている。
もし、この道理を正しく伝えられていなければ、どうして仏道の大本に到達できるだろうか? いいえ!
道理とは、中にも、面にも、人がいて、ある人がいて、心と心の性質を説いているのである。
中も面も心と心の性質を説いているのである。
これに参入して究めて鍛錬するべきである。
心の性質ではない説明は今までに無いし、説明ではない心は未だ無い。
仏に成れる性質とは、一切の全ての説明なのである。
「仏の性質が無い」とは、一切の全ての説明なのである。
仏に成れる性質や仏の性質が心の性質である事の学に参入しても、「仏に成れる性質が有る」という学に参入していない者は仏道を学んで修行していないし、「仏の性質が無い」という学に参入していない者は全ての学に参入していない。
説明が心の性質である事の学に参入する者は、仏祖の正統な法の子孫である。
心の性質は説明である事を信じて受け入れる者は、正統な法の子孫である仏祖である。
誤って「心は疎かにも動き、心の性質は静かである」と言ってしまうのは外道の見解なのである。
誤って「心の性質は明らかで、『相』、『形』は移り変わる」と言ってしまうのは外道の見解なのである。
仏道の心と心の性質の学は、そうではない。
仏道の心と心の性質の修行は、外道とは異なる。
仏道の心と心の性質の明らめは、外道は少しも明らめる事ができない。
仏道には、人がいて心と心の性質を説く事が有るし、
人がいなくても心と心の性質が説かれる事が有る。
人がいて心と心の性質を説かない事が有るし、
人がいなくても心と心の性質が説かれない事が有る。
心を説く事が有るし、
心を未だ説かない事が有るし、
心の性質を説く事が有るし、
心の性質を未だ説かない事が有る。
人がいない時の心が説かれる事を学ばなければ、心を説く事は境地に未だ到達していないのである。
人がいる時の心を説く事を学ばなければ、心を説く事は境地に未だ到達していないのである。
心が説かれても人がいない事を学び、
人がいなくても心が説かれる事を学び、
心を説く事は人である事を学び、
人である事は心を説く事を学ぶのである。
臨済義玄は力を尽くして、わずかに「位の無い真の人」と言ったが、「位の有る真の人」は未だ言われていない。
残りの学への参入、残りの言葉は未だ形成されて現されていなくて、「参入し徹した境地に未だ到達していない」と言える。
心と心の性質を説く事は仏祖を説く事であるので、耳で見えるべきであるし、眼で見えるべきである。
時に、神山僧密は、「それは誰の事か?」と言った。
この言葉を形成させて現させて、神山僧密は、先にも、この言葉に乗じる事ができたし、後にも、この言葉に乗じる事ができた。
「それは誰の事か?」とは、「どこの中で心と心の性質が説かれているのか?」なのである。
そのため、「それは誰の事か?」と言われた時や、「それは誰の事か?」と思量されて理解して取られた時は、心と心の性質を説く事と成るのである。
この、心と心の性質を説く事は、他の輩は未だかつて知らないのである。
子を忘れて賊とするので、賊を認めて子とするのである。
洞山良价は、「神山僧密に一つの質問をされて、直ぐに十分に死去する事を得た」と言った。
この言葉を聞いた学に参入している凡庸な人の多くは、「心と心の性質を説く人がいて、『それは誰の事か?』と言われて、直ぐに十分に死去する事を得た。なぜなら、『それは誰の事か?』という言葉は、出会っても理解していないような物であるし、全く所見が無いので、死んでいる言葉だからである」と思っている。
しかし、必ずしも、そうではない。
この、心と心の性質を説く事は、徹底した者は稀である。
「十分な死去」は「十二分な死去」ではない。このため、「十分な死去」なのである。
「それは誰の事か?」と質問された時、誰が、この質問を「天を遮り地を覆っていない」とするのか?
「照古也際断」、「昔を照らすのは間を断つ事」に成る。
「照今也際断」、「今を照らすのは間を断つ事」に成る。
「照来也際断」、「未来を照らすのは間を断つ事」に成る。
「照正当恁麼時也際断」、「この時を照らすのは間を断つ事」に成る。
神山僧密は、「奥底まで心と心の性質を説いているのは誰か?」と言った。
先の「それは誰の事か?」と今の「(奥底まで心と心の性質を説いているのは)誰か?」は、ありふれた質問のように見えても、質問するべき事を質問しているのである。
(
原文は「さきの是誰と、いまの是誰と、その名は張三なりとも、その人は李四なり」。
「張三李四」は「ありふれた人」を意味する。
)
洞山良价は、「死中に活を得たり」、「九死に一生を得た」と言った。
この「死中」は、「直ぐに死去する事を得た」を直接指すと思ってはいけないし、「奥底まで心と心の性質を説いているもの」を直接指して「(奥底まで心と心の性質を説いているのは)誰か?」を妄りに言っているわけではない。
「(奥底まで心と心の性質を説いているのは)誰か?」は「心と心の性質を説いている人」を指していて、必ずしも「十分な死去」を期していないと学に参入するべきである。
洞山良价の「死中に活を得たり」、「九死に一生を得た」という言葉は、「人がいて心と心の性質を説いている」音声や色形が目の前に現れているのである。
また、さらに、「十分な死去」の中の一両分なのである。
「活」は、たとえ全て活きても、死が変化して「活」として現れるわけではない。
「活を得たり」、「一生を得た」の「頭が正しいので尾も正しい」によって脱ぎ落とすのみなのである。
仏祖の言葉には、このような、心と心の性質を説く事が有って、参入されて究められているのである。
また、その時は、十分の死を死んで、「活を得たり」、「一生を得た」の手段を形成して現すのである。
知るべきである。
唐の時代から今日に至るまで、心と心の性質を説く事が仏道である事を明らめず、仏の教えに従って修行して証する心と心の性質を説く事に暗くて、でたらめを言う、憐れむべき者が多い。
身を受ける前と身を捨てた後でも救うべきである。
人々の為に言うと、
心と心の性質を説く事は過去七仏や祖師が重要としている事なのである。
正法眼蔵 説心説性
その時、千二百四十三年、日本の越州の吉田県の吉峰寺にいて僧達に示した。




